緋桜の鳴らした銃声を聞きとめて、眼出し帽を被った二人の犯人が玄関から飛び出してきた。それを見ながらカグヤは家の裏に回りこむ。五人もいるということは役割分担がしっかり出来ているということだろう。恐らく二人が外で応戦し二人が人質を見張り残ったリーダー格の男が奥でふんぞり返っていることだろう。筑紫なら瞬殺してくれるだろうから、人質に危害が加わる前に助けに行かなければならない。焦りと緊張で硬くなった体を意識的に解す為に深呼吸を数回繰り返し、カグヤは風呂場の格子をぶっ壊して風呂場に侵入した。


「うわーん!お姉ちゃーん!」

「うるせぇ、静かにしろ!」


 聞こえてくるのはリビングからだろうと見当をつけて、カグヤはホット胸を撫で下ろした。あの声は久しく聞いていないけれど末の弟のものだ、元気に泣いている。泣き声が三つあることで現状を把握し、風呂場からどう通ってリビングに向かうか考える。間取りは当たり前だが頭に入っているので場所が分からない訳ではないが、ここからだと廊下に出なければならない。その間に見つかる可能性もある。


「兄貴、色持ちだ!奴ら真正面から乗り込んできやがった!」

「こっちには人質もいるんだ、本気じゃねぇさ。お前も行って威嚇してこいや」

「もう二人ともヤられちまった!」

「何だと!?」


 殺してはいないだろうが、本当に瞬殺だったのか。持っていた武器が大振りのナイフだったからどんな惨劇が起きているか判断できず、カグヤは息を飲んで風呂場から動かない。もう少し様子を見て、相手の人数を減らしたい所だ。人質となっている弟妹たちはまだ幼いからできるだけ危ない目にも怖い眼にもあってほしくない。
 しばらく様子を見てると、男たちの濁声の間を縫って弟妹たちの声が聞こえてきた。しゃっくり上げてはいるものの、怪我はしていないのだと確信する。


「お姉ちゃーん!」

「うえーん!」

「うるせぇぞガキども!」

「景、直、泣いちゃだめだよ」

「ぼくたち殺されちゃうんだ!お姉ちゃん助けてー!」


 泣いているのは双子の弟だ。犯人に恫喝されて尚大声で泣き喚いている所は肝が太いと感心せざるを得ないかもしれない。そしてその二人を慰めているのは彼らの一つ上の妹だ。必死に弟の面倒を見ようとしているのが窺えて、こんな時なのに成長したのだと嬉しくなる。
 怖い思いをして泣いている弟たちを助ける為に背に腹は代えられないかと廊下に出て行こうかと思ったとき、妹の声がはっきりと聞こえた。


「お兄ちゃんが絶対助けに来てくれるんだから、泣いてちゃだめだよ」

「兄ちゃんは帰ってこないって、お姉ちゃん言ってたよ……」

「兄ちゃんは、全然違う所にいるんだってお姉ちゃん言ってたよ……」

「お兄ちゃんは唯たちが困ったら絶対絶対助けに来てくれるもん!」


 きっぱりと言い切ると、今度は唯が泣き出した。それにつられて弟たちも泣いている。動き出そうとしていたカグヤの体は、思わず硬直していた。長い間会っていなくても信じていてくれた妹の一言が心臓を抉るくらいうれしい。昔、戦争に向かう前に困ったら絶対に助けてやると約束したことを今もまだ覚えているとは思わなかった。カグヤ自身叶えてやれないと思っていたかわいそうな約束だと思っていたのに、妹は信じて真っ直ぐに待っていてくれた。これは絶対に、助けなければ。
 そう決心して今度こそ廊下に出ようとすると、玄関から筑紫のやけに明るい声が聞こえた。


「こんばんわー。ちょっと交渉しねぇか、犯人さん?」

「何だお前は!?」

「天下の色持ち紫部隊だ!モノは相談なんだけどさ、人質交換しねぇ?」


 筑紫の言葉に中の三人が色めきたった。続いて筑紫は「ガキが三人いてもうるせぇだけだろ」と言い手足を縛った緋桜と交換しないかと言った。しかも、緋桜に対しては何をしてもいい。仮令その場で犯して殺しても構わない。
 しばらくの沈黙の後、男たちは答えを出したようだった。一人が回答をするために玄関まで向かう足音が聞こえる。筑紫が作ってくれたチャンスに感謝しながら、カグヤは廊下に飛び出した。玄関の直前で、ホルスターから愛用のデザートイーグルを抜いてサイレンサー代わりに犯人の背に密着させる。当身でも食らわせるくらいの勢いで、カグヤは引き金を引いた。音は上手くかき消される。


「なっ……!?」

「悪いが、俺はサクも可愛いんでな」


 後ろからの衝撃に男が声も上げられずに目を大きく見開いて振り返るので、カグヤは薄く笑って銃をホルスターに閉まい囁いた。此処から先銃は使わないし人を殺したくもないので、今日は使うことはないだろう。出来れば守るべき弟妹たちに人殺しの兄の姿を見せたくはない。残り二人になったのでもういいだろうとカグヤはリビングの直前で身を潜めた。
 しばらくすると、仲間の帰りが遅いのを心配した男が一人出てくる。その男は玄関で筑紫に殺されるだろうが関係ないので無視して、カグヤはリビングに飛び込んで素早くリーダー格の男を補足すると当身を食らわせてそのまま鳩尾に拳をぶち込んだ。


「何だお前は!?」

「さっきうちのエースが名乗ったろ?天下の色持ち、紫部隊だ」


 苦しげに顔を歪ませたが倒れずに銃を突きつけてきた男から一瞬だけ視線を逸らして奥で縮こまっている弟妹を見つけ、無事な姿に安堵した。すぐに離れた意識を戻して足で銃を払って、今度は当身を食らわせる。弟妹たちに見えない角度で筑紫に借りたナイフを握り、男の臓腑に深々と突き刺すと流石に今度は顔を赤くして声にならない声を吐き出した。


「……家族の前で殺させないでくれよ……」


 男の耳元に囁いて、ゆっくりと体を離した。玩具みたいなナイフだから死なないだろうが、念のために肺に穴を開けたから起き上がることもないだろう。ナイフを抜かずに男が倒れるのも見ずに視線を巡らせれば、弟妹三人が固まって青い顔をしてこちらを凝視していた。


「無事か?三人とも」

「お、お兄ちゃん!」

「兄ちゃん!」

「兄ちゃーん!」


 カグヤが微笑して見せると、三人が三人とも堰を切ったように泣き出して駆け寄ってきた。膝を付いて屈み、三人を抱きとめる。別れた頃は幼かった弟妹をしっかり抱きしめて、成長を改めて実感する。まだ頼ってくれることがひどく嬉しかった。


「助けに来るのが遅れてごめんな。怖い思い、しただろ」

「お兄ちゃんが助けに来てくれると思ってたから怖くなかった!」


 唯はそういうけれど、やはり怖かったのだろうわんわん泣いている。あやすように背を撫でながら、三人の顔を順繰り見回した。彼女は泣きながらお姉ちゃんはお兄ちゃんはもう帰ってこないって言ってたけど帰ってくると信じてたと言い、弟たちもそれに賛同してやはり泣いた。
 不意に、背後からさっきを感じて振り返る。肺を射され血を吐いている男が、顔を上げてさっき蹴飛ばした銃を拾って持ち上げたところだった。


「む、紫ぃぃぃ!」


 恨みがましい声と共に男の指に力が篭る。こんなに怨まれるようなことをしたかと一瞬浮かぶが、けれど反倭派にとっては色持ち部隊など悪魔の軍団となんら変わらないところなのだろう。宿命的な敵同士とでも言おうか。反射的に弟たちを庇うように背中に押し隠した瞬間、パンと思ったよりも軽い音がした。


「甘いぜ、カグヤ」

「……筑紫」


 撃ったのは男ではなく、筑紫だった。いつの間に入ってきたのか口笛でも吹きそうな表情で小型の銃を持っている。子供の目の前で殺したくなかったからばれないように射したのに、やはり甘かったのだろうか。
 男の手が力なく床を打ち、白目を剥いて今度こそ死体になった。動揺を悟られないように、死臭の漂い始める家から弟妹を連れて出ようと立ち上がる。三人とも抱くのは至難の業のようだ。


「姉ちゃんが外で心配してるから、一回外行こうな」

「うん」

「筑紫、悪いけど小川さんに言って井出元軍部長に繋いでくれ」

「了解」


 三人の弟妹と器用に手を繋いで勝手口に向かうカグヤに苦笑して、筑紫は玄関から出て行った。玄関に転がっている死体を見せたくなかったのだろう、どこまでも優しい奴だ。










 筑紫が中に入ってから、緋桜は気絶させた犯人の一人を大隊の兵士に言って縄で縛って後から来た護送車に乗せた。護送車と言っても名ばかりで、中はトラックの荷台のような作りになっている。後で筑紫辺りが何かするだろうと放っておき、指揮官がいるところに戻るとカグヤの妹も落ち着いたようで不安そうな顔をして俯いていた。


「さすが紫部隊、あっというまの解決になりそうですな!」

「そうですね。あの、えっと咲さん……でしたっけ?」


 嬉しそうな司令官に曖昧に微笑んで、緋桜は座っている彼女に声をかけた。部屋で見たときはきつそうに見えたが、今はただの弱い女性のようだ。弟妹のことをひどく心配していたようだが、どうして兄のカグヤに対してだけあんな態度なのかよく理解できない。姉妹のいない緋桜には理解できない感情かもしれないが、もし自分だったらどう思うのだろう。


「そんなに心配しなくても、もう少ししたら笑って帰ってきますよ」

「……私があの子達を置いてきたから……」

「……どうして、カグヤにあんなこと言ったんですか?」


 緋桜から見ればカグヤは文句なしにいい兄に見えた。文字通り骨身を削って働き、その金を仕送りして家族を生活させようとしている。カグヤ自身いい仕事と思っているわけではないだろうが、けれど家族のために身を危険に晒している。そんなカグヤは感謝こそされ責められるいわれなどないだろう。
 けれど咲にとっては違うらしく、彼女は膝の上で手を白くなるまで握り締めた。


「人を殺して得た金なんて、要らないわよ」

「そんな……」

「人様の命と引き換えのお金なんて欲しくない」


 彼女の本心かどうかは分からないが、吐き出された言葉に対する解答を緋桜は持っていない。確かに人の命を奪って手に入れているようなものだ。仮令こちらが正義だと声高に叫んだ所で、自覚しているが自分たちは人殺しでしかない。でも、緋桜もカグヤが悪く言われているのを黙って見過ごせそうになかった。


「カグヤだっていいと思ってるわけないじゃない。でも貴方たちのために頑張ってるんじゃない」

「私たちのため?人のせいにしないでよ」

「この間だってカグヤ大怪我して!でも文句言わずに我慢してるのに……」


 やっと治ったばかりだと言うのにまた任務に借り出されて体を酷使している。そんなカグヤが可哀相でならなかった。けれどそれを言っても彼女には分からないのだろう。所詮、戦場にいる人間とは感覚が違う。それは一応、緋桜も理解している。


「たっだいまっと」

「おかえり筑紫。怪我は?」

「全員ピンピンしてる。生かしといた奴は護送車?」

「うん」


 筑紫が一番に帰ってきた。帰ってくるなり護送車に向かおうと踵を返すが、途中で何かに気づいて小川さんに「軍部長に繋いで」と言ってから結局出て行った。僅かに顔が歪んでいるのに緋桜は気づいたけれど声を掛けなかった。
 すぐにカグヤも戻ってきた。子供を三人連れて、その子達は咲の顔を見るとカグヤから離れて彼女にかけよる。けれど泣いてはいなかった。その光景を少し淋しそうに目を細めて見ているカグヤに緋桜は駆け寄った。


「おかえり、カグヤ」

「ただいまサク。怪我してないか?」

「私は大丈夫だけど……」

「けど?」

「筑紫はちょっと辛そうだった」


 正直に筑紫の表情の変化を緋桜は語った。筑紫は体質上回復が早いと言ってもそれは見た目だけで、皮は繋がったが内臓のダメージがまだ回復し切れていないだろう。本来の人と比べれば早いが、それでもやはり瞬間的に治る訳ではない。見えないところだからと気にしないように振舞っていたのだろう。
 緋桜の言葉にカグヤは顔を歪めて「あのバカ」と呟いたが、それだけだった。小川さんの口が突然真白の声を紡ぐ。


「杭之瀬隊長、首尾は?」

「任務完了しました。全員無事です」

「そう……よかった」

「一人生かして今話を聞いてます」

「……覚哉」

「……なんだ?」

「よかったね」

「あぁ……」


 ポケットから煙草を出しながら、カグヤは心の底から安心したような声で吐き出した。弟妹を捕らえた視線はひどく優しい。
 それきり真白との通信は途絶え、カグヤが煙草一本吸い終わるまでには大隊も引き上げていた。死体の処理などをしているのを見ながら黙っていると、筑紫がなぜか返り血を点けて帰ってきた。


「悪い、ヤっちった」

「何のために生かしてたと思ってんの?」

「情報はそれなりに聞き出したぜ」


 そう言ったけれど筑紫は話し出そうとせず、ちらりとカグヤの家族に視線を向けた。その視線の意味を理解して、カグヤも煙草を携帯灰皿に入れて帰りの車に向かう為に足を上げる。彼女たちに背を向けたとき、後ろから押さない声が掛かった。


「お兄ちゃん!」

「助けてくれてありがとう!」

「また帰ってきてね!」


 三人の弟妹の言葉にカグヤは一度言葉を失ったけれど、微笑して頷いた。けれど声は出さずに今度こそ本当に踵を返して車に乗り込んだ。乗り込んでから、筑紫はあの犯人たちが偶然にあの家に入ったのだと詰まらなそうに語った。そして、彼は血を吐いた。





−next−

筑紫のナイフ誰も回収してないし