できたばかりの大型ショッピングモールになんて来るものじゃない。確かに有名ブランドだとか大手メーカーだとかが一緒くたに集まって遊べるのはとてもありがたいし一日楽しめるとは思う。けれどオープンしたてでは物珍しさに来る客の方が多く、ゆっくり買い物なんてしている場合じゃあない。
 自分の斜め前に座ってまだ皿に残っているカルボナーラをフォークに巻いている千影をちらりと見て、充はストローを銜えた。半分くらいまで氷の入ったカップが一気になくなる。ドリンクバーももう四杯目だ。


「千影食うの遅い」

「女の子の食事なんだから待ってろよ」

「律は千影の味方かよ。烏龍茶よろしく」


 千影に誘われて久しぶりに双子と三人で出かけたらこれだ。オープンしたてのショッピングモールはワイドショーなどでも取り上げられるほど人気で、買い物に来たのか人ごみに紛れにきたのか分からないほどだった。このレストランだって食事どころはたくさんあるのに一時間待って入った。こうなることは本当は初めから分かっていたから心の底からの文句ではないが、形だけは言ってみなければ充の気が済まなかった。そしてそれを咎めるのは律のいつもの癖だ。
 同じタイミングで呑み終わった律にコップを押し付けると、同じ顔をした片割れは一瞬嫌そうな顔をしたが千影のもうすぐなくなるコップも持ってドリンクバーに行った。


「超混んでんな」

「道すっごい混んでるもん。近くに住んでてよかったよね」

「近くじゃなかったら来ようとか思わなかったけどな」

「オレは遠くでも千影となら来たけど」

「おかえり律、ありがと。充だって優歌ちゃんとなら来たでしょ?」

「来たけど」


 戻ってきた律からコップを受け取って、充は早速口をつけた。飲みながら入り口の方を窺うとまだ長蛇の列が消えていない。三人でこの店に入って優に一時間は経っているだろうに空いてくる様子はまだない。店員の動きを見ていると、どうやら相席をお願いしているらしかった。


「オレたちこれからラケット見たいんだけど、千影どうする?」

「付き合うよ。私もそれ終わったら付き合ってもらうし」

「はぁ!?またかよ!」


 午前中だって千影の買い物だったじゃんと充が言うが、同じ顔をした黒髪は笑って了承した。まだ皿に四分の一も残っている千影のフォークの動きを睨みながら充が黙ると、その間を狙ったように店員がやってきて相席お願いできますかと訊いてきた。


「相席って、ここ四人席なんスけど」

「ちょっと狭くなってしまうんですが、二名様なので……」


 兄弟が食事を終えているからと判断したのだろう店員の視線に、どうせ千影ももうすぐ食べ終わるだろうと納得した。千影も依存がないようで頷くので兄弟で同時に分かりましたと答えた。
 店員は初めビックリしたようだが、すぐに我に返るとどこからか椅子を一脚運んできた。後ろに例の二名様の客がついて来ている。店員の「申し訳ございません」の言葉は充の耳には入らなかった。大きな目でそのお客様とやらを見、彼女との視線が絡まった。


「垣之内じゃん!」

「律君と充君……浅井さんも」

「優歌、知り合い?」


 その客と言うのは丁度話題に出ていた充の想い人だった。彼女は驚いたように律の名から先に呼び、そして奥の千影に気づいて頭を下げた。一緒にいる女性は母親だろうか、優歌の明らかに表情に狼狽が現れた。想い人を母親に見られるのが恥ずかしいというのは律には分からなくても充にはよく分かる。


「えっと、私のお母さんです。テニス部の相馬君と幼馴染の浅井さん」

「相馬君って……」


 部活の癖で優歌は兄弟を一遍に紹介した。練習試合などは挨拶が面倒くさいので相馬ですと揃って言うことにしている。顔は同じだから特に問題なく、更に相手の顧問に挨拶をするときは頭が黒い方が部長で茶色い方がエースですと非常に分かりやすい説明をしている。但し相手は非常に困惑するが。
 案の定彼女の母親も困っているようだった。すかさず律がいつものいい人面で双子なんですと言い自分を指差すので充も律を指差した。


「「兄で、弟です」」


 充を紹介する時は律が充を指差している。これも昔から変わらないことだ。優歌が母親に向かって着席を促し、もういいからとまで言ってメニューに視線を落としてしまったので会話がそこで切れた。兄弟も視線を千影に戻すが、彼女の皿は減っていなかった。
 隣で店員を呼んでいるのを聞きながら、充は思わず正面に座った優歌の顔をじっと眺めた。怖いのは、角を挟んで隣に優歌の母親が座っていることだ。店員が行ってしまってから、充はさっと手で髪を直してずっと持っていたグラスをテーブルに置いた。


「垣之内も買い物?」

「うん。充君たちは?」

「千影の荷物持ちとラケット見に」

「言ってたね。ここ結構専門店入ってるもんね、いいのあった?」

「まだ見てねんだ。これから行くとこ」


 充はちらちら優歌の母親を気にしていたが、優歌はちらちら律を気にしていた。優歌の視線を辿って充も律を見て、けれど律は千影しか見ていないのがムカついた。その千影と今度は充の目が合う。千影の皿はあと一口にまでやっと減ったようだった。
 この視線の形は何だと自分で突っ込みながら、充は一気に残りの烏龍茶を飲んだ。同じタイミングで律も飲み終わってグラスを同時にテーブルに置く。


「スポーツ用品店行くなら、備品の値段見て置いてくれると助かるな」

「オレ相場わかんねぇよ?」

「いつも使ってるやつだよ?」

「ガットとかグリップとかしか自分で買わねぇもん。じゃあさ、今度荷物持つから一緒に見に来ようぜ」


 表面上はサラッと誘ったが、充の内心はバクバクしていた。心臓が弾けるんじゃないかってほど大きく脈打つなんて試合のときですらそうそう立ち会えない現象だ。こういうときにダブルスペアがいればよくやったと充を褒めるのだろうが、生憎今は千影しか見えてない片割れしか隣にいない。


「千影、今度はオレと二人で来ようよ」

「……。ごちそうさまでした」


 充のがんばりなんて完全に無視して千影に笑いかけた律は、しかし無視された。千影が伝票を取り上げるので、それを律は奪う。値段を見ながら立ち上がった。すでにいくつか千影が買った袋を律が片手に提げる。
 千影に「行くよ」と急かされて、充は名残惜しいけれど立ち上がった。数歩分は二人を追いかけたけれど、一度立ち止まって振り返る。全く下心なんてない純粋な心持ちで笑った。


「また明日な」

「う、うん」


 返事が帰ってきたことに満足して、充はレジへ急いだ。追いついたと同時に伝票を律に押し付けられる。それを無言で受け取って、支払いを済ませた。家に帰ってから精算するためのレシートもしっかりと財布にしまって、漸く店を出る。間際で優歌が手を振ったのには千影しか気づかなかった。










ラケットを見ながら、充は落ち着きなくグリップを握ったり回したりする。別にラケットの感触を確かめている訳ではなく先ほどの自分の発言が失言ではなかったか自分では判断できないのでわたわたしているだけだ。本人には深刻なことなのだろうが、周りから見たら非常に楽しい。


「なあ千影、オレ変な言い方してなかったよな!?」

「大丈夫大丈夫、すっごい自然だったよ。ね、律」

「あーうん、そうだね。どっち?」

「聞けよオレの話!オレはこっちだと思うけど」


 話を回しながら、千影は髪の色が違うだけのドッペルゲンガーたちを見た。千影には何がどう違うのか分からないが、二本に絞ったラケットの使い心地を比べている。会話をしているように見えて、本当は双子は心で話しているのではないかと思うのは彼らの目が一度たりともお互いを見ないからだろう。
 こんな調子でかれこれ三十分経とうとしている。待っているのにも限界はあるし、それが興味の欠片も感じられないものだったら尚更だ。千影は周りを見回すけれど、興味を引くものなんてなかった。


「ねー、まだ?」

「「まだ」」

「そういうところばっかりハモんないの。あたしあっち見てきていい?」

「「ダメ。千影迷子になるし」」

「だから変なところでハモんなってば!」


 嫌な所ばっかりでハモリやがってと千影が声を荒げる。静かな店内だがそんなに客もいなかったから特に目立ったというわけではないが、兄弟に揃って口に指を当てて「シー」とか言われたら腹が立った。そもそも千影が迷子になったのは小学校に入る前だし、原因だって勝手に走り回る双子を追いかけて行ったからに他ならない。だったら悪いのは目の前の双子か。


「千影、オレたちもデートしようか」

「よく出かけるでしょ。あ、でも優歌ちゃんとならデートしたいかも」

「「はぁ?何言ってんだよ」」

「四人でダブルデートとかならしてもいい」

「「……絶対ぇやだ」」


 千影が笑って見せると、兄弟はそっくり同じ顔で天井を仰いで考え、同じタイミングで似たような低い声で唸った。珍しく律の口調が乱暴になっている。兄弟にはそれぞれ思うところがあるだろうが、返ってきた答えが同じと言うことは大体同じことを考えたに違いない。


「始めから二人だと緊張すると思うけど?」

「千影も緊張する?」

「相手があんたじゃなけりゃね」

「何それ、どういう意味?」

「そういう意味」

「「でもこいつと一緒いやだし」」


 しれっと答えて双子の答えを待つと、これもまた同じタイミングで同じ答えが返ってきた。本当に嫌なのではないと千影は昔から見ているから分かるが、今日のそれはいつものそれと違っていた。今まで根本の所は同じだったのにそれが変わってきたのだろうか。その要因に千影自身が関係しているなんて思いたくいはないが、けれど本当にことではあるのだろう。今まで何でも同じと言うわけでもなかったが根本は同じだったのに、今回は決定的に何かが違うようだ。


「いいよ別に、あたし興味ないし。いいからさっさと選んで」

「「やっぱこっちにしよ」」


 何故か双子はさっきまで選んでいたものではなく、確かに律が持っているのはさっきまで選んでいたうちの一本なのだが、充は全く違うものをどこから持ってきたのか手にしていた。メーカーだとかは同じなのだろうが、スポーツに疎い千影にはその違いは分からなかった。
 何故か満足そうにレジに持っていく双子の後について言って、その後姿を何気なく見つめる。同じ髪の長さ、同じ背格好。違うのは髪の色だけ。けれど性格は正反対。不思議な存在だと思う。お互いに相手を疎ましく思いつつも誰よりも分かり合って大切なのだから。
 レジで生産を済ませた双子は同時に振り返って手を出した。律が左手で充が右手。差し出されたいつもと同じ手を自分の荷物を腕にかけて握る。手の温度も同じだった。


「恋人つなぎしようよ」

「する訳ないじゃん。充、手重いから荷物持ってよ」

「はぁ?何でオレが」

「千影、オレが持つよ」


 左手に引っかかっている荷物だから充かな、なんて思ったが左側の茶髪は悪態をついて顔を逸らしただけだった。代わりに右側の黒髪が積極的に持ってくれるそうなので充の手を離そうとしたが、なぜかぎゅっと握られて離れなかった。


「ちょっと充?」

「律に持たせるくらいならオレが持つ」

「何、優しいじゃん」

「うっせーな、予告練習!」

「オレが持つって言っただろ!?」


 充が折角持つと言い出したのに律がどうしても持たせたくないのか食いついた。店を出て歩きながら両側でステレオで喧嘩をされても困るので、経験上ステレオの奇妙な喧嘩になることは目に見えているのでその前に止めるため、千影は両の手をぎゅっと握った。途端に二人ともが口を噤むのは一種の癖だろう。小さい時から何度も繰り返してきた。


「はいストップ。じゃあ半分ずつ持って」


 千影は律と充で半分こ。何となくこれは昔からの決まりごとだった。今でもまだ有効らしい。いくつかの袋を半分ずつ渡して、千影は軽くなった手で兄弟と手を繋いだ。律も充もぶつぶつ相方に対して文句を言っているが、それはいつものことなので千影は気にしない。


「二人とも服とか見なくていいの?」

「「趣味合わないし」」

「まぁ……そうね」

「「それとも今度付き合う?」」

「極力一回で済ませたいんだけど」

「「無理」」


 確かに兄弟は服のセンスが全く違う。性格を如実に現しているそれは、律が真面目にかっちりとした服を好むのに対し充はルーズでカジュアルなものを選んでいるから印象も好青年とちゃらついている今時の高校生になってしまうのだろう。
 二人の服を見るのになら付き合ってもいいかなと思っていた千影だが、それが叶わないようなのでやっぱり自分の服を見ようと思った。文句を言われたところで普段から世話を掛けられているのはこっちなのだから、開き直ったって大丈夫だ。





−END−

充!充がんばった!!