ベッドの中でつまらなそうにゴロゴロしている筑紫は、いい加減に出歩きたくてちらりと見張りの小川さんを見た。伏せの体勢で尻尾をゆったりと振っているくせに、部隊色である紫の双眸がしっかりと筑紫を捉えている。その視線から逃れるように、筑紫は寝返りを打って真っ白い壁を見た。非常につまらない。退屈が人を殺すと言うのなら、間違いなく死因はそれだ。
 先日に市外で起きたテロリストの立て籠もり事件に借り出された際に吐血し、筑紫が何度大事ないと言ってもカグヤも小川さんも許してくれずこうして布団の中で三日が過ぎた。見張りの小川さんがゲームも禁止してくれたので、退屈以外の何物でもなかった。小川さんに冗談を言っても、通じないし。


「ひーまーだー」

「黙っておれ、怪我人」

「だからもう大丈夫だって。マジで元気になりました!」


 戻ってきてすぐにベッドに縛り付けられた上に食事はカグヤが作ったお粥。美味しいには美味しいのだが、いい加減に健康的に固形の食事が欲しい。表面の傷よりも内臓の方が回復が遅いとはいえもういい加減に回復したはずだ。少なくとも生活に支障を感じられない。
 しかし誰も信じてくれないで、まだ軍医に見せろと煩く言う。緋桜は興味無さそうにしているが、カグヤがおかんのように口うるさい。いい加減に嫌になってくるのは当たり前だろう。


「そういえば、カグヤとサクは?」

「軍部長室に行っておる」

「何、任務?」

「お前は留守番じゃがな」

「いや、行くし。行くだろ普通に!」

「寝ておれと言っておろう!」


 勢いに任せて起き上がっても別に臓腑は痛まない。それだけ回復が早いのに、見せないから誰も信じてくれない。起き上がった瞬間に、小川さんの文句と一緒に前足が飛んできた。顔面にばっちり喰らって、折角起き上がったのに数秒と持たずにベッドに再び横たわることになる。


「痛ってぇし」

「大人しくしておらんからじゃ」


 小川さんの揺れる尻尾を睨むが、反論の言葉は出てこなかった。反論した所で、どうせ前足で攻撃を喰らって終わりなのはここ数日で学んだことなのでこれ以上抵抗しても仕様がない。黙って布団に潜りこんだ。
 それと同時に部屋の扉が開いて、しかし足音からも気配からも入ってきた様子はなかった。


「カグヤぁ!筑紫が拗ねて寝てる」

「拗ねて?」

「拗ねてねぇよっ!」


 ドアを開けたのは緋桜だったようで、廊下に向かって声を上げた。緋桜のあてずっぽうなんだか見ていたのか知らないが強ち間違っていない報告に思わず声を荒げて体を起こしたら、また小川さんに前足で蹴られた。本当に病人だと思っているのか疑問が残る。
 帰ってきたのならもう良いだろうとベッドから性懲りもなく起きると、同時にカグヤが部屋に入ってきたので今度は蹴られなかった。入ってくるなりカグヤは散らかった机の椅子を引いて、足を組んで座った。緋桜がカグヤの後ろから甘えるように抱き着くので、カグヤは何を言われたわけでもないのに立って緋桜を座らせた。


「仕事だ」

「やっりぃ!どこどこ、どこ行くの!?」

「その前にお前、体は良いんだな?」

「当たり前田のクラッカー?」

「古い」


 心底楽しそうな笑顔が筑紫の顔に浮かんだ。もう暴れたくて暴れたくてここ数日体がうずうずしていた。軽い冗談を飛ばしてからベッドから飛び降り、軽く伸びをする。寝てばかりだったので体のあちこちがボキボキを音を立てた。
 状況を尋ねると、軍部長室で次の任務と同時に筑紫へやの対応を伝えられたらしい。筑紫本人にしてみれば対応も何も余計なお世話であるのだが、それだけの体質なのだということは知っている。そんなことにはもう慣れている。


「医務室には行かなくていい。自分の体だ、どうなっているかくらい分かるだろう?」

「分かるけど俺、一応上にばれてる体質だぜ?」

「詳しいことは分かっていない。そうだな」

「そうだけど。つか、弄り倒されたけど分かんなかったみてぇ」


 筑紫は当初、特異だから連れてこられた。体を調べるためにあちこちを開かれて痛めつけられた。にも拘らずどうしてそうなるのかメカニズムなどは分からずじまいだった。自分の感覚としては十分だったから後悔していないし恨んでもいないが、事あるごとに未だに医務室に呼ばれる。面倒なので行かないが。


「今は緋桜がいる。間接的にでも因果関係があるんだからな。そういう意味で、あちらはお前を弄りたい」

「……なんか響きがいやらしい」

「アホ。だからこそ、こっちはお前を渡さない」

「いいねぇ。俺、鍵みてぇ。んで、任務は?」


 上層部に怪しい動きがあるというのはだいぶ以前から分かっていたことだ。かつての生物兵器を身に宿した緋桜とその結果の特別変異である筑紫を併せて調べたことは彼らにもない。だからこちらでそれを押さえておきたい。筑紫の性格が幸いして、拒否した所で自分勝手なわがままと取られるだけだから実害もない。
 そんなことはいいから早く暴れたいと急かすと、カグヤはポケットから煙草を引っ張りだし、しかしライターがなかったのか辺りを見回した。手元のライターを筑紫が投げてやり、それを受け取って火を点けてからカグヤは口を開いた。


「第二区で大きな反乱がある」

「第二ってことは……うわ、メンド」

「結構しんどいぞ」

「上等」


 第二区、旧名称オーストラリアはその島全体が流刑地として囚人の監獄になっている。各区の凶悪犯たちがひしめいているので極力近づきたくない場所ではあるのだが、その囚人たちがこぞって反乱を起こしたという連絡が入った。本来は別の思想を有し共同戦線を張ることがない者どもが協力関係にあることが気にかかったが、そんなことを考える間を与えないような勢いで大隊が壊滅した。
 第五・六部隊である白黒部隊が現地へ飛んだが、どうにも首尾がよくなく深夜に怪我を負って帰って来た。そしてそのお鉢が紫へと回ってきた。


「つかさ、大隊弱くね?」

「所詮は寄せ集めだからだろ」

「んで、いつ出んの?」

「今」

「了解。その前になんか美味いもん作って」


 まだ半分しか減っていない煙草を灰皿に押し付けようとしたカグヤは、筑紫の言葉に煙草を消すのをやめた。残りもので何かを作って、それまでは吸っていられる。椅子に座ったまま緋桜がものすごい不満そうな顔をしているから、さっさと部屋から退散することにした。
 カグヤが部屋を出てっても、緋桜は出て行こうとしなかった。久しぶりの美味しい食事ができるまで煙草の一本でも吸おうと思ったが、口の端に銜えて引き出したら緋桜に睨まれた。


「……なんだよ」

「カグヤ、元気になったみたい」

「そう振舞ってるだけじゃなくてか?」

「うん。多分ね」


 カグヤの家がテロリストに占拠されてからは筑紫はベッドに縛り付けられていたから分からないが、元気がないのだと緋桜は部屋に来ては言っていた。確かに一人でカグヤと一緒にいたら息が詰まってしまってしようがないだろう。だからよく筑紫の部屋に来ていた。


「早く準備しねぇの?」

「でもね、第二区の反乱……あの立て籠もりの直後に起きてるの」


 まるで、あの立て籠もりを皮切りにしたかのように騒ぎ出した第二区。特区の住宅地で起きたテロリストの犯行は報道規制がかかっていたにも拘らず全世界に中継された。何がどことどう繋がっているのかは全く見えないが、ただその事件とこれは繋がっているようにしか思えないのだという。
 不安そうな顔をしている緋桜を見て、筑紫は火を点けていない煙草を銜えたまま言葉を探した。けれど上手い言葉なんて出てこない。結局、笑った。


「第二の奴等とっ捕まえて吐かせればそれで終わり、だろ?」

「……そ、だよね。うん」

「よし、ライター返せ」

「私が部屋から出てったらにして」

「じゃあとっとと出てけよ!」


 話が終わったのに出て行かない緋桜に怒鳴って、筑紫はベッドからやっと降りてライターを掴むと問答無用に火を点けた。これまで煙草も小川さんに止められていて、隠れて持ってトイレに行って吸っていたから広いところで吸いたくてしょうがなかった。










 カグヤの作ったラーメンを食べて、それがインスタントだったことに文句を言いながらいつものようにシャトルに乗り第二区へ飛んだ。第二軍部はそのまま監獄の入り口となっている。そこはもう占領されているらしく、周りの小さな島にシャトルは下りた。簡易の建物がいくつか立っている中の一つが現在の司令塔として機能しているらしい。予想以上の被害に開いた口が塞がらなかった。


「あっれ、紫じゃーん」


 何をやっていたんだと多少の憤りを胸に抱えながら建物の中に入ろうとしたら、後ろから声を掛けられた。知っている軽いそれに三人揃って振り返ると赤部隊が三人立っている。三人ともどこかしらに負傷しているが軽症のようだ。
 どうして彼らがここにいるのか、だったら自分たちがここに来る意味はなかったんじゃないか。意味が分からなくて、筑紫はポケットに突っ込んだ手を出して頭を掻きながら彼らのせいではないと分かっていながらも隊長の速水を睨んだ。険しい筑紫の表情に、彼はおどけて笑ってみせる。


「あ、怪我したんだって?現場復帰おめでとー」

「心が篭ってねぇんだよ。お前らなんでいるわけ?」

「紫の応援?つか本当は俺らの任務、みたいな」

「はぁ!?何で俺らがお前たちの仕事に借り出されなきゃなんねんだよ!」


 終始からかっているような口調の速水ではなく、後ろに控えていたボブが怪訝そうな顔をしている三人に説明をした。目を通した資料にも何も書いていなかったのだから当たり前だが、三人とも状況がつかめていないような顔をしている。


「規模が大きすぎて、三人ではどうしようもなかったんです」

「……青は?」

「青部隊は現在第三区にいて手が離せないとか」

「んで俺たちかよ」

「申し訳ない」

「ま、大隊も使えねぇしな。お互い頑張ろうぜ」


 そういうことなら仕様がないと筑紫は笑った。大陸が一つ囚人たちの手に落ちているのならばしようがないことだろうし、ここだって設備がしっかりしているという訳でもなさそうだ。
 とりあえず状況を把握することと作戦を立てるために建物の中にノックして入った。すでに顔を合せている赤部隊がドアを開けてくれたが、肩越しに見えた簡易の軍部内は陰気な空気が漂っていた。入っただけで腐りそうだと思ったのは筑紫だけではないようで、緋桜なんかは嫌そうに一歩下がった。


「紫が到着しました」

「そ、それはそれは……お待ちしておりました」


 出てきたのは初老の男性だった。初老と言っても三区の小沢少将とは違ってくたびれた感じがある。歳は変わらないはずなのに現状に疲れているからだろうか、ひどくふけてみえた。しかもその目はこちらを頼りきりにしている眼で、来たからにはもう安心だと安堵が灯っていた。
 本人にやる気がないことを瞬時に見て取って筑紫は表情を硬くしたまま黙って現状を聞いたが、それだって半分しか頭に入ってこなかった。不十分な説明では、まあ半分分かれば上等かもしれないが。


「囚人たちに本土を占拠されまして、残ったのはこれだけです。兵力も大半が失われました」


 だからこうも活気がなくなるのだろう。もともとここに収容されているのは凶悪犯だとかテロリストだとかそういう奴らばかりだから大隊の兵も強いのが多いはずなのにこれとは上がだらしないのか相手が相当強いのかのどちらかだ。どちらかというと前者であるような気がしながら、段々やる気になってきた。


「んじゃあ、さっさと終わらせて今度こそ美味い飯食うか!」

「折角の合同なんだからゆっくりやろうぜぇ」

「テメェはサク目当てなだけだろうが!俺はカグヤの飯食いてえんだよ、カグヤも気合入れて飯作れるように力温存しとけよ!」


 いくら周りが何を言おうが、無茶を言っているとは筑紫自身は思っていない。俄然やる気になってテンションが上がって、筑紫は口笛を吹いてまずは状況を聞くためにドカッと椅子に腰掛けた。そうして聞いた状況は、最悪だった。





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筑紫が可愛くてしょうがないのはどうしてでしょう