随分前から期待していた話題のソフトの新作が発売された。その情報が出たのは半年ほど前で、真っ先に予約に行ったのは友達に聞いた日の帰り道にコンビニに寄った充の方だった。それから普段はやらない貯金を地道に始め、半年缶は律の机の上に貯金箱ならぬ貯金缶が置かれていた。そうして、しっかりと半分ずつ出し合ったゲームが今日発売された。
 ゲームの発売だからと言う理由で部活が休みになるのは男子部だからだと思う。実際に部員の大半は浮かれていたがマネージャーはきょとんとした顔で不思議がっていた。兎に角、ソフトを手に入れて一緒に帰宅し、早速ゲームを部屋の小さなテレビに繋いだ。


「「まず俺な」」

「「…………」」

「「じゃんけん、ぽん!」」


 二人で一緒、と一つの物を買ったときには必ず起こるどっちが先かジャンケンは今回も例外ではなく、髪の色しか差異のない二人は数秒にらみ合って同時に手のひらを突き出した。お互いの間に出たのはどちらもチョキで、二度目はグー。三度目になってやっと充がチョキで律がパーを出した。
 「っし」と小さく息を漏らして充が意気揚々と電源を入れてコントローラーを握った。テレビの前に胡坐を掻いて座り込み、その後ろに椅子を引っ張って背もたれを抱きしめるように座った。テレビの画面に移りこんだ片割れの姿にを捕らえながら、テレビが黒い画面からゲームのオープニングを流し始めるのを見る。


「二人ともごはんよー!」


 ちょうど始めようとしたその瞬間に、階下から母親に呼ばれて二人は思わず画面の中で顔を見合わせてしまった。まだ始まらなかったからよかったかもしれないが、それでもものすごく落ち込む。せっかく今日まで待ってしかもちゃんと学校に行って、帰って来たというのに。
 思わず沈黙して固まっていると、オープニングムービーが終わって選択画面が現れた。本当ならば即座に『NEWGAME』を選んではじめたい。けれど、現状は許してくれないらしい。まぁ、まだ始まる前でよかったと思わなければ。自分の思考をテレビ画面の向こう側の片割れに問うと、言葉を交わしたわけではないが同じことを考えているようだった。


「ご飯だって言ってるでしょ!」

「「はーい!」」


 意を決して電源を切り、二人して学ランを脱いだだけの姿で慌てて階下に向かった。母を怒らせると煩いし、これからのゲームに差し支えることは目に見えている。二人揃って階段の先を争いながら、結局律が先になってダイニングに駆け込んだ。既に父は帰って来ていて、きちんと座って待っていた。
 もう既に緊迫した食卓になっている。この事実に再び顔を見合わせて目を同じタイミングで瞬かせると、キッチンから母が茶碗とお椀を持って来て席に着いた。慌てて二人も隣り合った己の席に座る。


「「……おかえり」」

「ただいま。二人とも弁当箱はどうした?」

「「あ」」


 父に言われて思い出した。相馬家では帰ってきたらまず着替えて弁当箱を出す決まりになっている。今日は着替えてもいないし弁当箱のことなんてそっちのけでゲームをしようとしていた。ちらりと二人揃って母を窺うと、彼女は怒っているのかふん、と顔を逸らした。何だか雰囲気が悪くて、一緒にいただきますと手を合わせてから充が律の脇腹を肘でそっと突いた。律は片眉を僅かに上げて応える。


「律が持って来いよ」

「何で。お前行ってこいよ」

「さっき俺ジャンケン勝ったし」

「さっきのはさっきのだろ」


 早くゲームがしたいがためにパクパクと手と口を動かしながらこそこそやる。ちらりと母を再び窺うと今度はにっこりと笑った。隣の父を見れば困ったような笑顔を浮かべて目の前の食事がそっくり同じに消えている兄弟を見ている。食べ終わってからゲームつけて、オープニングの時に律が持ってくればいいんじゃねぇ、と話が上手くまとまろうとしたのに、バンと母が急にテーブルを叩いた。思わずびくりと二人の肩が震える。


「二人で持ってきなさい」

「「はい……」」


 それから着替えもしないで、と続いた母の小言に兄弟は顔を見合わせてとっとと逃げることにした。正にご飯を掻きこんで味噌汁で流し込み、騒々しく食事を終えると同時に箸を置いて手を合わせ「「ごちそうさま!」」と言うが早いか席を立った。
 呆れて更に小言を言う母は父に任せて、降りてきたときと同様に先を争いながら階段を上がっていると母の「お弁当箱!」と再度の文句が飛んできて二人は同時に返事をして部屋に飛び込んだ。そうしてゲームを点けて、オープニングの間に弁当箱を鞄から引っ張り出すと転がるようにしてキッチンまで持って行った。


「あれ、千影じゃん」

「よっす」


 部屋に戻ろうと踵を返したら玄関でチャイムが鳴って、立っているから出て来いと言われた。こんなに焦っている息子に何をさせるんだと思ったけれど、母の機嫌がすこぶる悪いので素直に従ってしぶしぶながら玄関に向かった。ドアを開けると、何故か千影が立っていた。


「何だよ、こんな時間に」

「俺に会いに来た?」

「ばっかじゃないの。暇だったから遊びに来た」


 律のやや壊れた感のある台詞を一蹴して、千影は恐らくは部屋着であろう微妙なデザインのTシャツだ。ダイニングには声が聞こえたのか母の「千影ちゃんいらっしゃーい」と言う声が聞こえた。千影も「お邪魔します」と返したのでお邪魔するようだ。普段なら兄弟も暇を持て余しているので全く構わないけれど、今日はタイミングが悪い。上がって階段を上がろうとする千影の後について行く形になりながら、兄弟は思わず顔を見合わせた。まあ、千影だから遠慮することないか。


「言っとくけど俺たちゲームするかんな」

「別にいいよ、漫画漁りに来ただけだし。何、エロゲー?」

「「違う!」」


 まるで自分の家のように人の部屋を勝手に開け、千影は二人の本棚の前に立った。何かないかな、と選んでいるのを見やってから、勝手にさせることにして食事前と同じポジションに納まって今度こそゲームをスタートさせた。もちろん変に名前を変えたりしないで設定はそのまま。


「ねー、それ何?」

「「FF」」

「あぁ、あれ」


 大分前から話題の『ファイナル・フラッシュ』略してFF。若者だけでなく中年層まではまっているらしい。別に千影は興味がないので、軽い返事を返して選んだ本を開いた。この兄弟の本棚は結構スポ魂ものが多いので、読み終わるか心配だ。この調子なら二人して寝る気が無さそうだけれど。










 千影が来てから約一時間半が経った。その間漫画を読みながらもちらちらと双子を見ていた千影は、幼い頃から見慣れているとはいえあまりの双子っぷりに何度かつっこみたくなった。
 同じタイミングで髪を掻き揚げて、同じタイミングでペットボトルに手を伸ばして、同じタイミングで眉間に皺を寄せたりして。本当に、これで髪の色が同じだったら全く見分けが付かないだろう。幼い頃は彼らの両親でさえ見分けが付いていなかった。千影にだけはどういうわけか間違えなかったけれど。


「「はぁ?そんなの勝手にやってろよ!」」

「……ぷっ」

「「何だよ」」

「何でもない。こっちのこと」


 ゲームのストーリーに対してつっこむのも同時だったので、思わず千影は吹き出した。不可解そうに問いかけてくる表情もピッタリ一緒だから更にそれが笑いを誘うが、千影はどうにか堪えて漫画に視線を落とした。
 幼い頃にピッタリ同じだった言動は歳を重ねるごとに段々と別々になってきた。それはきっと自我の芽生えとかだと思うのだけれど、この双子は集中していたり無意識のときは小さな頃と同じで全く同じ行動をする。髪の色が同じだった頃はドッペルゲンガーみたいで気持ち悪かったけれど今はなんだか怖いくらいだ、千影はもう慣れてしまったが。


「それって笑うシーンあったか?」

「いや、ないだろ」

「ありますー。がっつりあるんですー」

「「あっ、何か拾った」」


 ゲーム内で何か進展があったのか、二人の意識は一瞬にしてテレビに向かってしまった。
 またしばらく漫画を読んでいると、下から「お風呂入っちゃって」という声が聞こえた。けれど二人は真剣にゲームをしているので聞えないのか、応えない。どちらかが聞いてればいいものの、二人してゲームにのめり込んでいるようだ。気が付けば、コントローラーを握っているのは充ではなくて律だった。


「どっちか早く入っちゃってって言ってるでしょう!?」


 階下で怒鳴れても、二人は全く無視だった。ふと充の手がコントローラーを握っているような形になってちょこちょこ動いているので、どっちも相当集中しているようだ。もしかしたら面倒くさくて無視しているのかもしれないけれど。それにしてもエアゲームができるなんてこの双子だけだろう。きっと画面の中では充がイメージして動かしているのと同じ動きをしているのだろう。


「お風呂だって」

「「俺たち最後でいい」」

「……私はあんたたちの何なんだ」

「「幼馴染」」


 千影の問いにはしっかりと答える兄弟は、きっと分かっている。誰が文句を言って誰が甘やかしてくれる人間かを。生まれたときから幼馴染の双子と千影は幼稚園に入るまで三人で遊んでいたし、今だって三人で出かけることはままある。幼い頃から二人のお姉ちゃんだった千影は、もうこのそっくりな兄弟の面倒を見るポジションに納まっているのかもしれない。
 結局漫画を閉じて、ドアを開けて階下に顔を出した。


「先入っていいみたいですよ」

「千影ちゃん、いつもごめんねぇ」

「いえいえ。もう慣れましたから」

「「千影、飲み物持って来て」」

「そこまでするわけないじゃん!」


 なんだか召使のようじゃあないかと千影が半眼になって双子を睨みつけると、彼らは顔を向けずにそっくり同じ横顔で笑って分かっていたと言った。下からも似たような声が聞こえてきたので、千影は憤慨したままドアを閉めて漫画の続きをペラペラと探す。閉じずに伏せて置けばよかった。


「「千影?怒ってる?」」

「べっつに、このくらい慣れてるし。ていうかあんたたち一体いつまでゲームしてるつもり?」

「「…………」」


 多分このまま誰も止めなかったら朝までやっているんだろうなと言うのは容易に想像がついた。時計を見ればもう十時を過ぎているから二時間近く経っているのか。千影が漫画を読んでいた時間も結構長いけれど、よくそんなに集中力が続くものだ。
 千影は時計を自分の読んでいる漫画の巻と本棚を見比べて、一つ頷いた。そのことにきっとこの兄弟は気付いてない。


「私、これ完結まで読んだら帰るから。そしたらあんたたちもゲーム終わりにして寝なよ」

「「千影関係ないじゃん」」

「明日も朝練あるんでしょ?あんまりやってるのも体に悪いし」

「だって千影、何時に帰んの?」

「予想は十二時?」

「つか、遅くねぇ?」

「向かいなんだから気にしない」


 千影が遅くまでこの部屋に入り浸ることも双子が夜中まで千影の部屋に居座ることもよくあることなので、お互いの家族も何も気にしないだろう。一応年頃の男女なのだが、きっと親たちは男女と言うよりも姉弟としてみているのではないだろうか。それはそれでありがたいが。


「「じゃあ、千影帰るときに風呂入る」」

「え、一緒に入るの?」

「「入るけど」」


 一回ゲーム消すから、と文句あり気に同じように唇を尖らせた兄弟の言葉に、流石に千影は聞き返してしまった。幼い頃は三人で入ったこともあったけれど、良い年して一緒にお風呂入っているのかこの兄弟は。さらりと返って来た答えの後がまだ続きしたいし、と続いたからきっと千影が帰って一休み代わりに風呂に入ってから続きをはじめるのだろう。もう文句を言う気も失せた。恐らくは彼らにとって時間短縮を目的として一緒に入るという選択が生まれたのだろう。仲がいいんだか悪いんだか。いいに決まっているけれど。


「じゃあ私が帰っても意味ないじゃん」

「「固いことは気にしない」」


 また揃った声に千影はもう勝手にしろとばかりに一度肩を伸ばし、それからまた漫画の続きを読み始めた。
 千影が家に帰ったのは十二時を回った頃だったけれど、兄弟の部屋の電気が消えたのは千影が寝た後だったようだ。翌朝、相馬家の母の怒鳴り声で目が覚めたから相当遅かったんだろうことだけは分かった。





−fin−

珍しく律が授業中に爆睡する予感