部活終了後、さっさと帰ろうと思ったが何故かチームになった五人で飯でも食おうということになり、聖は了承した覚えはないが何故かファーストフード店にいた。どこの記憶をどう探っても自分は行くと言った記憶はない。しかし目の前にはバーガーのセットが1人分。顔を上げれば、四人のついさっきチームメイトになったばかりの同じ制服を着た男子。
 どう考えてもおかしいのだが、聖は諦めてコーヒーを啜った。


「とりあえず自己紹介だな。俺、A組の前原寿季」


 心底どうでも良いと思って聖はポテトに手を伸ばす。今日の夕飯はこれで良いかな、そう言えばさっき夕食を外でとろうというメールが入っていた気がした。ポケットから携帯を出して確認すると、確かにメールが入っている。夕食と一緒にとれない旨を返信して携帯を閉じると、前原寿季と名乗った少年がじーっとこっちを見ていた。反射的に聖が笑みを浮かべて小首を傾げる。


「な、何か?」

「本当に男?メッチャ可愛いんだけど!」


 幼い頃から反射的に微笑む術を叩き込まれてきた聖にとってこの反応は条件反射だった。真面目な顔で性別を尋ねられ、聖は内心またかと溜め息を吐き出した。小柄で色が白く、加えて母親似の聖は他人からの第一声はだいたい「可愛い」か「奇麗」のどちらかだ。制服を着てても疑われるのかと呆れながら、聖は不機嫌に目を眇めた。


「制服着ててわかんねぇ?」

「あー、まごうことなき男だね。えっと、角倉くん」

「……聖」

「ひじりって可愛い名前だね」

 苗字で呼ばれるのが好きじゃない。だから名乗ると、寿季はぱっと顔を輝かせて自分のバーガーにかぶりついた。本人に悪意はないのだろうが、なんだろう、ちょっとムカつく。
 不機嫌なままポテトに手を伸ばしながら、ふと聖は他人に対して感想を持った自分にビックリした。ずっと他人は他人であって感想を持つ事すらしていなかったのに、仮令それが悪感情でも他人に興味を示していることは確かだ。


「時計回りに自己紹介しよ。聖の次はえっと、九条院だっけ?」

「九条院龍巳だ」


 さっきのが自己紹介になっていたらしく、聖は面倒が少なくてよかったと思いながらバーガーの包みを開いた。食べようとすると、なぜか正面に座っている少年と目が合ってとっても食べ辛い。確か浜崎葵だっただろうか、見つめられている。見つめられることになれている聖が行動を躊躇うほどに見つめている。


「龍巳って呼んで良い?何組?」

「C」

「聖と仲良さ気だよね?」

「そうか?」

「そうそう。そう言えば聖って何組?」


 さっきから話脱線しまくりじゃんとか思いながら聖は固まっていた視線を無理矢理引き剥がして寿季に向けた。「C」と呟いてバーガーをかじれば、何故か周りからじーっと見られた。どうしてファーストフードごときでこんなに見られなきゃいけないんだか分からないけれど、こんなに注目されるのなら今度彼女の誰かと食べに来てみても良いかもしれない。そんなどうでも良いことを考えていると、寿季がぽろりと零した。


「聖が食ってる姿ってなんかドキドキすんだけど」

「それ問題あるぞ」


 冷めた声でそう言って、黙っていた晃が「北畠晃、E組だ」と名乗った。それからまた黙々と食べている。
 だいぶ協調性のカケラもないチームになりそうだなと聖は思って、さっさとバーガーを完食する。食べてしまってからもうちょっと食べたかったかもしれないと聖は思ったが、追加するのも面倒なのでやめた。代わりに携帯で何か食べたいと打って送った。


「えっと、浜崎君だっけ?」

「D組の浜崎葵です。趣味は盗聴」

「え、盗聴?」


 聞いたらいけないことを聞いた気がして、寿季が聞き返した。葵は頷き、もくもくとポテトを食べている。協調性どころかチームとして成り立つのかと聖は一瞬不安になった。無口な長身2名と頑張る1人、やる気がない自分と不思議っ子。これでどうやったらチームが出来るのか。別に海人先輩たちを目標にしている訳じゃないけど、と口の中で呟いて聖はコーヒーに手を伸ばした。
 葵の発言で会話がなくなってしまったので、寿季が懸命に話題を探している。その必死さが伝わってくるのに誰も助けてやろうとしない所にチームが不成立な事実が現れている。


「そう言えばさ、みんなイイトコの子だからファーストフードとか珍しいっしょ!?」

「別に」


 折角探した話題なのに、晃がばっさり言い切った。目に見えてしゅんとした寿季に苦笑して、聖はポテトに手を伸ばした。それを見てまた寿季が「可愛い」とか言っている。その言葉は聞きなれているし、男に言われたくはない。聖が溜め息混じりに頬杖をついて手首の時計に視線を落とした。約束は10時だけれどもう7時近いので、時間を潰せるだろうか。


「聖、その時計もしかしてどっかのブランド?」

「プラダだけど」

「はぁ!?それガキの持つもん!?」

「買ってくれたから」


 高給取りの彼女が、という前に寿季は羨ましそうに聖の時計を見つめている。居心地が悪くて、聖は微かに身じろいで手首を隠した。
 聖が持つものは、大抵が貰いものだ。みんな聖に自分好みの物を与えたがるし、聖は物に執着しないのでもらえる物は貰って助かっている。しかし代わりに聖の好みというよりも彼女たちの好みになってしまうので、女性物も増えてしまう。いましている時計がいい例だ。


「いいなぁ、金持ち」

「前原だって金持ちだろう?」

「良いって寿季で。家はじいちゃんが国宝なだけ、北畠とかとは違うの」


 角倉ともね、と寿季が笑うので、訂正しようかと思っていた聖は面倒になってやめた。どう誤解されても自分の持ち物には変わりないのだから。
 何故か自分が彼らと線を一つ挟んだ位置に立っている気がして、聖は微かに目を細めて彼らを見回した。相変わらず目の前に座っている葵はこっちを見つめているが、もう気にならない。自分は、この中に入ることが出来るのだろうか。


「そういえばさ、マネージャーだっけ?あの子。可愛いよな」

「でも部長の妹なんだろ?」

「聖、仲良さそうだったよな」


 話を振られて、聖は戸惑った。線を踏み越える気はなかった。けれどこの空気に当てられて線を守っている気も失せてきている。今まで自分は、どういう風に友達と会話していたのか思い出せなくて、間を埋めるようにポテトを銜えて時間を稼いだ。
 言葉を探すためにわざとゆっくりと嚥下して、軽く微笑む。


「クラス一緒だし、女の子だから」

「うわ、その笑顔反則モンだろ」

「女の子だからって何だ?」

「女の扱い得意」


 言いながらコーヒーをすすると、なくなってしまった。間が持たないと思いながらしょうがないからポテトを意味がなく指でいじめてみる。
 聖の笑顔に感動していたのかじーっと見ていた寿季は、聖の言葉にだいぶ時間を置いて驚いて聖の顔をマジマジ見てきた。正直に殴りたいなと思ったので、聖は素直に彼の顔面を何気なく叩いた。


「聖って手ぇ早い?」

「男に見られんの嫌い」


 男は手が早いからと呟いた聖を寿季はマジマジと見つめてしまった。何だよとでも言いたげな聖の視線に、ばっと立ち上がって頭を下げる。


「抱かしてください」

「死ね」


 吐き出して聖はポテトをまた苛めだした。やっぱり追加したいなとか思っているとみんな手持ち無沙汰になってしまったらしくドリンクの氷を意味もなくザクザクしたりしている。それに気付いた寿季が立ち上がって「なんか食べたいものある?」とか聞いてきた。暇だったので遠慮なくみんなポテトやらドリンクやらを頼む。ボーっとメニューを見ている聖に寿季が問いかけた。


「聖は?」

「んー、えびの奴」

「単品でいいの?」

「セットで」

「……その細い体のどこに入んのさ」


 聖の注文に呆れながらもみんなの注文を取り終えて、寿季が席を離れた。それを何気なく見やりながら、龍巳がポツリと呟いた。その言葉に聖だけがピクリと反応して微かに顔を上げる。


「本当のお前はどこだ」

「……さぁね?」


 龍巳の質問におどけては見せたものの、その答えは聖自身にも分からなかった。今まで先輩たちに接していた自分はだいぶ素でいたと思う。けれど彼らは友人ではなく先輩で、やはりどこか気兼ねしている。いつも泊めてくれる女性達だって、自分にとっては都合のいい保護者で金蔓だから彼女たちの求める自分を演じているのだろう。可愛らしいけれど、そのギャップが好きだとか、わがままを言ってほしいだとか。その要求には従順に答えているつもりだ。けれど、友達は違う。角倉に引き取られてからそれまでの友達に会っていないし、友達なんて作る気も起きなかった。そして徐々に欠落していった、自身の一部。全てが殻に包まれて、『本当の自分』を見失った。
 尋ねられるまでもなく、自分が一番知りたかった。自分の本心が、どこにあるのか。


「角倉聖」


 自嘲めいた笑みを浮かべて無意識にポケットに手を突っ込むと、正面に座っていた葵が抑揚のない声で呟いた。紡がれた自分の名が妙に耳に残って、聖はまじまじと彼を見つめてしまう。いままで無表情だった彼は、微かに笑みを浮かべた。


「恐れることはない。全ては成功に帰結する」

「……どういう意味だ?」


 意味深な言葉にほんの少し警戒を混ぜた瞳で問い返すが、彼から帰ってきたのは微笑だけだった。
 隣から龍巳が「神官の血か」と呟くが、聖としてはそんなものがあってたまるかと思う。けれど、気になる言葉。まるで自分の心を見透かしたような単語に心を引かれる。今まで自分の本心を見透かされたことなどないから、尚更。そこまで考えて、聖はやっとこれが自分の本心だったことに気付いた。自分は、何かを恐れていた。


「あれ何?何この微妙な空気?」


 運悪く戻ってきた寿季が首を傾げながら座り、たくさん乗ったトレーをテーブルの中心においた。各々自分が注文したものに手を伸ばしながら、聖はちらりと正面に座る葵に視線を移した。その視線に気付いて葵は微笑む。その笑みが内心までも透かしているようで、聖は奥歯を噛み締めるとえびのバーガーに噛みついた。


「ところでさ、聖ってレギュラーの先輩たちと仲いいよな。っつーかバスケ上手い」

「仲いいんじゃなくて俺が丁度いい玩具なんだろ?特に護先輩とか」

「なぁんか可愛い弟って感じだよな。聖って弟?」

「一応」


 答えると、ポケットの中の携帯が振動した。流れてきた音はメールではなく電話なので、聖は少し慌て気味に指についた油を舐め取って着信を確認せずにその場で電話に出た。音からして家からの電話ではなさそうだ。


「もしもし?」


 言いながら場所を移動しようかと思ったが寿季がそれを阻むように椅子を移動させたので出るに出られず、諦めて聖はその場で足を組んでドリンクを引き寄せた。周りを気にしないようにしてもものすごく見られているのが分かって居心地が悪い。
 電話の向こうから聞こえてきたのは、今日泊まる約束をした女性だった。


『もしもし、聖?仕事早く終わったんだけど、どうする?』

「行っていい?だったら今から行く」

『今帰り道だから迎えに行くわよ。夕食はどうする?一緒に食べる?』

「モモカさん食べてないの?じゃあ一緒に食べる」


 聖の電話に聞き耳を立てていた寿季は、聖の頼んだセットを指差して「まだ食うの!?」と小声で叫んだ。だいぶ器用な奴だなと聖は目を眇めるが、作られた声は変わらずに甘えているような音だ。聖は「駅で待ってる」と言って電話を切り、何でもないことのように残っているバーガーに手を伸ばした。その光景に本当に寿季が声を荒げる。


「まだ食うのお前!?帰って飯食うんだろ!」

「食うけど?でも帰るんじゃないし」

「今の電話彼女!?」

「……ひも?」


 聖はさっさとバーガーを食べ終わるとにこりと笑んで寿季の叫び声に似た質問に答えた。食べ終わって満足とばかりに荷物を持って立ち上がる。


「じゃーな」


 自分でも素直になったなと思いながら、聖はチームメイトたちに向かって軽く手を振った。頭の端に残っている葵の言葉も気になるけれど、何とかなる気がしてきてしまった。今までだってどうにかなったのだから、今回もどうにかなるだろう。彼らに、出会ったときのように。
 相変わらずいい性格してるような、と聖は自身の性格に苦笑して、駅に向かった。





-続-

聖さんに可愛気が出たかと思ったらただムカつくだけでした。