早朝日が昇る頃、小川さんに叩き起こされてカグヤは寝起きに一服して目を覚ました。緋桜を挟んだ隣では筑紫も同様に煙草を銜えているがその眼は半分以上が眠っているし緋桜に至っては布団にもぐりこんでしまった。
「三人揃って何をしておるか!作戦は何時からじゃと思うておる!!」
「起きるから、小川さん……」
「起きるからちょい待ってくれって。サクちゃぁん、お前も起きろよ」
「やぁだぁ〜」
珍しく筑紫が一番に布団から出て、まだ布団の中にいる緋桜を足蹴にして揺り起こした。不満気に緋桜が顔を出すのと筑紫が煙草を近くの壁に押し付けて消したのは同時で、緋桜が不満そうに筑紫を睨んでいる。筑紫より少し遅れてカグヤが煙草を昨夜飲んだ空き缶の中に落とした。
適当にある設備で簡単に身支度を済ませ、全員が戦闘態勢になるまでに太陽は昇ってしまっていた。
「作戦発表すんぞ。四手に別れて別々に中心に向かって移動、以上」
「大雑把過ぎんだろ、それ!」
「大体そんな感じで行くから。んじゃあ行こうぜ!」
各自武器を好きなだけ持って、アミダクジで場所を決めた。大陸の東からカグヤがケビンを連れて向かい、反対の西からは筑紫と、北から緋桜と小川さんが、南からは速水とボブがそれぞれ出て行くことになっている。シャトルで一番に出発点に着き、カグヤとケビンは上空から先に飛び降りた。いつものように緋桜が少し心配だが、小川さんがついているし一番守りが薄いからそんなに心配することもないだろう。
ケビンは実地が初めてらしく、シャトルに乗る前から顔を青くしていた。
「怖いなら本部にいるか?」
「怖くありません、子ども扱いしないでください」
「あ、そ」
緑が多いかと思ったが、こちら側は荒野のようになっていた。確か面積の半分以上が豊かな緑だったようだが、こちらの地域は例外だったようだ。吹き荒れる渇いた風に目を眇めながら、カグヤは両脇のホルスターに何となく手をやりながら歩いていく。見通しがいいのでそんなに警戒する必要がないので楽だ。ただ子供の足に歩調を合わせ、彼を保護するのはここでは少し振りかもしれない。
「紫部隊はいつもこんなに杜撰な計画を立てているんですか?」
「いつもって訳ではないけど……赤は違うのか?」
「僕の立てる作戦に間違いはありません」
いつも赤部隊はケビンが立案して、それに従う形式を取っているという話は真白から聞いている。だから彼はこんなにも頑ななのだろう。子供なのにその表情が笑わないので更に頑なに感じる。カグヤにとって子供はそれ相応の歳までは子供でいるべきものだ。だから彼を見るとひどく心が痛んだ。
何も出てこないのは早朝でまだ寝ているからだろうか、遠くに野営のテントが見える。ただ人が起きている気配は全くしなかった。まだ朝の気温の低い風が頬を撫で付けてくるが、暑くなるのを予感させる太陽は眩しかった。
「そんなに堂々と敵地を歩くなど、愚の骨頂ではないのですか」
「そういう考え方もあるけど、今は装備も何もないだろう。だったら実力で排除するしか方法はないと俺は思うよ」
「自信過剰です。そのうち死にますよ」
作戦こそ第一のような言い方をされ、カグヤは笑うしかなかった。確かにそうかもしれないが、作戦があろうとなかろうと死ぬときは死ぬ。結局最後に必要なのは生きる意志と運だけなのだ。筑紫の言っていた『作戦はノープラン』は紫部隊にとっては強ち冗談ではないどころか、しばしば使われる作戦だ。それは他隊に馴染まないのだろう。紫だからできる芸当なのかもしれない。
ケビンは気づいていないようだが、カグヤは動く気配を感じて目を眇めた。いつでも銃を抜ける体制で気配を探る。岩の陰に三つ、四つ。探れば探るほど嫌になるような気配を感じ取れた。思わず溜め息を吐き出してポーチから煙草を取り出し、口の端で引き出して火を点けた。風に舞う匂いか白煙か、ケビンが嫌そうに顔を歪めて見上げてきた。
「どうして大人は煙草を吸うんですか。迷惑です」
「その小言に対する謝罪は後でするとして、武術の心得は?」
「なんですか、それは。僕は頭脳派ですからね、ありません」
「そうか。じゃあ、伏せていてくれ!」
語尾を荒げてカグヤが銃を抜いたのと周りから強面の死刑囚が飛び出してきたのはほぼ同時だった。見んな同じ服を着ているから一目瞭然だ。各々武器を所有しているということは狙ってのことだろう。いつも通りの装備でデザートイーグルを二挺、両側に威嚇代わりに乱射した。
悲鳴を上げるケビンを蹴り飛ばして屈めさせ、右手の銃を一度ホルスターに納めて腰のポーチに手を突っ込み、手榴弾のピンを歯で引っこ抜いた。敵を殲滅するにはなかなか骨が折れそうだった。
西端でシャトルを降りた筑紫は、煙草を銜えて鬱蒼と茂る木々の間を一人で足早に通り過ぎた。生い茂る木々は身を隠すのには最適だが、相手がどこにいるかも隠してしまう。ただ何となく人のいなさそうなところを通りながら中心を目指した。三人が別れての作戦は日常だが今日は赤部隊が一緒で尚且つカグヤには子供が同伴している。何となく気が堰いて、足早に林を抜けた。別に地図が頭に入っている訳ではないが、人が増える方に向かえばおのずと中心に出るだろう。
「敵さん発見」
口笛を吹きたい気分で実際に軽く口笛を吹き、木立の向こうに見える三人程度の囚人に向かってするっと抜いた銃を向けた。ホルスターからサイレンサーと取り出して装着し、無造作に手首を返して銃口を向ける。大樹に身を隠して、そこから六発連射した。コルトガバメントは威力が弱いが、カグヤが改造して威力を強くしてあるし二発も打ち込めば即死してくれるだろう。
音もなく相手を銃一挺で相手にしつつ、先に進んでいく。進むに連れて人影が増えたが、誰に見つかることなく目に付いた敵を撃ち殺した。
「つか、中心は本部か」
ここが第二区なのだから使っているのはその本部に決まっているのだ。設備は揃っているし、監視カメラも場所によっては設置してある。土地勘があるおかげでカメラの死角をついて進むことができるだろうが、そこには人が置かれているのか。よくできた土地だ。
面白くなってきて、筑紫は鼻で笑ってから無線に口を寄せた。電波が読まれないようにまずは小川さんに送る。
「サク、聞えてるか?中心部にはカメラあるから、気ぃつけろよ」
「分かった。小川さんに任せるね」
緋桜から返事があったので、筑紫はそのまま誰にも通信せずに銃を構えたまま中心エリアに入った。必要な情報なら小川さんが伝えるだろうし、カグヤも速水も知らなくても気づくかそれなりに対処するだろう。そう軽く考えて、カメラのない場所を辿るようにして中央に向かう。カメラに撮られて敵に逃げられるより、囚人を殺して進んだほうがいいと思ったのだが、多分後で小川さんに文句を言われるだろう。経費の無駄遣いだとか人の命を無駄にするなだとか。
多少げんなりしながら、見えてきた本部を前に一度足を止める。持っている武器と残りの弾数を確認して、銃を控えようと少し思った刹那。
「いたぞ!一人だ、囲んでやっちまえ!」
「このタイミングかよ!?」
連絡を受けていたのか知らないが、この辺にいた奴等だろう十数人が一気に襲い掛かってきた。何故か知らないが全員が鉈を携帯している。本部に鉈がたくさん置いてあったのかなと無駄なことを考えながら、一度舌打ちを吐き出して銃口を向ける。
「弾ねぇって言ってんじゃねぇかよ!」
あーもう、クソっ。一人語ちて、銃の中に残っている弾を全て打ち切ったときには、飛び出してきた囚人が全てどこかしらから血を流して倒れていた。全く無駄弾を使ったとばかりにサイレンサーを外して適当に放り、景気づけに空砲を一発天に打ち上げた。
大きな破裂音がしても周りからなんの反応もないので、この辺りに生きている人間はいないのだろう。筑紫は最後の銃弾を装填した。
「俺、一番乗りじゃねぇ?」
こんな状況にも拘らず楽しくなって、筑紫は自分に地の利があったことに感謝しながら意気揚々と正面から本部に入った。中にも監視カメラがあるが、この状況で気にしても仕方ないだろう。目に付いたカメラにあっかんべーと舌を出しておちょくり、何の確証もなく上に向かう。馬鹿と煙は高い所が好きだとカグヤが言っていたことを思い出したからだ。余裕をこいてエレベータを使って最上階を目指す。
幸い落とされることもなく最上階に着いてしまった。途中で妨害が入るとばかり思っていたので、これはもしかしたら誰かがすでに蹴りをつけたのではないかとそんな気に駆られる。しかしそれは気のせいだったようで、開いたエレベータの向こう側には男がたった一人立っていただけだった。
「やぁ、宮守筑紫君」
「……お前、生きてたのか!」
「覚えていてくれたとは、ありがたいな」
その男は振り返って、銃を構えている筑紫を見てゆっくりと笑った。以前第三区で会ったその男は、自らをかつて関谷と名乗った。あの時生死は不明だったが、生きていないだろと本部では考えていた。それが生きていたのは別に不思議ではないが、筑紫は警戒しながら銃をホルスターにしまう。代わりにポーチから大振りのダガーを取り出す。両手で構えて、きつく関谷を見据えた。それでも尚、彼は余裕で笑っている。
「今日はお姫様はお留守番かい?」
「あぁ、凶悪な番犬つきでな」
「それは残念だ」
じりじりと距離を詰めながら、筑紫は慎重に男の姿を記憶した。以前はすぐに死んでしまう雑魚だと思っていたが、これは長い付き合いになりそうだと予感させる。
骨ばった顔は白く、飄々とした表情は前回から崩れることを知らない。中肉中背ではあるがスーツ姿がひどく似合う。歳は三十に差し掛かる頃だろうが、服の上からでもその下に筋肉の体があることが分かる。多分こいつは強いと、本能が告げている。
「そうだ。ダスティ・ルーンは見つけたかい?」
「………」
「その様子ではまだのようだね。早くしないと、世界が終わってしまうよ」
「その前にテメェが終わりだよ」
ダガーを逆手に構えて、男の腹部めがけて思い切り一閃させた。しかし間一髪避けられて逆に前のめりにバランスを崩す。無防備な腹に拳が叩き込まれる寸前に床を蹴って全店で飛び出し、苦し紛れに左手を一閃させて男の背を狙って斬りつける。しかし肉を切り裂く感触は得られなかった。背中合わせの場所に着地し、そのまま体を反転させる。男の背中に描かれたものに、一瞬だけ油断が生まれた。その隙に男が足を優雅に蹴り上げ、それを顔面にもろに食らってしまった。反動で後退しながらもどうにか踏みとどまって、姿勢を低くして衝撃を吸収し次の一撃に備える。
「お前、それ……」
「これかい?美しいだろう、いいものを見たね」
男の背中には一面にペチュニアの花が彫ってあり『FREEDOM AND PEACE』と大きくあった。こいつの記憶とあの地区での仕事が思い出される。何かが繋がって何かが欠けている。何と分かるわけではないけれどそう思った。
「だが残念、お開きだ。またの機会を待っているよ」
男はそう言って笑った。また逃がすものかとダガーを構えて再び床を蹴る。しかし筑紫のそれが届く前に、関谷はあの時と同じように空中に身を躍らせた。それと同時にどこに隠れていたのか知らないがどやどやと囚人たちが流れ込んでくる。ぶん投げられた鉈を避けてそちらに応戦する体制をとって、舌を打ち鳴らす。
「あーもう、ふざけんなよ!」
敵が逃げた。それを分かっていながら追うこともできないことがもどかしい。もどかしいけれど、自分の命の方が大切だ。ダガーを握りなおして、両手で近くにいる敵から急所を狙って斬り倒していく。首を狙って一閃し、心臓を目掛けて突く。苛々しながら、そんなことを繰り返した。
全身が血まみれになる頃になって、漸く動くものが自分以外になくなった。何箇所か斬られたが、掠った程度でこれなら五分もすれば塞がるだろう。流石に疲れて、血の中に座り込んだ。片手で煙草を引っ張り出して一服つけながら頭の中を整理する。しかしその前に何かの予感が去来し、考えはまとまりそうもなかった。
「あー、ヒリヒリするし」
こういうときに生きていると実感する。傷がすぐに塞がってしまう体はそれを感じる時間は極僅かだが、それを感じている間はしっかり生きているのだという実感があるから嫌いじゃあない。早くも納まってきた痛みに目を閉じて紫煙を吐き出す。臓腑に染み渡ったニコチンが頭をスッキリさせた。
長くなる灰を見つめていると、階段をバタバタと上がってくる音が聞こえた。敵か味方かそれを睨みつけて待っていると、姿を見せたのは速水とボブだった。銃を構えて入って来て、惨状にポカンと口を開ける。
「はぁ!?」
「遅かったな。俺が片付けときましたー」
「お前一人で?」
「おう」
筑紫は笑って立ち上がった。もう体はあまり痛まない。体を捻って煙草を血溜まりに捨てたとき、また人が入ってきた。今度はカグヤとケビンで、その表情は彼らとは違い緊張感も何もなかった。カグヤの後ろには緋桜もいる。どうやらこれで全員集合したようだ。結局一人で全部片したのかと筑紫は小さく「俺偉い」と呟いた。
「ほらな、やっぱり終わってた」
「はい、杭之瀬隊長の言うとおりです」
「ねぇ、血なまぐさいとこ早く帰ろうよ」
「お前らはがんばった俺に労わりの気持ちはないのか!!」
こっちがどれだけがんばったと思ってるんだと叫んだが、カグヤと緋桜は同時に筑紫を見てあまり興味の無さそうに声を揃えてお疲れ様、と言った。どんなに頑張っても不当に扱われることに離れているので、筑紫はそれ以上言うことはないと口を噤む。いつの間にかカグヤとケビンが仲良くなっていることが少し気になったが、別に興味はなかった。
「つかカグヤ、ボロボロじゃん。大変だった?」
「お前に比べれば大したことないだろ。それに、体力温存しとけと言ったのはお前だ」
肩を竦めて煙草を吸うカグヤはたぶん筑紫の中の疑問に気づいているのだろう。意味深に笑った。それは今することではないと筑紫は何も言わないで「今夜何食おうかな」、カグヤが腕によりをかける体力を残してくれたらしいので考えた。
残党を大隊に任せたが、関谷を見つけたという連絡は入らなかった。あの男はまた、生きて姿を消した。
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カグヤはみんなのお兄ちゃん