休日に不吉な電話で起こされてみたら、急な呼び出しだった。珍しくカグヤがゆっくりと寝ているときに限っての呼び出しだから、相手が幼馴染だという気安さも手伝って寝ぼけた調子で出たが話を聞いているうちに目が覚めた。話を全て聞き終わる頃にはしっかりと目が覚め、カグヤは煙草を銜えながら筑紫と緋桜を叩き起こすと時間的にはもう昼になるところだが簡単な朝食を作りj分も着替えた。
「休日に呼び出して悪かったね、紫部隊諸君」
軍服を身にまとって、普段ネクタイを着けたがらない筑紫にも強要してかっちりとした格好で特区内にある第一大病院へ向かった。真白からの要請は軍服をしっかりと着て病院へ来ることだった。病院の正面玄関で待っていた真白も正装していて、申し訳無さそうに苦笑しながら軽く頭を下げた。彼の隣には立派な身形の壮年の男性が立っていて、その雰囲気にただならぬものを感じてカグヤは姿勢を正し、両隣の仲間の背を叩いて姿勢を正させた。
その男性は深々と頭を下げ、自分は大倭の政治家の一人だと名乗った。その服装や所作からカグヤは相当な権力がある家だろうと当たりをつけ、ピッと敬礼した。
「大倭軍第一部隊隊長、杭之瀬覚哉です」
カグヤが挨拶すると、続いて筑紫と緋桜が敬礼して名乗った。隣にいる緋桜の顔が僅かに緊張したから、彼女がこの政治家を知っているのだろう。元々名家の出身の緋桜は財界から政界から顔見知りが多い。それが緋桜は好ましくないらしい。しかし彼は名乗った緋桜にも気づかないようだった。
「本日はお忙しい中お呼び出しに応じてくださりありがとうございます」
「では、早速参りましょう」
何の説明もなしに真白が病院内へと三人を促した。ここが病院だという理由で小川さんは外で待ちぼうけを喰らってもらい、待合室を通過して入院病棟へ向かっているようだった。案内する男性を先に行かせ一歩下がって歩く真白の更に後ろに三人は続いたが、カグヤが一歩近づいて真白の耳元に口を寄せて彼の名前を短く呼んだ。
「井出元軍部長」
「彼の息子さん、君たちの大ファンなんだって」
「俺たちはアイドルじゃあない」
「アイドルじゃあない。君たちはヒーローだ」
大倭軍は民衆の英雄であるべきである。それは正しいことなのだが、この状況ではカグヤにはその言葉は紫部隊がただの偶像に過ぎないように感じられた。後ろの会話を聞いていたのだろう、男性が振り返ってふにゃりと妙に親近感の湧く笑顔を浮かべる。
「息子が貴方方の大ファンでして、ずっと会いたいと言っていたのです。……ここです」
男性が止まったのは小児科の病室の一つだった。本来ならば子供が騒いでいて良いような場所だが、ここはビップ待遇らしく個室だった。隣で筑紫が「ガキの癖にいい生活だな」と呟いたのを思わず足をふんずけてカグヤが止めようとしたが遅かった。筑紫の言葉はどうにか男性の耳には届かなかったようだが真白の耳にはしっかりと入り、腕でガードできたもののカグヤが肘鉄を喰らった。
男性は病室に声を掛けると白いその扉を開けた。男性に促されて入れば、少年が白い部屋にぽつんと置かれたベッドに横になっていた。部屋の中にあった色は、彼の髪の色くらいだっただろうか。カグヤたちが入って異質なものだと感じられた。少年は体を起こし、パッと顔を閃かせる。
「紫部隊の方々ですか!?」
「こら、いきなり失礼だろう」
「ご、ごめんなさい。僕、高林剛です」
ぺこりと頭を下げた少年は幼かった。歳は十程度だろうが、細い腕や青い肌からは更に幼く見える。名乗ったのは少年だが、考えるにこの少年の父親は結構な権力を持っていてしかも真白が頭を下げる必要のある人間だと認識しているのだろうからこの少年にも礼を尽くすべきだと結論付けてカグヤは敬礼して名乗った。それに倣って二人も腕を持ち上げる。
「僕、将来は軍人になりたいんです。色持ち志望なんです!」
「それじゃあ頑張って元気にならないといけないですね」
「はい!でも僕も元気になれます。皆様が僕の心臓を運んでくれるんでしょう?」
「……心臓?」
耳に引っかかる単語に、少年に笑いかけていたカグヤの眉間に皺が寄った。それを目の前で見て興奮していた少年がやや不審そうな表情を浮かべる。しかし疑問が浮かび上がる前に真白が「今回の任務だけれど」と手を合せて妙に明るい声で告げた。始めの話では、ちょっと正装して病院へついて行って面会するだけという話だったのにやっぱり仕事だったのかと後ろから筑紫が苦々しく口の端を歪めるが、真白は完全に無視した。
「剛君は生まれつき心臓が弱くてね、入退院を繰り返している。このままでは二十まで生きられない」
「ですが、嬉しいことにやっとドナーが見つかったんです!」
声が甲高く裏返った父親は、ひどく嬉しそうな顔をしていた。十年待って現れた提供者がそれほど嬉しいのだろう。大きな病気になったことがない筑紫には分からなかったが、もしも弟妹がそんな状態で生まれていたらと考えたらカグヤにはその気持ちは痛いほどよく分かった。
そのドナーは第二区島群の旧マレーシアにいるらしく、しかしやっと落ち着いたところの第二区は危ないのとその地にはドナー反対の団体が幅を利かせていて、その臓器を取りに行くことすら困難が生じているらしい。そこで確実なのは、最強を誇る大倭群紫部隊が護衛につくこと。そこまでして子供が可愛いのはカグヤには痛いほど分かったから、立ち上がってぴっと敬礼した。
「喜んでお受けいたします」
「本当ですか!?」
「はい。絶対に、無事にお持ちします。ご安心ください」
「ありがとうございます!」
今にも泣き出さんばかりに父親は息子を抱きしめた。その光景を見てカグヤは拳を握って絶対にこの少年を助けてやりたいと思った。
これからすぐ出発になるだろうと時計の針がまだ三時前を指していることを確認し、再び少年の顔を見た。力を求めるのはそれなりの理由が要る。将来の権力を約束された少年が軍人になりたいなどよっぽどの理由が必要だから、それが体が弱いことに起因しているのだろう。だったらそれを助けてあげたいと純粋に、目の前の少年に対して思った。
「杭之瀬隊長、ちょっと」
「はい」
小声で袖を引かれ、カグヤは視線を落として踵を返した。不思議そうな顔をする仲間に対して口の動きだけで後を頼むように言い、真白と共に病室の外に出る。出てから、漸くカグヤは肩の力を抜いて軽く笑った。真白も緊張していたのかふにゃりと笑って肩を竦めた。
「あの方、高林様は次期宮内長の第一候補なんだよね」
「すごい人だな」
「そう。取り入っておくに越したことはないでしょう」
大倭の政治は全て神の御心のままとされているが、その実動かしているのは宮内長の判断である。戦後の落ち着かない現状では軍部の発言力は大分強くあるが、真白が欲しているのはその上の力だ。そして間もなく戦後の混乱は収まり実権は宮内に集約されるだろう。そうなる事を見越して真白は動いている。
にこりと笑った真白の笑みは純粋で、カグヤもつられて笑った。カグヤは真白のために戦おうと決めた。
「かなりしんどいことになると思う。……ごめん」
「謝るな。俺はただの兵隊で、お前は司令官だ。俺は駒でお前が頭だぞ」
「うん、そうだ……そうだね。命令するよ、杭之瀬隊長」
「はっ」
急に冷たくなった真白の声にカグヤも姿勢を正して敬礼した。幼馴染の馴れ合いではなく、仮令目的がそうだとしても命令し命令される形であるべきである。それがどんな感情を殺しての出来事だったとしても。
真っ直ぐに感情を殺した目で見下ろしてくるカグヤを見て、真白もいつもの微笑の仮面を貼り付けて命令した。
「第二区島群、旧マレーシア島へ行き心臓を連れてきてくれ」
この言い方にカグヤは僅かに疑問が頭をもたげたがこれは命令だと割り切ってこれ以上文句を言わず、腕を下ろして踵を返し仲間たちを連れるために病室の扉に手を掛けた。中では緋桜も筑紫も仲良くなったようでベッドに座っていろいろと話をしているようだった。三人揃って笑っている。それになんだか和み、カグヤは二人を連れて礼をしてから病室を後にした。
それからすぐに出発した。マレーシア島まで三時間のシャトルの中で緋桜と筑紫から病室で何を話していたのか聞いた。子供ながらに自分が将来強い力を手に入れることを知っていたらしい。そしてその分大倭軍の力も信用しているし責任感もある。だから紫が心臓の護衛をするのなら安心だと笑ったそうだ。
「でも、手術の成功率は百じゃあないんだって」
「でも俺たちががんばるからあいつも頑張るって言ってたぜ」
「筑紫、あいつって言い方はないだろう」
耳を立てていた小川さんが何かを言いたげに真っ白な尻尾を揺らしたが、結局何も言わずに持ち上がった尾は再び垂れ下がった。それに気づいたのはカグヤだけで、緋桜も筑紫も気づかなかったようでしきりに少年のことを話している。それを聞きながらカグヤはふと昼間疑問に思ったことを口にした。それは本来ならば初めに感じて良い違和感だったが子供に会ってしまい飛んでいってしまった。それが間違いだったと今気付いても、遅い。
「なぁ、どうしてただの臓器を渡すことに反対する人間がいるんだ?」
「は?」
「人に心臓をやるなんて嫌だろうと思う。でも何らかの理由で死んだ子供の心臓を死にそうな子供に提供することをそんなに拒むか?」
「死んじゃっても心臓抜かれるのは、やっぱり嫌なんだよ」
「だからって反対勢力になって島一丸で反対するかぁ?」
「うーん……私に訊かれてもわかんないよ」
「ま、俺らは心臓持ってくるだけ」
軽く筑紫が笑った。島に着く頃には日も暮れているため、特区に戻るのは翌朝になる。そのまますぐに手術になるる予定なので紫の仕事は病院までの護衛だ。疑問は未だに頭の中にある。けれどそれを無理矢理押し込めて、カグヤは口を噤んだ。しかし再び浮かんだ疑問が思わず口をついた。あの時真白はなんと言った。持って来いではなく、連れて来いといわなかっただろうか。
「連れて来いって、どういうことだ?」
しかしその疑問が言葉で氷解することはなく、後ろでしりとりを始めてしまった二人に混じる気にもならずにカグヤはポケットから煙草を取り出して口に銜えた。しかし火を点ける前に疑問が頭の中を渦巻き、なかなかライターを擦れなかった。
カグヤが一本吸い終わる頃にシャトルが着陸を告げた。微細な振動が起こって後ろで続いていたしりとりが止む。外を見れば日が落ちようとしていた。それが何だか胸騒ぎを起こしカグヤの胸が掻き乱れる。どうしてこんなときに、幼い弟妹の顔が浮かんでくるのだろう。しかしその理由はすぐに知れることになった。シャトルを降りて案内されたのは、建物の一室だった。
「こちらが心臓です」
その部屋にいたのは案内の役人と、十歳程度の少年だった。一瞬カグヤだけでなく筑紫も緋桜もそれを指しているのか分からずに室内を見回すが、中にある生物はどう見てもその少年だけだった。つまり、そういうことだ。
「心臓って、生きてるじゃあないか!」
「はい。こちらが心臓提供のイブンです」
まだ生きている臓器を紹介されて、三人共言葉を失った。まさか持って帰るものが生きた人間だと思っていなかった。シャトルの中で抱いた疑問は瓦解したが、それ以上に問題が発生した。どうしますかとこちらに指示を仰ぐ役人に彼を部屋に行って休ませるように言い、カグヤは煙草がほしいと、素直に思った。
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紫はみんなのヒーロー☆