爆発音が一度鳴った。職業柄、爆発に巻き込まれることも多く瓦礫の下敷きになりかけたことも何度もある。今回は降ってくるものは所詮ビスケットやらチョコやらだから普通に巻き込まれるよりもダメージは少ないだろう。そう判断しながらも身体を固くして衝撃に耐えた。
 バラバラと背中を打った衝撃にしばらく呻き声だけを上げて耐えていたら、すぐにそれもなくなった。比較的軽く上にのしかかってくるものを払いのけて軽くビスケットのカスにむせた。顔にある傷に付着した欠片を痛みを堪えて叩き落としながら筑紫は身体をもたげた。下では身体を固くして丸まった緋桜が恐る恐る目を開けたところだった。


「お前すげぇ格好。これでも着とけ」

「ありがと」


 軍服は穴だらけというよりももう布片に担ってしまっているような状態で、下のシャツも素肌の多くが露出してようをなさない。さすがにそれは可哀想だから筑紫が自分の軍服を脱いで渡した。彼女と対照的にこっちは顔面を狙われたように穴が開いている。
 筑紫は緋桜から視線を逸らせてカグヤの姿を探した。むくりと近くのお菓子の山が盛り上がり、ぼろぼろのカグヤが顔を覗かせる。下に庇った子供たちはいずれも気を失っていたけれど呼吸をしっかりしているようで僅かに胸が上下している。カグヤもそれを確認して表情を安堵に歪めた。


「カグヤ、無事か?」

「あぁ。そっちサクは?」

「大丈夫ー。筑紫が服くれた」


 お互いに無事かどうかの確認をして、筑紫は初めにお菓子の山と化したそこから転がり降りた。やっと草が踏める、とそのままごろりと寝転がって太陽を浴びる。このまま寝たくなった。
 緋桜も大きな軍服をまとって転がり出てきて、カグヤは子供たちを連れ出そうとしているのかなかなか出てこない。一段落したから一服しようとポケットに手を突っ込んで煙草を探し、軍服のうちポケットだったことを思い出して緋桜の方に手を伸ばしたけれど、思ったところに彼女はいなかった。


「……サク?」

「筑紫の軍服大きい」

「サク、ポケットから煙草……はぁ!?」


 届かないから煙草をとってもらおうとごろりと腹ばいになって緋桜の膝を枕にでもしようかと思ったら、緋桜はいなかった。代わりに彼女と同じ鼈甲色の髪をした五歳前後の少女が筑紫の大きな軍服を被ってぺたんと座っていた。大きな目もその顔にある面影も緋桜のそれだった。思わず起き上がって手を伸ばしたら、その伸ばした自分の手に悲鳴を上げたくなった。


「ちょぉ俺!?」

「筑紫が……ちっちゃい」

「お前サク?本物?」

「うん」


 目の前の可愛い子はこくんと首を縦にふった。そうか、これが緋桜なのか。小さい頃はこんなに可愛かったのか、今も結構可愛いけど。筑紫はそう思いながら自分の手をじっくりと見つめた。すでに体中についた傷は癒えているのか痛みも違和感もまったくないけれど手は完全に縮んでいる。緋桜がこれなら筑紫も五歳程度に戻っているのかもしれない。年齢差があるけれど年齢は同じくらいなのか。そう言えば、カグヤは?


「カグヤ、お前は……」

「うわっ」


 自分たちがそうならばカグヤだって、と振り返ると、お菓子の山からカグヤが転がり落ちてくるところだった。足でも踏み外したのかと思ったけれど、その後ろにはっきりと気を失っていたはずの子供たちが口元を歪めていたのが見える。どう見ても奴らに押されたようだ。
 カグヤが緑の地面に転がりおり、一回転して止まった。そのときにはもう体は縮んで五歳程度の年齢になっている。一体何がどうなっているんだと山に視線を向けるけれど、そのときには少しのノイズを残して菓子の山は消えていた。その場に残った子供五人が、各々鈍く光る剣を持っているのが見えるが気のせいだろうか。否、絶対に気のせいなんかじゃない。ただ気のせいだと思いたいだけで。


「そうだ!小川さんは!?」

「君たち、縮んだら可愛いね。特に若王子さん。あと杭ノ瀬隊長可愛くない」

「ちょっと空気読もうぜ!?」


 子供姿になってしまった三人に対して小川さんは全く姿が変わっていなかった。ただ少し眉根を寄せて三人の姿を見てひとしきり感想を述べる。けれど、五人の子供に剣を持って対峙しているときに言われたい言葉じゃあない。
 カグヤはぽかんと自分の身体を見ていたけれど、敵の気配にハッと顔を険しくして立ち上がった。身体だけ縮んだので服がものすごく余っているのでこれではまともに戦えないし、武器ももてない。完全に不利どころかゲームオーバーだと思った瞬間、身体が一斉に光った。


「きゃあ!何これ!?」

「さぁな」

「……配慮ってやつじゃん?」


 光は一瞬で消えてしまった。消えたらさっきまで絡んでいた軍服ではなくサイズの丁度いい服に着替えさせられている。まるで戦隊ヒーローだとか魔法少女だとかの着替えシーンのようだ。筑紫とカグヤはそれぞれ先ほどと同じようなデザインの服でただ軍服が小さくなったようなイメージだけれど、なぜだか緋桜だけが戦う気のない格好だった。


「いや、サクも可愛いけどな」

「可愛いけどさぁ……」

「私に文句言わないでよ!」


 白いレースのたっぷりついた桃色のワンピースに柔らかそうなケープ。長い髪は今と同じにふわふわとウェーブしてそれを二つに結い上げている。ヘッドカバーはワンピースと同じにレースがたくさんついている。靴も桃色で少しだけ底が高くなっている。完全に、戦う気はない。一体どこに出かける気だと突っ込もうかとすら思った。


「小川さん、サクのことよろしく」

「今は真白ちゃんだろ。サクは応援よろしくな」


 戦力外でチアリーダー決定の緋桜を少し後ろに追いやるようにして立って、カグヤと筑紫は同時に腰ポーチから小ぶりのナイフを取り出して構えた。この格好では煙草を吸ってもしょうがないのでそれは元に戻ったときの楽しみに取っておいて、まずはこのステージをクリアだ。
 ジリッと距離をつめ始めた子供たちは五人。対してこちらは餓鬼の姿で二人。圧倒的に不利だ。


「どうする、カグヤ?」

「別に。いつもどおり」

「了解。それにしても手ぇ込んでんな」

「全く。……散るぞ」


 体勢を低くして駆け出したのはカグヤも筑紫も同時だった。重そうに剣を提げてゆっくりとした足取りをしていた子供の視線から消えるように左右に別れ、背後に回る。この身体ではいつものように動けないし力もたかが知れている。そもそも子供に剣はもてないだろうと思わなかったのは敵の落ち度だ。
 後ろに回りきれずに子供たちの塊の真横あたりで気づかれ、剣が頭上を一閃した。慌ててその場に転がって、ついでとばかりに筑紫が手を出す。ナイフはかすった程度だけれど一人の少年の皮膚をしっかりと破いた。転がって身体を起こして、子供の悲鳴に全員の気がそっちに向いている隙にカグヤが一人のアキレス腱を綺麗に斬った。それが少し意外だったけれど、筑紫も遠慮せずに皮膚を切られて蹲った子供にタックルをかます。


「筑紫!」

「わーってるよ!」


 殺すな、とカグヤは叫んだ。どうせここでは人の命なんてゲーム感覚で、恐らく死んだところで簡単に生き返る。もともとこの少年たちも作られたプログラミングのはずだ。ゲームと一緒。けれどカグヤは殺すなと言った。全く甘い。甘くて、反吐が出る。けれどそんなカグヤが、筑紫は嫌いじゃあない。
 子供を一人倒して、その上で目をぶっ刺してやった。悲鳴がして、その子供の身体がサラサラと砂のようになる。もう一人のアキレス腱を狙っていたカグヤが筑紫の名を呼んだけれど無視して、ノイズに混じるようにして消え去る前に筑紫は残った二人の剣先を軽く受けてながら彼らの手首を斬った。悲鳴を上げる彼らの手から剣が落ち、重そうな音を立てる。彼らの手首から滴ったはずの血は、地面に落ちる前にノイズになって消える。


「筑紫!お前!」

「油断してんじゃねぇぞ!」


 剣を拾おうと屈んだ少年の真横で飛び跳ねて、筑紫はその頚動脈を断ち切った。ぶしゅっと吹き出した血は筑紫を濡らしたけれど、彼が倒れた瞬間にはノイズとなって消える。やっぱり、ゲームと一緒なんだ。残った一人は剣を拾い上げてしまったけれど、手首が痛いのか構えられないでいた。痛みに脂汗を浮かせた顔ににこっと笑ってやって、筑紫は彼の懐に簡単に入り込むと身体を反転させて顎下から脳に向かってナイフを押し込んだ。これで、ゲームセットだ。


「はい、おしまい。俺、天才」

「まだ終わってないよー」


 自分の分が片付いたしカグヤは二人処理しているからこれで終わり、と筑紫が振り向くけれど緋桜の可愛らしい声は少し不満そうなもの。なんでだ、と見ればカグヤが倒した子供たちが蹲ってすすり泣いていた。その前で血まみれになりつつも切ない顔で見下ろしている五歳児がいる。ものすごくいやな光景だ。トラウマになりそうだけれど、自分はもっとひどいことをしたんだと筑紫は皮肉気な笑みを口の端に乗せた。


「たぶん、その子達を倒すとクリアなんじゃないかな」

「やっぱ真白ちゃんもそう思う?俺もそう思う。だからカグヤ、とどめ」

「…………」

「……しょうがねぇな。どけよ、そこ」


 ただただ悲しげな表情で彼らを見下ろしているカグヤを見て、筑紫は小さく溜息をついただけでナイフを手の中で遊ばせるとカグヤを突き飛ばすような形でその場所を分捕った。柄が悪くしゃがみこんで、一人の少年の前髪を掴んで顔を向かせる。カグヤは子供に弱い。自分の弟妹に重ねていることを知っているから、こういうことはしてやろうと思う。そうじゃあなければ、辛すぎる。


「バイバイ?」


 ニカッと笑って、筑紫はその少年の喉笛を描き切った。もう一人も同様に喉をナイフで抉って消す。二人とも同様に砂ともノイズともつかない粒子になって消えてしまった。それとほぼ同時に再び身体がぴかっと光って、数秒後には元の身体に戻っていた。手を握って開いて確認して、緋桜の姿も確認してちゃんと軍服姿に戻っていることに安心した。改めて煙草を取り出して、火を点ける。
 紫煙を吐き出しながらライターをポケットに仕舞っていると、パリッと小さな音がした。どこからともなく声がする。


「やってくれたな、大倭軍!」


 姿はないけれど声が聞こえる。これが例の相手かと筑紫はカグヤに煙草の火を移しながら目を眇めた。煙草をくっつけて火を移し、顔を離す。指に挟んで空を見上げ紫煙を吐き出す。バーチャルだ何だと言っている割に煙草は旨いし紫煙も自然に流れている。本当にここがゲームの中のような状況だとは思えなかった。


「だがこれからはそうはいかん。覚悟しておけ」

「一応クリアできるレベルなんだよな。クソゲーとかじゃなく」

「お前らにクリアできるかは知らんがな」


 紫煙を吐き出しながら問いかけると、声はしっかり返ってきた。少し皮肉気な揶揄を含んだ声に筑紫は少し安心して「クソゲーなら直にテメェを殴ってやるよ」と高らかに宣言してやった。
 それっきり声は聞こえず、森の中だった場所は荒野へと塗り替えられるように変わっていった。どこに行くとも知れない道を小川さんが先導してくれるので、それについて歩いていく。どこに行こうとも、結局は一本道のはずなのに。


「にしても、さっきのサク可愛かったなぁ」

「今だって可愛いもん」

「そうだサク、さっきお菓子食ってただろ。もうすぐ夕食だからあんまり食うなよ」

「……カグヤは煩いなぁ」


 緋桜が心底嫌そうに顔を歪めた。そんなおかんみたいなことを言われても今更困ると緋桜も筑紫も思うけれど、きっと彼の頭の中は今米のことでいっぱいなのだろう。停電からどれくらい時間がたったか分からないけれど相当焦っている。それなのに子供を殺せないところがカグヤの弱さであり優しさだ。
 一本煙草を吸い終わって、筑紫は吸殻を吐き捨てた。軍靴で火を踏み消す。そうして見回した景色があまりにも代わり映えがしなくて正直嫌になった。そもそも電子世界ならばどこまででも世界は構築可能で、つまり終わりは見つからない。果てのない世界を旅する人はこんな気分なのか、という気になってくる。


「景色変わんねぇなぁ」

「そうだねー」

「なんか気味悪くね?」

「チキン」

「お前!それ今日何度目だよ!?」


 隣の緋桜とそんな会話を交わしながら、筑紫は二本目の煙草に火を吐けた。前を歩いているカグヤと小川さんは今夜の夕食について話している。なんだか商店街の雰囲気すらしてくるのに背景は荒野。しかも木々は枯れ果て地面はカラカラに乾燥して風が吹くたびに砂が舞い上がる。干からびた骨がいたるところにあり、しかもしれが動物ではなく人間のしゃれこうべというあたりが救えない。一体あいつらはどういうつもりでこの世界を構築したのかあの声の主にぜひ聞いてみたくなった。


「喉渇いたね」

「こんだけカラカラじゃな」

「でも水辺なんてないし……」

「サボテンもねぇし」

「カグヤ!喉渇いた!」

「え?何もないぞ?」


 前に声をかけてもやはり何もないと言う答えが返ってきて、まぁそうだろうなと予想していたので素直に受け入れた。でも喉は渇くので視線は常に水分を探す。水の音でもしないかな、と思って耳を済ませて歩いていても、靴が地面を擦る音しか聞こえない。そもそも人間の力じゃあ無理だ、とそうそうに諦めて筑紫は舌を打ち鳴らした。


「小川さん!水音とか聞こえねぇの!?」

「聞こえるけど」

「真白ちゃん人が悪いよ!もっと早く言ってくれればいいのに!」

「サク、真白ちゃんは人が悪いんじゃあなくて悪い人なんだぜ、きっと」

「君たち、僕はちゃんと聞こえてるんだよ?」


 水音が聞こえる、と小川さんが言ったものだから二人して喜び勇んで歩調を上げた。思わず口からポロリと本音が漏れたけれど、きっとそれは聞こえないふりをしてくれるはずだ。
 小川さんに場所を聞けば50メートルほど先だと言われて、二人で我先にと駆けて行った。もちろん筑紫の方が早いけれどここは少し気を使って緋桜にペースをあわせる。それでも五十メートルなんてあっという間で、十秒前後で傾斜の緩い坂道を登り下って、小さな川が流れているのが見えた。そこで筑紫が速度を上げる。


「川だー!」


 浅いからとそのまま筑紫は突っ込んだ。続いて緋桜が走ってくるけれど負けるわけがなくまず川の真ん中あたりまで筑紫が駆け込んだ。水を手で掬って喉を潤し、それから岸に近づいて緋桜に水をぶっ掛けようと川に手を突っ込んだら、深さなんて三センチ程度しかない場所なのにいきなり穴が開いて手首を何かに捕まれた。油断していたこともあり、グッと捕まれた手を簡単に引っ張り込まれる。反射的に筑紫の手は伸ばされていた緋桜の手を掴んだ。


「サク!」


 沈んでいく中で、筑紫は緋桜がまず引っ張り込まれるのを見た。それからその緋桜を引き上げようとしてカグヤまでが落ちてくる。こういうのを一蓮托生っていうんだよな、と思ったけれど、とたんに引かれていた力がなくなって浮力の方が強くなり緋桜に蹴られた。
 必死に上を目指して上がっていくけれど上はどんどん遠くなる。沈んでいるというよりは水が高くなっていくようなイメージで、全然上れそうもなかった。それでなくても軍服が水を吸って重い。とにかく上だと、がむしゃらに上を目指していると、緋桜に袖を引かれた。彼女が下を指すので視線を向けると、河童の大群が下から湧き出してくるところだった。



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小さいサクは天使みたいなんだぞ!