この世界の中枢として機能している『特区』。大戦前は日本と呼ばれている土地だったこの地区は特区の名に相応しく行政や軍の中枢が集中しており、多くの主要人が暮らしている。
 世界各地では、第三次世界大戦勝利国の支配に反発し自らを『反倭派』と称してテロ行為を行い続けている。その制圧や、被害の為の地域復興のために各部隊は日々各地方を飛び回り命を危険に晒している。


「で、それが非番任務の言い訳なの?」

「そういう言い方をするなって。区内にいるのは俺たちだけなんだから」


 不機嫌に頬を膨らませて長い髪を指に絡めている緋桜にカグヤは溜め息混じりにそう言って任務の詳細の書かれている紙に視線を落とした。
 第一部隊の任務の目的地は特区内の神社。今まで特区において反倭派の行動があった事はない。少なくとも、書類上は。特区までテロリストに侵入されたことは軍内部だけの内密事項で済ませたい。また、他の部隊はみな他区に任務で赴いている。それ故の任務だとカグヤは不機嫌な緋桜を諌める。


「細かい状況は?」


 緋桜の隣で、銃を弄っていた筑紫がゆっくりと顔を上げた。だらしなく軍服を着崩しているが、その姿はどこか真剣さを纏っている。任務前の筑紫の姿にカグヤは資料に目を通して、無機質な文字の羅列に顔を歪めた。
 場所はこの国の神社の総本山で、一般人は入ることすら難しい。軍ですら入るには手続きが必要らしく、内部に関しては情報がまったくと言っていいほど記載されていなかった。代わりに犯人グループの予測人数や人相、武器などは細かに記載されている。グループの主犯格は三十代の男性で、現在は神社の中で暮らしている。神社と言っても山なので、隠れるところも住むところもたくさんあるだろう。グループは五十人あまりと予測されるが、これは信じない方がいいなとカグヤは内心思って報告を伏せた。
 カグヤがそう報告すると、黙って聞いていた筑紫は不満そうに顔を歪めて情報収集をしたであろう他部隊に対して「使えねぇ」と呟いた。


「なんかもうちょっとないのかよ」

「強いて言うなら主犯格の男……井上直樹は片腕がない」

「結構どうでもいいし」


 呆れたように筑紫が呟き手を出してカグヤから捜査資料を受け取とり、それに自ら目を通し始める。任務前の筑紫はいつも真面目に見える。いつも笑っている姿からは想像がつかないほど念入りに情報を欲しがり、武器のチェックも欠かさない。カグヤとしてはその真剣味を任務中にも持って欲しいところだ。
 筑紫がいつもと変わらないので何となく安堵してカグヤは黙ったままの緋桜の顔を覗き込んだ。任務前はいつも静かだが、今日は落ち込んでいるように静かだから気になってしまう。


「サク、夕食何がいい?」

「え、何で?」

「何だか元気がないから、好きなもの作ってやる。だから頑張ろうな?」


 カグヤが言うと、緋桜は数拍置いてこくんと僅かに嬉しそうに頬を染めて頷いた。筑紫が羨ましそうに緋桜を見ていたけれどカグヤは無視して、移動用シャトルの窓から流れる景色を見やった。










 目の前に延々続く鳥居に、紫部隊の面々は言葉を失った。
 本山に到着してすぐ、中に入れてもらえないので筑紫が短気を起こして門番を殴り倒し中に入った。とりあえず人のいそうな方に歩いていこうと思い、小川さんの鼻を頼りに歩いて来たところ上に向かって石畳と何本もの鳥居が立ち並んでいた。風の間からたまに笑い声も聞こえ、敵はあちらにいるだろうことは簡単に分かる。


「うっわ、スゲェ不気味」

「これは……夜じゃなくてよかったな」


 男たちが独り言のように呟いたように、一人では決して進んでいく勇気は持てなさそうだった。妙に冷たい風とさわさわと鳴く木の葉。ところどころ刺している光が更に不気味さを煽った。
 天下の大倭軍第一部隊が進むのを躊躇っているので、守護獣である小川さんは溜め息を吐き出してカグヤの足を頭でグリグリ押した。いつもなら余裕を持って「何?」とでも問い返すカグヤだが、今日はそんな余裕がないらしい。引きつった顔で小川さんを見下ろした。


「ストップ、ストップ小川さん」

「なんじゃい、だらしのない。それでも男かお前等は」

「そんなこと言ったって怖いモンは怖いっつーの!」


 カグヤの代わりに筑紫が喚いて、鳥居の向こうに視線を送った。けれど、出口は見えない。いっそこのまま引き返してしまいたいと思ったがそうは行かない。ふと黙ったままの緋桜に視線を移すと、自分たちの数歩後ろで言葉なく青ざめていた。胸の前で握り締めた手が心なしか震えているのは気のせいだろうか。
 緋桜の姿を目を細めてみやり、彼女は女なのだと実感した。視線をそのままにカグヤの胸を叩くと、彼も緋桜に気付いたようで小さく頷く。けれど筑紫も怖いものは怖いので、緋桜から視線をはがして目の前の勝負に全神経を集中させた。


「最初はグ」

「ジャンケンポン!……だぁぁぁぁっ!」


 突然の掛け声にずっと鳥居の先を見つめていた緋桜がビックリして視線を逸らすと、チョキを出した筑紫とグーを出したカグヤが真剣そのものの表情で絶叫したり拳を握ったりしていた。筑紫は負けたことで石畳に膝を付くまでに落ち込んだが、叫んだ後にゆっくりと立ち上がると開き直ったかのように銃をホルダーから取り出した。まるで「この世で撃てないモンなんて存在してねぇ」とばかりの剣幕に緋桜が唖然としているが、その不安そうな手をカグヤがそっと握った。


「じゃ、俺最後で」

「せめて小川さん先頭だろ!?」

「ジャンケン負けた奴に発言権はない。お前が前、小川さんはサクの隣」


 さらりと言って銃を抜いたカグヤに緋桜はやっと状況を理解した。自分が怖がっているのに気付いて、護ってくれようとしている仲間が嬉しくてきゅっとカグヤの手を握り返すとカグヤが不思議そうな顔をした。その顔ににこりと微笑むと、反対の手を筑紫に握られた。いつも喧嘩ばかりの筑紫が何事かと思ったら、彼は「俺だって怖いっつーの」と呟いた。
 分かりにくい二人に緋桜は笑い、筑紫の背中をどんと押した。つんのめった筑紫がさっきの気合はどこへやら、情けない声を上げる。


「うわぁ!?」

「さっさと終わらせて夕食はすき焼きよ!」


 元気になった緋桜の笑顔に二人は顔を見合わせて、ゆっくりと前に向かって歩き出した。前から筑紫、緋桜、カグヤの順だ。小川さんは緋桜の隣をいつものように歩いている。
 筑紫は時々手にした銃の引き金に指を掛け廻しながら、ゆっくりと足を進めた。決して怖いから足の進みが遅いのではない。何気ない振りをして歩きながら、筑紫は微かに目を眇めた。連続する鳥居の影に、人が隠れている。一人二人などと言う可愛い人数ではない。


「それにしても、こんなとこでテロ行為ってどういうことだろうね?」

「テロと言うか、本部に通達があったんだ」

「んじゃあ俺らその物が目的か」


 軽く言いながら、筑紫はさっきまで弄んでいた銃を構えて撃ち放った。飛び出してきた人間の眉間に見事にあたり、その人物が人形のように倒れた。その男の反対側から飛び出してきたもう一人の男にも驚く事もなく銃口を向ける。ガンと筑紫が衝撃を受けた一瞬後に、男はまたも仰向けに倒れた。
 後ろから気配を感じたカグヤはホルスターから素早く銃を抜き放つと後ろを見ることすらせずに引き金を引く。銃声と同じ数だけ背後で倒れる音がした。
 腰のポーチから交換用のカートリッジを取り出して弾を交換しながら、筑紫はつまらなそうに唇を尖らせた。


「つまんねー」

「人を殺しておいて何を文句言うんじゃ」

「だって小川さん、あいつら敵だぜ?殺して何が悪いんだよ」


 つまらないと言いながら、筑紫は緋桜にぴったりくっつくように歩調を緩めていた。歩き辛いと彼女が筑紫の足を蹴るが、怖いものは怖いと文句を言って嫌々ながらほんの少しだけ離れる。
 そのいつもながら仲のよい光景を見ながら、カグヤは目を眇めた。この任務の始まりは、急に本部に入った部隊を呼び出す電話。こんなところを占拠しているということは、この神社の神官たちもグルないしは犯人格なのだろう。そうだとすれば、敬うべき『神』の身近に裏切り者がいるということだろう。その上、もし相手が軍の内情を知り得る者ならばこの地区に第一部隊しかいなかったことを知っていただろう。そうなると目的は、自分たち……。
 そこまで考えて、それは考えすぎだろうとカグヤは自分の思考に苦笑を漏らした。もしそうだとしても、軍部長殿が他人に内情を見せる筈がない。大方、デモンストレーションか何かだろう。


「カグヤ、難しい顔してねぇでしりとりでもしようぜ」

「何でしりとり?」

「怖いから!」


 考えているうちに顔をしかめていたのかなとカグヤは指で眉間を解した。まだ誰もやるとは言っていないのに、筑紫は銃を構えながらも勝手にしりとりを始めた。緋桜が「チキン」と呟いたことにも気付いていないだろう。


「鳥居のい」

「イカ」

「鏑懸魚」

「は?何それ、カブラゲギョ?」

「なんじゃ、筑紫は知らんのか。シャチホコみたいな奴じゃよ」

「知らねー。行儀」

「木苺」

「コアセルベート」

「だからさっきから何でカグヤそんな難しいことばっか言うんだよ!」

「そんなに難しいか?」

「インテリぶるなっつーの!」


 怒りに任せながら筑紫は引き金を引いた。鼓膜を揺する爆音の後に顔を出した敵が順番に倒れていく。
 まるで暇を持てあました学生のような会話をしながら、彼らの歩く道には人々の屍が石畳に血をしみこませていた。そろそろ二十人を超えた数を撃っただろうか、筑紫は数回目の銃弾を交換した。だいぶ歩いたので、そろそろ出口が出てくるんじゃないかと筑紫は期待しながら曲がり道の石畳を軍靴で叩く。出口が見えた瞬間、無数の銃弾が飛んできた。


「うっひゃぁ!?」


 口笛でも吹きそうな軽い感じで歩いていた筑紫は、目を剥いて後ろに飛び退った。緋桜を巻き込んで銃弾の届かない曲線の奥に戻って、筑紫は意味もなく呻き声を上げる。避けそこなったのか、頬にちりっとした痛みを感じて手をやると、うっすらと血が滲んでいた。


「くっそ!」

「筑紫、邪魔ぁ!」


 筑紫が苦々しげに唇を歪めると、その下で緋桜が心底嫌そうに瞳を歪めてもがいていた。「悪い悪い」と言いながら筑紫は体を起こす。緋桜はカグヤに手を借りて体を起こすと、頬を膨らませてポーチから手榴弾を取り出した。カグヤがぎょっと目を見開くが、緋桜は全く気付かずににこりと笑って見せた。


「筑紫を囮にこれを投げればいいと思う」

「それ俺囮いらねぇだろぉー!?」

「ここは一応神域だから、手榴弾はちょっと……」


 筑紫の突っ込みだけが虚しく鳥居のトンネルに響いた。神の支配するこの国において、神に近しい場所を『神域』と呼ぶ。そこは何者であっても荒らしてはならない。それはたとえ国を守る大倭軍ですら例外ではない。問題はそこじゃないと筑紫ががなるが、誰もそれに取り合わずに完全に流された。カグヤの言葉に緋桜が「今更じゃん」と言うが、それはこの場合は禁句だろう。
 この先にいた大量の敵をどうするかと言うために、三人は丸くなって座り込んだ。周りを小川さんが回りながら敵の気配を探っているし、筑紫もカグヤも銃に手をかけている。無防備に見えて、彼らに一部の隙もない。


「機関銃だぞ、あれ」

「上から行けば?鳥居なら登れるし」

「俺が登ろうか?」

「つーかそれも危険じゃね?寧ろ俺は上と下、同時に行けばいいと思う」

「ここから抜けるという手は考えとらんのか?」

「売られた喧嘩を買わない訳には行かねぇだろが!」


 筑紫が叫んでから背後から様子を見に来たのだろうか、武装した敵が顔を出した。その瞬間に筑紫の銃がその人物の顔を打ち抜く。
 この鳥居の間を抜けて回ったとしても地図がない自分たちは簡単に迷うし、それこそどこから狙われるか分からないだろう。それに、ここまできて違う場所に行くのは面倒くさい。ゴールが見えているのだから、最短距離で行きたいものだ。そして筑紫の勘では、どうにかなりそうだ。


「じゃ、サクは背後よろしく」

「カグヤ気をつけてね!」

「サクもな。小川さん、サクをよろしく」


 「俺にはなしかよ!?」と筑紫ががなるがいつものことなので無視して、一拍置いて三人は頷きあった。カグヤはポーチからロープを取り出してそれを鳥居の上に引っ掛けると登っていく。カグヤが上についたので二人で頷きあって、同時に走りだした。その数秒後には銃声と敵のだろう悲鳴のような声が緋桜のいる場所まで響いてきた。





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イメージは稲荷○社の○本鳥居でお願いします。