高校三年生になると今までなかった行事で増えるものが数個ある。その一つが三者面談だ。
 梅雨に入ったんだか入ってないんだかよく分からない時期に毎年やってくるその行事はいくらか憂鬱をもたらすものであった。親を友達に晒すのはどうしても恥ずかしいと感じてしまうのは、年頃だからだろうか。それは相馬兄弟も同じで、嫌々ながらも二人同時に手紙を母に渡した。


「「三者面談だって」」

「あら、おめかししていかなきゃ」

「「時間。そんなのどうでもいい」」


 きっと世間の男子高校生の思考としては、「母親が来るのが恥ずかしい。年取ってるし、ブタだし」というのが大半だろう。けれど相馬兄弟は違う。理由を尋ねれば二人揃って「あの天然を他人に見られるのは恥ずかしい」と一字一句同じ事を口にするだろう。そもそも、一人称がママって時点で恥ずかしい。


「どっちでもいいし、ママ暇だからあんたたちの好きな時間でいいわよ」

「「じゃあ俺らで決めるから」」

「はぁーい。そうそう、洗濯物ちゃんと出しておきなさいよ」


 母親に適当に返事をして、律と充は部屋に引き上げていった。面談期間は一週間で、できれば同じ日にした方がお互いにダメージが少ないだろう。自室に篭ってカレンダーやら時間割を照らして話し合う。昔からこの双子は、悪戯の計画を立てるときだけは以心伝心で不気味なほど息が合っている。


「水曜は?例年人が少ない」

「または金曜だな。みんなの気が抜けてる」


 どうしたら知り合いと合わないで住むかという方向で全てを決めていこうとしている。時間が遅いと帰って目立つので、早い時間に終わらせてしまいたいけれど、二人分なので時間が掛かってしまうのは止むを得ない。あれこれと考えて、結局水曜日の一番初めに律、次に充という作戦が立った。本当は充が先の方がダメージが少ないのだろうけれど、担任のせいでそれも出来なかった。
 母に時間を伝えて部屋に戻り、二人はやや緊張した面持ちでお互いに顔を見合わせた。





×××





 運命の水曜日、律は少し緊張したまま母を充とともに正門まで迎えに行き、誰に気づかれるでもなく教室まで来ることができた。もちろん、有名な相馬兄弟と一緒に歩いている女性が注目されない訳がないが、話している内容までは聞き取れないようで彼らの恥じにはならない。もともと彼女は若いので、傍から見れば『可愛いお母さん』なのだ。


「失礼します」

「一番は相馬兄か。お母さん、どうぞ」


 担任が促す前に律は母を教室に引っ張り込んで、第一関門突破とばかりに息を一つ吐き出した。充は現在、廊下の所で順番待ちだ。
 椅子に座った律と母の前に担任は一枚の紙を裏返してすっと差し出してきた。この間の中間テストの結果だろう、律が手にするのを待たずに間の机の上にたくさんの資料を置き始める。進路の手引きだとかは一つあれば十分なので、充の時には貰わないように言っておかなければならない。


「あら、律ったらすごーい」


 紙をめくると、手ごたえ通りの結果が記されていた。どの科目もそこそこの点数を取っている。順位は学年で十位。今までと変わらない成績キープということだろう。覗き込んだ母が嬉しそうに指を口元であわせて笑うので、これを千影がやってくれたら可愛いけど母さんだといやだなと思いながらさっさと成績を畳んだ。


「相馬は成績もいいですし、このままなら大学は狙い放題ですね」

「ありがとうございます」

「生活態度もいいし、部活でも活躍していて人気も高い。こちらから言うことはあまりないです」


 担任の言葉に裏で充と比較していることが簡単に見て取れて律は僅かに目を眇めた。律にとって充は片割れでありライバルだった。いくら成績が良いといっても理数系の科目は敵わないし、人当たりのよさも劣っている。周りからそう見えなくても、たくさんのコンプレックスを抱えている。
 黙って微笑んでいる律に母はにこりと笑ってパラパラと提示された資料をめくった。


「律は充よりも人見知りだけど器用だもんね」

「……母さんは黙って」


 意外に母ってのはちゃんと見てるんだなと思ったら、少し恥ずかしくなった。充が髪を染める前は散々間違えていたくせに、こういうときばっかりはずるい。
 そんな相馬親子の姿を見て担任は苦笑し、「相馬もお母さんには勝てないんだな」と目を垂らした。思わず「父には勝てそうですが」と言いたくなったけれど、相手は教師なのでどうにか留まる。充だったら言葉にしただろうか、そんなことがふと頭を過ぎった。


「それで、相馬は第一志望はどこなんだ?」

「一応、教育学部にしようかと思ってます」

「そうなの?千影ちゃんと一緒じゃない」

「千影と一緒の大学行きたいから」

「律は千影ちゃん離れできないわねぇ」


 律は高校も千影と一緒がいいと言ってこの学校を受験した。千影が在学中もこの双子は有名でそれに混じる形で千影も有名になってしまったので、教師はほとんどが千影のことを知っていた。担任は不純な志望動機に苦笑を禁じえなかった。いつも真面目な律がこんな弟とそっくりな表情をするとは思えなかったのだ。


「そ、相馬は何か将来の夢とかはないのか?」

「うーん……特にないですかね」

「律の好きにしなさい。充みたいにバカな選択しないものね」


 将来の夢は、千影と結婚して子供を生んで平穏で幸せな家庭を築きたい。けれどこれを口にするのは酷く恥ずかしかった。きっと充ならば恥ずかしげもなく口にすることが出来るのだろうけれど、律にはできない。律は充ではないのだから。
 珍しく母親のまともな言葉を聞いて、思わず律はとなりの小柄な母親を抱きしめた。小さい頃は充と母親を取り合って両側からくっついたけれど、その体は酷く小さかった。


「え、えっと……お母さんから何かありますか?」

「何でもいいですか?」

「何でも結構ですよ」


 この言葉を聞いた瞬間、さっきの感動はどこかにふっとんで何を言われるのか妙に緊張した。普段からボケボケ発言連発で、どうして父はこんな人と結婚したのか不思議になっているほどだった。ここで場違いなことを言い出してもおかしくない。


「そーねぇ、ママに対してもうちょっと優しく接してくれてもいいと思うわ」

「……俺が?充が?」

「どっちもよ、二人とも冷たいんだもん」


 プンと頬を膨らませた母に思わず脱力した。三者面談関係ないじゃん。そんなことくらい家で親父に愚痴ってろ。担任も言葉がないらしく、律は膨らんだ母の頬を抓って「分かった分かった」と適当に返事した。担任も「相馬、努力してやれ」と言うので頭を下げて、面談は終わった。
 母と一緒に教室を出て充の教室との中間あたりにある階段まで行こうとしたら、教室の前で美人の母親と一緒だった友人に声を掛けられた。


「相馬君、おつかれ」

「次は明石君?」

「そうだよ。お母さん、友人の相馬律君」


 丁寧に紹介されて、律は慌てて頭を下げて「いつもお世話になってます」と微笑んだ。真面目で礼儀正しいのは律の得意とするところだ。隣の母はきょとんと友人親子をみて「美人さんねー」とか言っている。最悪の事態になったと舌を打ち鳴らしたいけれど友人の手前それも叶わず、無理矢理微笑んだ。


「いつも息子がお世話になっております。律と充の母です」

「母さん、明石君は充の友達ではないからね?」

「あら、そうなの?」


 驚いた母の顔に律は脱力した。仲がいい奴は一緒ではないけれど、友達は律も充も共通だ。微妙な違いは兄弟にしか分からないだろうから説明できないけれど、母はとりあえず「双子の母」で自己紹介すればいいと思っているようだ。


「じゃあ、明石君。また明日」

「うん、じゃあね」


 母が変な事を言う前に友人と別れ、律は充の待っているだろう階段へ向かった。母はしきりに明石君のことを聞きたがったけれどほぼ無視していると、また「律冷たい。充に慰めてもらうんだから」と言う。充だって反応は変わらないだろうということを伝えるほど、律は優しくない。










 階段の所で母を預かって、充はポケットに手を突っ込んで教室に向かってゆったりと歩いていく。律が早く終わってくれたおかげでまだ少し時間がある。律はとっとと部活に行ってしまったので口の中でぶつくさ文句を言うことしかできなかった。
 小柄な母と並んで歩いていると、不意に後ろからガバッと抱きしめられた。思わず声を上げて仰け反る。


「う、わ!?」

「可愛い人連れてんじゃん。お母さん?」

「澄那!重いし煙草くせぇ!」

「どーも、充の親友の崎沼です」


 後ろから抱きしめてきたのは、今日授業中は姿を見なかった澄那だった。一体どこにいたんだと思う前に、何でこの時間にいるんだと怒りが浮かんでくる。何だって母親に合ってしまうんだ、あんなに気をつけたのに。
 澄那がにっこり笑うと、母も釣られて微笑んでいた。澄那の整った顔に完全に目を奪われている。母の顔を平で軽く叩いて、充は澄那を見た。


「何でお前、ここにいる訳?今日授業出てなかったじゃん」

「俺も今日面談だから、逃げ回ってるの」

「逃げてるってお前……」

「相馬ー!早く教室入って来い!!」


 どういうことだと訊こうとしたが、その前に教室から担任に怒鳴られた。面談の日くらいもうちょっと優しくしてくれてもいいじゃないかと唇を尖らせて澄那に別れを告げた。いつもなら軽く手をふって別れるだけのはずなのに、何故か今日はいきなり頭に口付けられた。でかいからって誇示するなとばかりに充が腕を突き出すけれど、澄那はそれを避けて笑いながら行ってしまった。
 教室に入ると一番に充は資料をいらないと言って笑った。同じ資料は二つも要らない。事実、必要な手紙などは充は貰わずにそのまま後ろに流しているので、充の列はいつも一枚あまる。


「相馬は成績は変に良いくせに生活態度がおちゃらけてるからな」

「先生ひっでー」


 開口一番言われた言葉に充は傷ついたふりをした。担任がすっと出した紙を何気なくめくってみると、中間の結果だった。文系科目は驚くほどぼろぼろで英語なんて危うく赤点だが、理系科目は三桁がザラにある。これが変に成績がいいということだろうか。順位は十位。理系科目だけで検討したにしては良い。隣から覗き込んだ母が、指を口元であわせて笑った。


「あら、律と一緒」

「またかよ」

「お前には言うこと一杯あるんだがな、とりあえず進学どうすんだ?」

「理系の学部行って教員免許でも取ろうかな」

「お母さんはどう思われます?」

「充の好きにしなさい。律みたいに優柔不断じゃないものね」


 母の言葉が思った以上にまともで、しっかりと理解するのに少し時間を要した。理解してから、思わず充はとなりの小柄な母親を抱きしめた。小さい頃は律と母親を取り合って両側からくっついたけれど、その体は酷く小さかった。
 いつも律と比較されて劣っていると言われてきた。ちゃらんぽらんだとかふざけているとか言われ続けて、もしかしたらちゃんと生きるのは酷く難しくて長所なんてないのかと錯覚していた。まして律の短所なんて見つけられなかった。けれどそれは気のせいだったと、今気付いた。


「お母さんから、何かありますか?」

「あの、先生にお聞きしたいんですけれど……」


 この言葉を聞いた瞬間、さっきの感動はどこかにふっとんで何を言われるのか妙に緊張した。普段からボケボケ発言連発で、どうして父はこんな人と結婚したのか不思議になっているほどだった。ここで場違いなことを言い出してもおかしくない。


「律と充って、本当はどっちがもてるんですか?」

「は?」

「だって二人とも自分の方がモテるって譲らないんだもの」


 プンと頬を膨らませた母に思わず脱力した。三者面談関係ないじゃん。そんなことくらい家で親父に愚痴ってろ。担任も言葉がないらしく、充は膨らんだ母の頬を抓って「分かった分かった」と適当に返事した。担任も「どっちも同じくらい人気でしょうね」と言うので曖昧に笑って、面談は終わった。
 教室を出ると、律が待っていた。話を聞いていたのかニヤニヤ口元を歪ませているのでちょっとムカついて、ポケットに手を突っ込んで顔を逸らした。


「律も充も一緒に帰る?」

「「部活」」

「そう。じゃあママ先に帰ってるわね」


 にこにこと笑う母は意外に自分たちのことを見ているんだと思ったらちょっとだけ恥ずかしくなって、律も充も母から顔を逸らした。母を門まで送っていこうと双子が同時に歩き出した時、正面から教師に両側を固められて澄那が戻ってきた。不機嫌な顔に律が僅かに体を端に寄せるけれど充は不思議そうに首を傾げて数歩彼に近づいた。


「澄那、捕まったん?」

「そーそ。慣れてるからいいんだけどね、取調べ」

「……面談だろ」

「どっちも一緒。じゃあね、充。相馬兄も」

「おー。頑張れよ」


 教師に促されて教室に入った澄那の後から、教室前の椅子で待っていた男性が入っていった。あれが父親かなとちらりと見て思って、今度こそ兄弟は同時に歩き出した。対称の手を母に取られて、振り払おうかと思ったけれどやめて少しだけ手を握り締めた。





-END-

久しぶりに双子物っぽい。