大陸のほぼ全土が囚人たちの手に落ちてしまった。おかげでこちらの施設も彼らのもので、その施設は流刑地で他の地区よりも格段に低いものだったとしてもこちらが丸腰で突っ込んで行って手に負えるような代物ではない。小屋一つ貸しきって六人で作戦を練っても、なかなか有益な意見は出なかった。
 そもそもこの重い空気も原因の一つではないかと思うのだが、それを口に出せるものは誰一人としていない。筑紫は赤部隊と親しくしているが、カグヤは彼らに敬遠されているし緋桜は親しく声を掛けてくる彼らに何故か怯えているし。


「ねぇ、カグヤ」

「ん?」

「どうしてここに子供がいるの?」


 同じテーブルを囲んで、緋桜の言うとおりに少年が座っている。色素の薄い髪と青い瞳、透き通るような白い肌。一目で白色人種のそれである特徴はこの陰気な空間では異物のように目立つが、それ以上に彼の年齢が少年を浮き立たせている。どう見積もっても十二かそこらの少年であるのだ。
 軍服に部隊色である赤のネクタイを着けた少年は、緋桜の小声を聡く聞きつけて不機嫌そうな顔を向けて冷たい声を発した。


「失礼な方ですね。僕はれっきとした第三部隊員です」


 つっけんどんな少年の態度に緋桜が怯えたようにカグヤの裾を掴んだ。子供とは思えないほどに冷たい物言いとその態度に、子供だからこそカチンとくる。筑紫が文句を行ってやろうと思ったけれど、その前にカグヤに肩を掴まれた。その眼に押し止められて、僅かに浮かした腰を椅子に乗せなおす。いらつきを誤魔化すために、テーブルの上に置いた煙草に手を伸ばした。


「ちょいとケンちゃん。女の子のそんな言い方したらモテねぇぞ」

「速水隊長には関係ありません。それに僕の名前はケビンです」

「ありゃ、可愛くねぇの。悪いな、紫。こいつは浅山憲高、まだケツの青いガキだから勘弁してやってくれ」

「僕のヒップは青くなどありません。適当なことを言わないでください」

「な、可愛くないだろ」


 にかりと笑った速水に気が抜けたのか子供だと思ったのか、緋桜の手から力が抜ける。それを感じてカグヤも煙草に火を点けた。筑紫と同じタイミングで火を点けて紫煙を吐き出すと緋桜とケビンと名乗った少年が嫌そうに顔を歪める。ただし二人でそれは無視した。噂では聞いたことがあった赤部隊の最年少軍人だが、カグヤは目で見るのは初めてだった。筑紫は会ったことがあるのだろうが、どこか難しい顔をしている。
 一度会話が切れたので、兎に角話を進めようとカグヤは軽く指でテーブルを叩いた。


「被害状況はいいとして、これまでの作戦はどんなものを?」

「大隊の方は知らねんだけど、俺たちは空から状況確認をしただけでこの有様」

「航空機二機が撃墜されました」


 赤部隊は事を起こす前に飛行機で上空から状況を確認したそうだ。その際に二機が打ち落とされたが、どうにか一命は取り留めたらしい。その被害で得られた情報は囚人たちは本部の機械を使いこなし上空からの攻撃に耐えうることと、相当の戦力が各所に留まって陣形を組んでいることだった。
 少年がカタカタとパソコンのキーを打ちながら不機嫌な声で「図があります」と言った。


「これが情報から作った立体図です」

「へー。すげぇな」


 筑紫が素直に感心したのも無理ないだろう。パソコン画面に浮かんでいるのは完全なる立体の島の図だった。敵のいる位置が赤い印で光っている。蜘蛛の巣のように張り巡らされた配置はどこか中心で見ているものでもいるのだろうかと思えるほどに見事で隙のないものだった。
 図をしげしげ眺めていた筑紫が、長くなった灰を灰皿に落とし、出された缶のお茶を煽った。


「これだけすげぇと手ぇ出しようがねーな」

「だろ?たった二機で俺たちがんばっただろ」

「二機?三機じゃねぇの?」

「ケンちゃんはブレーンだからお兄さんたちが肉体労働してんだ、うちは」

「ガキ甘やかすから付け上がんだよ」

「ガキではないと言っています。貴方たちの足りない脳と一緒にしないでください」


 笑わないどころか怒りもせず、淡々と少年は言った。何の感情も篭っていない声なのでどう答えたものか全員が口を噤む。その中でカグヤだけが難しそうに眉間に皺を寄せている。それに気づいた緋桜が「カグヤ?」と小さい声で呼ぶけれど、カグヤには聞こえないようだった。まだ半分も吸っていない煙草をゆっくりと灰皿に押し付けて消し、匂いの残る手で少年からパソコンを取り上げた。


「何をするんですか。上部隊の隊長だからって横暴です」

「君こそその態度はなんだ。頭がいいから偉いってことはないだろう?」


 小難しい顔をして机に肘をついたカグヤを見て、速水は目を眇めて筑紫の方を見た。けれど筑紫は何度か見たことがあるのか緩く首を振っただけで何も言わない。  カグヤは下に弟妹がたくさんいるせいか、教育的指導が多い。いつだったか子供にこうして説教を始めてしまったこともあった。こうなったら小川さんよりも質が悪いので黙っているに限る。下手に手を出したらこっちに飛び火する可能性もあるのだ。それを心得ているので、緋桜も黙ってお茶を飲んでいた。


「誰にだって得意不得意はある。それを認めて伸ばしあうことで人間は……」

「もういいです!何ですか貴方は……紫の隊長だからって偉ぶらないでください!」

「偉ぶっている訳じゃあない。でも子供に物事を教えるのは大人の仕事だ」

「大人が偉いって言うんですか!?」

「偉いとかそういうことじゃあないよ」


 カグヤの言葉に対する形ではあるが、少年兵士は初めて感情のようなものを見せた。怒りに近い感情で声を荒げ、ヒステリックに机を叩いた。彼はその頭脳を買われて軍人になったとカグヤは聞いている。子供だからと馬鹿にされるのをその頭で見返してきたのだろう。急に大人にさせられてしまった子供は、己を上に見せることで自我を保とうとしている。
 興奮を一度冷まさせないとと思ってカグヤは間を計るためにお茶に手を伸ばしたが、その間に少年がヒステリックに叫んだ。


「だったらそこの呪われた紫が一番偉いんですか!?」


 呪われた紫。それは紫部隊を指しての言葉じゃあない。そんな事を言うのはテロリストくらいのものだろう。ただ筑紫のことを指しているのだったら軍人だろうが政治家だろうが、影でそう呼んでいる。それは一種の差別であり、いわれなき侮蔑だ。筑紫は気にしていないと笑っているが深く傷ついていることをカグヤも緋桜も知っている。
 我慢ならない一言を言われ、さしものカグヤも耐えられなかった。力技でねじ伏せようと思ったわけではなく手を缶から離して手を振り上げる。けれどその手が空を切る前に、乾いた音は鳴り響いた。


「子供だって、言っていいことと悪いことがあるんだから」


 緋桜がカグヤよりも一足先に少年を殴っていた。赤部隊の大人二人はポカンとしているし少年は大きく目を見開いて信じられないとでもいうように緋桜を見ている。筑紫に至っては、面白そうに煙草をふかしていた。子供のように泣き出した緋桜が胸に飛び込んできたのでカグヤは抱きとめて背を撫でた。


「俺って愛されてるぅ」

「馬鹿な事を言ってるな。話が進まないじゃないか」

「あれだろ、作戦はノープラン」

「馬鹿言ってろ」


 言われた本人が軽く笑っているけれど、場の空気は重かった。緋桜の泣き声は聞こえるしケビンは顔を青くして固まっているし、これでは作戦会議どころではないだろう。カグヤは溜め息を吐き出して、さっき消してしまった煙草に再び火を灯した。こんなに空気の重い作戦会議は大戦以降経験したことがない。
 緋桜の背を叩きながら、どうやって収拾したものか考える。いつもだったら吠えてくれるのに今回に限って何もないなんて卑怯だろう。


「折角人数いるんだし、頭叩けばいいんじゃねぇの」

「まあ、定石だな」

「どうやってやるというんですか。このデータを見てください、そんな隙はない……」

「しょうがねぇ坊ちゃんだな、今回は俺たちに任せとけ。机上の空論が役に立たないってこと教えてやっから」


 筑紫がゆったりと紫煙を吐き出すと、カグヤの胸で泣いていた緋桜が顔を上げて筑紫に向かって蹴りを繰り出した。突然の攻撃を慌てて避けたが、筑紫はよろけてテーブルにぶつかり缶を倒した。十分に入っていたそれがパソコンに侵食して少年は声にならない悲鳴を上げた。


「私の周りで煙草吸わないで!」


 緋桜の声に筑紫が呼応するように「お前があっちいけ」と喧嘩を始めたものだから、ようやくいつも通りの明るさに戻れた気がした。緋桜と筑紫が喧嘩をしてしばらくカグヤが眺めていると小川さんが吠えて二人に説教をかます。それがいつものパターンだ。
 ポカンと見ている赤部隊二人の横で少年が必死にパソコンを弄っていたが、動かなくなってしまったようだった。










 明日朝早いからと早く就寝したが、寝付けずにカグヤは煙草だけを持って建物から出た。もともと使われていなかったような島なので電気なども最低限しかなく、空を見上げれば星が良く見えた。一瞬緋桜を起こしに行こうか迷うほどだ。
   煙草に火を点けて深く吸い込んで紫煙を吐き出す。やはり空気が美味いと煙草が美味い。そう思ってぼんやりしていたら、ガサガサ音が聞こえた。草むらの中を覗きこむとケビンがしゃがみこんでパソコンを直しているようだった。


「中でやればどうだ?」

「……邪魔されたくありませんから。あっちへ行ってください、それとも僕をつけてきたんですか」

「そういうわけじゃないさ。夜は煙草が美味いから」


 そのまま近くの木に背を預けて、カグヤは少年を見下ろした。子供らしく泣きそうな顔をして必死にパソコンを直している。きっと彼なりに必死なのだろう。これがなければ何もできない子供に等しいのだろうから不安でしょうがないのは分かる。パソコンがない今、彼は意地を張るしか知らないただの子供だった。


「君はすごいな」

「……お世辞を言ったところで、僕は貴方を好きになったりしません」

「何だ、俺は嫌われてるのか。だったら丁度いいかもな」

「何がちょうどいいんですか」

「これ以上嫌われることはないだろうから。少し、話をしないか」


 すぐ近くの朱色の火種を見つめ、カグヤは静かに言った。不審そうに顔を歪めたがケビンはその場を動こうとしなかった。数秒彼が動いてくれるのを待ったが叶わないので、カグヤは近くの木に寄りかかった。軍服ではなくシャツ一枚しか着ていないので背中に木の感触をしっかりと感じられた。
 黙って背中を向けているが、少年は話を聞く気がないわけではないだろう。その証拠に手が止まっている。


「うちの馬鹿がごめんな、大切なもの壊して」

「………」

「アレがなければ君が凄く困るって言うのは分かるよ。その頭脳を買われて色持ちだもんな、最大の武器だ」


 終戦後に作られた色持ち部隊は特に上層部隊では複雑な事情のある隊員がいる。その中で特に特殊なのが浅山憲高と名を変えたケビンだった。天才と呼ばれていた少年はその頭脳を買われて軍に身を置くようになった。彼自身がどう考えているかなんでカグヤには分からないが、彼が少年でいるべき時期に大人の中で戦っている。そして初めてその武器をなくして心もとなくなっているのではないだろうか。何と言ってもまだ子供なのだから、大人の手を必要としている。


「ここは大人に任せて、君はたまには子供らしくしていればいい」

「………」

「君がどうしてここにいるのか分からないけど、必要な時以外は子供でいいんだ。子供なんだから」

「……だれが、子供でいていいというんですか」


 ちりちりと紫煙が風に紛れて、灰を多くしている。それだけが時間の経過を確認できる唯一の物のようだった。返事がないのでただカグヤは静かに語っていたが、やっと搾り出すような声が聞こえてきた。見ないようにしていた視線を降ろして月明かりを頼ってしゃがんでいる少年を見ると、肩が僅かに震えている。泣いているのだろうか。泣いていなくてもいいが、どうせ今まで泣けなかったのだから泣いていればいい。


「俺が許すよ。これでも紫の隊長だからな、結構融通がきく」

「……僕は子供じゃありません!あっちに行ってください!」


 ケビンは顔も上げずに叫ぶようにそう言った。彼は否定するけれどその声は湿っている。泣く姿を見たくないのだろうから、カグヤは丁度短くなった煙草を吐き出して軍靴の踵で踏み消した。踵を返すと、すぐに後ろからすすり泣くような声が聞こえて来る。彼は子供だ。けれど大人が心配するほど子供でもない。だから、カグヤは少年から離れた。
 煙草も吸ったから戻って寝ようと思い建物の塊に向かうと、寝床になっている建物の入り口に男が一人立っていた。カグヤ同様ジャケットは脱いでいるが、彼の首には守護獣である蛇が巻かれていた。それの真紅の瞳と煙草の火種だけが赤く見える。


「……ども」

「眠れない……ってわけでもないみたいですね」

「オタクと一緒。美味しい煙草を吸いにちょっとさ」


 立っていたのは速水だった。漂ってきた紫煙の匂いが筑紫と同じであることにカグヤは気づき、ただそれだけで何も言わずに軽く頭を下げて建物の中に入ろうとする。しかし近づいて擦れ違う前に、彼は喉で笑った。それが気になって思わず足を止めると、速水は深く吸い込んだ紫煙を吐き出した。


「うちのケンちゃんが世話かけたみたいで」

「いや……」

「おやすみ」


 真面目な声を出したから何かと彼の眼を見るが、速水はヘラリと笑って煙草を右手に挟んで緩く手を振った。意味が分からないが大した意味もないのだろうと、そのまま彼の隣を通って中に入ろうとするが、擦れ違う瞬間に速水が「やっぱ苦手」と呟いたのが聞こえた。
 そんなことは百も承知だと自嘲が浮かび、カグヤは黙って部屋に入った。筑紫と緋桜が仲良く寝ているのを確認して、緋桜の隣に身を滑らせた。野営するときの定位置で目を閉じたが、眠れそうになかった。





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サクを挟んで川の字で寝てるんだぜ、こいつら。