適度にカレーを消化して、紫部隊の面々は再び村の入り口に降り立った。真白には殺しても構わないと言われたけれど、あまり殺したくないのが正直な所だ。大隊に周りを固めさせ、三人と一匹は正々堂々正面から向かっていくことにした。今までの制圧作戦とは違い、敵は全員と思ってかかるので通常よりは気にかける必要はあるだろう。
 無事を確認して、カグヤは筑紫と緋桜を見て僅かに笑んだ。三人で一歩一歩、村に進んでいく。


「く、来るな!紫の悪魔ども!!」


 ちょうど歩いていた男性に見つかり、彼は悲鳴のような声を上げた。逃げようと踵を返した所を見逃さず、筑紫が手早く彼の足に銃弾を打ち込んだ。艶のない悲鳴が青い空を引き裂く。けれど容赦なく筑紫は銃を一度回してホルスターに収めると男を軽々と担ぎ上げる。


「捕虜ゲーット」

「なんか私たちが悪役みたいだね」

「それを言うなよ」


 一般人を傷つけるにはいささか抵抗があったけれど、彼は紫を悪魔だと叫んだので敵だと判断してよかっただろう。ドクドクと流れ出す血を止めもしないで村の中心を目指して歩いていると、民家から次々と女性や子供が顔を出した。その度にカグヤが散弾を大きな音をだして打ち込む。
 いくらこの村の人間だといっても死にたくない人や信心深くない人間もいるだろう。そんな人間たちをも殺すのは気が引けたのだ。
 村の真ん中には小さな噴水のようなものがあったけれど水は入っていなかった。代わりに隣にはたくさん樽があった。中身は水だろう。この地域は捨て置かれた土地なのだろう、なんの整備もされていない。筑紫が抱えていた男を地面に降ろすと、待っていましたとばかりに緋桜が神殿だと思われる大きな白い建物に照準を合わせた。


「な、何をする気だ!?」


 男のひきつった悲鳴をかき消すように引き金を引けば、数秒送れて巨大な破裂音がして建物がガラガラと崩れ始める。さっきまで白亜の様相をしていたものは一瞬にして瓦礫と化した。それを見ながら「壮観だな」とか言ってふざけていると、少し高い位置にある家からぞろぞろと服を着て武装している男たちが出てきた。


「何だお前等!?」

「大倭軍第一部隊。大人しくしていれば命までは取らない」

「軍の忠実な駒になって魂の腐りきったお前等にくれてやる命はない」

「忠告はしたからな。刃向かうものは全て敵と思うぜ!?」


 定石として名乗り、予想していた回答に筑紫が楽しそうに口の端を引き上げてホルスターを手にして眼に入る敵に次々と銃口を向けた。弾は一発たりとも外れることはなく急所を貫いて相手は武器を構える隙さえ与えてもらえずに倒れた。
 カグヤは住民だと思われる人間を威嚇するように散弾を吐き散らし、それでも向かってくるような者の足に弾をめり込ませていた。その甘い行動に筑紫は軽く舌を打ちならすとカートリッジを交換してまた狙いを定める。


「甘ぇよカグヤ。真白ちゃん全部殺して良いって言ったじゃん」

「あんまりあの人を甘やかすな」

「馬鹿を言うとるな、筑紫。全て殺して良い訳がなかろう」


 小川さんは固いなと筑紫は笑い、眼に入る動くものならば構わず撃ち殺した。筑紫の技術に軍において敵うものはいない。カグヤですら右に並ぶことすら許されない。絶対的な強さはきっと彼の過去から生まれてきたのだろうが、カグヤですら怖くなることがあった。紫を身に宿しているとはこういうことなのだろうか。


「そこまでにしてもらおうか!」

「きゃぁ!」


 住民が逃げるか殺されるかしてちらほらとしか生きている人間が見えなくなったとき、背後に気配が生まれた。反射的に銃を構えたまま振り返ったけれどその前に緋桜の悲鳴が短く響いた。
 いつの間にか背後に回られていたのか、屈強な男が緋桜の腕を捕まえて立っている。見覚えのない男だったが、気を抜けないと自然に銃を持つ手に力が入った。どうして小川さんは吠えなかったのか、疑問を持つ余裕すらない。


「我々はジャスティス。真の平和を願う者」

「今更話し合いしようとでもいうのか?」

「そんなことは思っていないさ。これ以上の殺戮をやめてくれるなら何も求めはしない」

「……随分優しいじゃねぇか」

「とりあえず、武器を捨ててもらおうか。このお嬢さんの命が欲しければ、な」


 男の言葉に、今回は緋桜そのものが狙われている訳ではないと分かって僅かながらほっとした。これ以上緋桜が狙われていると分かれば報告しなければならなくなるし、場合によっは緋桜を差し出せと言われるかもしれなかった。緋桜が無関係だと分かっただけで、だいぶ心が軽くなった。彼女が捕まっていたとしても。
 緋桜は平然と捕まっているけれど、カグヤのほうが気が気ではなかった。緋桜を傷つけられでもしたら取り返しがつかない。躊躇いも無く銃を捨てる、筑紫に目を配ると筑紫も軽く肩を竦めて銃を手放した。それを見て男は意外そうに軽く瞠目した。


「意外に素直だな。そんなにこの別嬪のお嬢さんが大事か」

「そーそ、そのお姫さんはうちの色気担当だからさ」


 筑紫は軽く笑った。カグヤはいつ相手が緋桜を攻撃するか気が気ではなく、とても落ち着いてなんていられなかった。「いいから早く緋桜を放せ」と叫ぼうと思ったけれど筑紫の腕に阻まれて思わず口を噤んだ。顔を近づけて筑紫が軽く笑い、カグヤに「奴等は殺さない」と囁いた。根拠は分からないけれど筑紫は確信しているようなのでカグヤは自身を落ち着かせるために一度深呼吸した。


「俺たちちょっと時間なくてさ、早く進めてくんねぇかな」

「我々の要求は唯一つ。この地を捨て置いてくれ」

「それは無理だな。俺たちも仕事だし」

「ならば致し方ない。このお嬢さんの命と引き換えに請おうか」

「それも無理だな」


 男が緋桜のこめかみにぐっと銃口を押し付けた。けれど緋桜は震えもしないで気丈に立っている。その笑みには微笑みすら浮かべているような気がして、思わず背筋がゾクリとする。はやく緋桜を助けなければと思うけれど、筑紫は怯むことなく言い切った。男の口元がひきつった瞬間、筑紫は隠していたコルトガバメントを滑らせると刹那の間に男の眉間に狙いを定めた。


「サク!」


 筑紫が鋭く叫び、同時に引き金を引く。緋桜は反射的に男を後ろに蹴飛ばすとカグヤの方に駆け寄り、緋桜の横を通った銃弾は男の腕を僅かに掠った。筑紫が外すなんて珍しいと思っていると、筑紫は更に数発の弾丸を男の手足に撃ち込んだ。


「筑紫?」


 男が死なないけれど痛みを感じる場所についてガンガンと銃弾を埋め込む筑紫の表情は今までに見たことのないような表情だった。憎しみや悲しみが篭っているような表情だけれども、筑紫の本心を垣間見ることは出来ない。


「筑紫、何をしておる!?」

「うるせぇよ」


 小川さんが嗜めるのも聞かず、とうとう筑紫は男の右腕を打ち貫いて吹っ飛ばした。銃弾で腕一本打ち飛ばす。いつもこんな私怨めいたことはしないのに、必要以上に相手を苦しめることはしないのに。普段とは違う筑紫は相手が僅かなうめきを上げるのをどこか楽しそうに見ていた。何となく、筑紫の闇の部分を見た気がする。
 緋桜を抱きとめて、カグヤは男が事切れる音を聞いた。隣では筑紫が口笛を吹いてカートリッジを交換している。周りに誰も動いていないのを気配で感じながら、カグヤは緋桜を放して辺りの惨事を眺め回した。血に染まった地面と倒れる人々。この中にどれだけ罪を犯した人間がいたのだろうか。


「これで全滅?」

「たぶんな。サク、怪我ないか?」

「大丈夫。今日は早く任務終わったね」

「事情聴取まで入ってなければな」

「そんなもん大隊にやらせろよ!」


 落としたバレッタを拾い上げてホルスターに収め、筑紫はいつもと変わらずに笑った。その笑みが妙に不自然でカグヤは一瞬たじろぐけれど、緋桜は気にしていないようで「早く帰ろう」とばかりにカグヤと筑紫の袖を掴んだ。


「早く帰ってカレーじゃないもの食べよ」

「だからカレーが残ってるんだって」

「筑紫」


 緋桜はわざと浮かれた声を出しているのだろうか。わからないけれど、浮かれた声は小川さんの真面目な声に砕かれた。帰る気満々で歩き出した三人の足は僅かに遅くなり、小川さんだけが一歩先を進んでいた。この重苦しい空気が嫌で、カグヤはポケットから煙草を取り出して一服を決め込んだ。隣で筑紫も煙草を抜き出したのでライターを出してやると、目を細めて旨そうに紫煙を吸い込む。


「この土地はお前にとって何かあるのか」

「別に、ここって訳じゃねぇんだけど」

「じゃあなんじゃ」

「俺、こんな頭だから」


 紫煙に交えて筑紫は言葉を吐き出した。筑紫の記憶の中に両親は存在しない。辛うじてあるのは、父親が首を括った姿だった。親戚中をたらいまわしにされ、どこの家でも歓迎されなかった。親戚中が仏教を信仰しており、紫を身に宿した筑紫など気味の悪い存在だったのだろう。紫の髪は、筑紫にとって苦痛でしかなかった。けれど髪を染める気にならなかったのは、僅かな記憶の中で母が筑紫の髪をなでて言った「貴方はきっとみんなのヒーローになるわ」と言う言葉。確かな記憶でもないのにそれに縋って生きている。


「いいんじゃないの。筑紫、今正義のヒーローじゃん」

「ヒーローっていうよりも悪の親玉って風体だけどな」

「……カグヤ、ひっでぇ」


 何も気にしていない仲間たちの評価に筑紫はややあって笑った。笑いついでに真ん中に割り込んでカグヤと緋桜の首にそれぞれ腕を回して抱きついた。
 血みどろの中歩きながら不意に白煙を浚われて空を見上げると、清清しいほどの青空が広がっていて筑紫は短くなった煙草を指で弾いて地面に落とした。いつまでも赤い灯は消えなかったけれど、消えるのを待たずに通りすぎた。










 無事に夕食に間に合うように戻ってきた紫部隊の面々は、深刻な面持ちで目の前の皿を見つめていた。昨日の夕食はカレー。今日のお昼もカレー。そして今目の前にある夕食は、カレーピラフ。緋桜は上目遣いにカグヤを見つめ、目が合うとすぐにそらした。カグヤも気まずそうな顔をしていて、筑紫だけが文句も言わずにピラフを口に運んでいた。


「サク、食わねぇの?」

「う、うん……。でもさ、もうカレー飽きたって言うか……」

「ピラフじゃん」


 ピラフといえどもカレー味。カレーが飽きたらしい緋桜は、昨夜食べていない筑紫を睨みつけた。台所を預かるカグヤとしてはカレーを捨てる訳にもいかず工夫に工夫を重ねたのだが、駄目だったようだ。帰ってきてすぐに報告に行ってから作ったので遅くなったことも原因だろうか。


「それにしてもあの土地どうするんだろうね」

「生き残った人たちで復興するんだろうな」

「そしたら変らないじゃん」

「行政部の指導が入るんじゃないか?」

「ま、俺たちにはもう関係ないか」


 ピラフを文句言わずに食べてくれる筑紫にはありがたいが、カグヤとしては感想も欲しい。ただ、緋桜のように文句を言われるのも辛い。自分で味の感想を出すしかないのかと少し哀しくなりながら、先ほどの問答を思い出した。
 あのテロリストグループはただの宗教信者で、インド村全体が信者で構成されていたようなものだったそうだ。第一大隊が事情聴取したところ、全員が全員口を噤んだそうだ。ある意味宗教とは怖ろしい。本当にこの任務には何の意味もなかったのか、僅かに疑問はある。ただ相手は無数にいるテロリストグループだから気にすることもないのだろう。


「明日の任務、面倒くさくね?」

「そういうな。『神』を拝見できるかもしれないぞ」

「興味ねぇ。護衛なんて他の部隊にやらせりゃいいじゃん」

「私たちが出向く必要ないよね」


 先ほど確認された任務は、一月以上前から決まっていた。この国で唯一の『神』と軍部長との面会だ。そのため、青が移動中の警護を、赤が面会場所の警備を担当している。まさかテロが起こるとは思っていないけれど、念には念を入れる。それほど『神』は尊いものなのだ。


「仕事なんだからしょうがないだろう。汚した軍服はクリーニングに出すからリビングに出しておくように」

「はーい」

「カグヤが取りに……嘘、出す」


 日常の仕事をこなしながらカグヤは明日の心配もしなければならなかった。事件が起こるわけではないだろうし起きても対処する自信はある。問題は真白だ。彼はあまり向いていないらしく、先ほども相当イライラしていた。残っているパイを差し入れてやろうと、カグヤは寝るまでにやるべき仕事を思い浮かべながら思った。





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思想なんて時が経てば変るものです!