テスト期間二週間先輩の家を点々として、ついでに仲間の家を点々とした。みんなしてテスト勉強しているから大人しくしていたけれど、直治先輩の家に泊まった時はしっかり遊ばれた。短い期間で終わったテストは中間だからすぐに授業が続けられ、なんとも気の抜けたものだ。
 十月も終わりに近づいた日の放課後に返されたテストの結果は、聖の予想通りのものだった。


「聖、結果どうだった?」

「ばっちり」


 SHRが終わって結果が良くも悪くもこれから部活という時間に教室は、それはもう阿鼻叫喚だった。結果が良かったと喜び大騒ぎする者もいれば、悪かったと大騒ぎする者もいる。結局は大騒ぎだ。その大騒ぎの中、聖は結果に騒ぐこともなく薄っぺらい紙を半分に折った。荷物を持ってきた舞依の問いそれをひらひらと泳がせてにやりと笑った。


「お前は?」

「……聞かないで」


 普通は担当教諭でテストは変わるが、中等部は一括して同じテストを行う。学年内の順位が出てしまう上それは堂々と掲示される。休み明けの確認テストでは本人にのみ結果が返ってくるが、中間・期末は職員室前に上位五十人の名前が張り出されている。
 バタバタと廊下を走ってくる音が聞こえ、茜が真っ直ぐに聖に向かってきて嬉しそうに笑った。


「聖、一位おめでとう!」

「サンキュ。つか堰き切ってきてそれ?」

「おめでとうって言いたかったから。これから部活でしょ?部活頑張ってね」


 茜はそれを言うとすぐに「私も部活だから」と教室を出て行ってしまった。本当に聖に祝いを述べに来ただけのようで、教室にいたクラスメイトの、特に龍巳と舞依の視線が痛かった。
 痛さに溜まらず立ち上がって荷物を掴むと、また教室に突っ込んできた人影があった。制服を着てはいるが見たことはない。少なくとも記憶に残っておらず自分関係ではないと一人で完結し、聖は龍巳に「部活」と促した。


「角倉聖はおられるか!」


 見たこともない少年は浪々とした声を張り上げ、教室内を見回した。名指しされた聖は何だか面倒な空気を読み取って知らないふりをしようと何事もなかった顔をして、彼が前のドアから入って来たので後ろのドアから出ようとしたが、親切のつもりか光る君が余計な一言をのたまった。


「聖、お客さんだよ」

「どこへ行かれる!」


 クラスメイトはどう対処していいか分からなかったからだろうが俯いていてくれたのに、光る君のおかげで全員が聖を見た。その中心を見て少年が声を荒げる。見つかったというよりもばれたような感じがして聖が肩を竦ませると、その横を通って龍巳は「先に行くぞ」と裏切った。
 無視して追いかけようとした聖は、後ろからガッツリ肩を掴まれてたたらを踏む。


「正々堂々と勝負しろ!」

「何の?」


 ずいっと、少年は薄っぺらい紙を聖の顔につきつけた。透ける升目にそれがテストの結果だというのは分かったが、どうして勝負になるのか全く分からなかった。結果なら職員室前の掲示を見ればいいのに。聖の内心が伝わった訳ではないだろうが、彼はバンッと紙を近くの机に叩き付けた。


「貴様は期末で俺の後ろだった!」

「……だから?」

「今回も俺の勝ちに違いないと思ったのだ!」


 思わず目を落すと、彼の指の間から見えた順位は約分したら一になる数字が示されていた。もう下ねぇじゃんという突っ込みはしていいものだろうか。近くで見ていた光る君がおろおろと聖と少年を交互に見ているが、止めるとか囃すとか何もしない。


「俺の結果見せればいいわけ?」


 なんかもう面倒くさいし部活に行きたかったから、聖はさっさとさっき畳んだ結果用紙を机の上にひらりと出した。記された見間違うことのできないような数字に目を見開き、彼は結果と聖を交互に見た。何度か見て、聖をまるで妖精でも見るような顔で見た。


「次こそは負けないからな、角倉聖!」


 覚えてろと負け犬の遠吠えをきゃんきゃん喚き、彼は教室を走り去って行った。一体彼が誰なのかも分からず仕舞いで、今の数分間が幻なんじゃないかとすら思えてくるがクラス中がそんな幻を見ていたらたまったものじゃない。
 テストの結果を適当に丸めてポケットに突っ込んで、聖は短く息を吐き出した。


「何だ、今の」

「B組の芽室周輔。頭はあのとおり最悪ですが、水泳のジュニア優勝者です」

「もっと早く言えよ」


 聖の後ろに黙って控えていた優一の言葉に、思わず突っ込んだ。けれど彼は「訊かれませんでしたから」としれっと言う。別に優一を奴隷だとか使用人だとか思っていないので文句を言わず、久しぶりの部活に浮かれて体育館に向かった。










 部活が始まる前から嬉しそうにボールを追いかけている聖を見て、そろそろ部活が始まるからと部室から出てきた四人は同時に固まった。なんだ、あの聖の嬉しそうな顔は。
 長い髪を高い位置で結い上げて、ポニーテールが聖が走る方向にあせて右へ左へと揺れている。ゴールの遥か手前で足を止め、聖はそこから綺麗なフォームでシュートを打った。リングに触れずにボールが四人の前を通過していく。


「聖ノリノリじゃん」

「よっぽど部活楽しいんだな」


 最近テストでストレス溜まってたもんなと四人で同意していると、聖がまたボールを拾ってコート内を縦横無尽に走り回ってシュートを打った。今度はボードに当てて、跳ね返ってきたところを取って再びシュートに持ち込んでいる。不意に振り返ったときに浮かんでいた何ともいえない笑顔に、四人揃って思わず顔を逸らしてしまった。


「ふん。首席で大層うれしいようだな、あのお坊ちゃんは」

「まぁたお前かよ」


 ぞろぞろとチームメイトを引き連れてやってきた向井敦に寿季が一番に呆れた声を出した。春先は聖に突っかかってきたが、最近はてんでご無沙汰だった。なのにどうしていきなりやってくるのだろうか。思ったがすぐに合点する。敦は中間テストで聖に大差をつけられて二位だった。確か前回の期末で一位は敦だったのだ。レギュラーどころか一位まで取られてそうとう頭にきているのだろう。聖ったら罪な奴だなと寿季は内心でからかって笑う。


「お前さぁ、マジで聖のこと敵視すんのやめれば?」

「というか、どうして聖のこと敵視できるのかな。格が違うよ、人としての」

「自意識過剰」

「くだらねぇ」


 四人が四人とも言葉こそ違うがそれぞれ敦のプライドを刺激したようだった。龍巳なんて完全に無関係を気取っているが、その行動すら敦の癇に障るのだろう。カッと目を剥いてズビシとコートで楽しそうにボールを追っている聖を指差した。


「決闘を申し込む!」

「断る」

「断るな!」


 関係ない振りを気取っていたのに龍巳が眇めた眼で敦の言葉をばっさりと斬り捨てた。決して本気で睨んでいるわけではないのはチームメイトに分かっても他人には分からないらしい。特にことごとくライバル視してくる敦は間髪入れずにそれを否定した。
 一人で熱くなっていて周りが全く見えていないのだろう。きっとコートで聖が海人先輩にボールを奪われて剥きになっているのも見えていないに違いない。


「面白いことしてんじゃん、一年坊」

「ぶ、部長!?」

「別に面白くないです。むしろ迷惑なんで如何にかしてもらえますか」


 声を掛けてきた部長に驚いたのは、敦だけだった。龍巳は呆れた声で訴えるが、彼は楽しそうに一年九人を順番に眺めやり笑った。後ろにいる直治に何がしかを確認し、次いできょろきょろと体育館を見回して結局一つ頷いて指を立てた。


「邪魔者は実力で蹴散らせ。試合していいぞ」

「面倒なんですけど」

「いいからいいから。このコート使っていいぞ、っつーか集合!」


 善は急げみたいな性格をしている部長に一年生はレギュラーといえど逆らうことはできない。二年レギュラーは楽しそうにニヤニヤしているから頼りにならない。
 しぶしぶ整列していると聖がボールを一つ抱えて戻ってきた。本当にきょとんとした顔で「何してんの」とか訊くから、何も言わずに寿季は肩を抱いて整列させた。突き刺さる視線から何かを感じたのだろう、聖はボールを後ろに放り投げて軽く腕を回す。


「試合すんの?」

「すんの」

「好きなだけ暴れて良いって。よかったね」


 葵の言葉に聖はぱっと、本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。ワクワクしているのは雰囲気から伝わってきたのだが、どうもその目付きは凶悪でしょうがない。なんだって本物の極道さんよりも凶悪な顔をしちゃうのこの子、と晃は少し不審に思った。
 試合開始のホイッスルが鳴った瞬間に聖は駆け出した。しかしゴール下に移動するのではなく、晃が叩き落としたボールを素早く引き付けてそのままゴール下へ駆け出すのかと思ったらその場で二度ほど焦らすようにドリブルする。龍巳が何かを察してゴール下に駆け出した。


「どうした角倉!怖気づいたか!?」


 皮肉たっぷりにボールを奪いに安易に近づいた敦ににたりを笑みを向けて、聖はすっと腕を上げた。そして、センターラインのその場でボールを放る。目を見開いた敦がボールを追って体ごと視線の向きを変えると、ボールは綺麗な孤を描いてゴールに吸い込まれていった。しかし少し距離が足りなかったのかゴール手前で急に失速して落下する。敦はその場で嘲笑した。


「できないことを格好つけるからだ!」

「何が?」


 ザンッとボールがネットを通る音がした。続いてトーンとボールが床を軽快に叩く。落下したボールを龍巳が拾い再びシュートしたのだ。敦はただ呆然とするしかなかった。その間の抜けた顔に聖は舌を出して笑う。


「そんな……馬鹿な……」

「バスケってのはチームプレイなんだぜ?」

「そう思うならもっと分かりやすいプレイをしろ、馬鹿」


 敦が動けなくなってしまったことでゲーム自体が動かなくなってしまい、ボールが運動を与えてくれる主を持たずに転がっている。
 戻ってきた龍巳は後ろから聖の背を蹴り、しかし口元に薄い笑みを浮かべた。後ろからの攻撃に文句を言おうと聖の口が薄く開いたが、しかし龍巳の表情を見たら唇は結ばれた。笑みの形に口の端は引き上げられ、無言で右手を振り上げる。こつんと握りこぶしをぶつけ合って、転がっているボールに小走りで向かった。


「まだゲーム終わってねぇぞ!」


 放心したチームが休み明けのストレス発散を兼ねた聖たちに勝てるわけもなく、ゼロゲームも点差が百ついた辺りで直治が止めた。不満そうな聖の顔を無視して、漸く部活を開始した。










 部活が終わってから、肌寒くなったというのにコンビニに寄ってアイスを買った。外で食べているのが見つかってもまた文句を言われるので、五人揃って葵の家にお邪魔した。葵の部屋でアイスを食べながら特に意味のない話をしていたが、不意に寿季が思い出したように話題を振ってきた。


「来月って職業体験あんじゃん。みんなマジで実家の手伝いすんの?」


 中等部では職業体験と称した実家の事業見学がある。どうせみんな家業を継ぐのだから早くから経験するのはいいことだという方針は分かるが、子供にとってはそれは至極迷惑な場合がある。それが一週間も続くのだから嫌な奴は嫌でしょうがないのだろう。忘れようとしていた聖は、心底癒そうな顔をして食べ終わったアイスの棒を噛んだ。


「うわ、聖すっげー嫌そうな顔」

「だって嫌だし」

「俺のほうが嫌だよ!」

「寿季の家ってお祖父さんが確か前原一乗だっけ」

「そうそう。昔っから手伝いやらされたけど、俺絶対ぇ継がねぇし!」


 寿季の祖父は陶芸を生業としている。人間国宝にまで指定された大物だが、寿季自身はそれが嫌でしょうがないらしい。確かにじいちゃん国宝ですなんて言われたら逆らえないかもしれない。けれど聖だってそれは似たようなもので、けれど家を継がせてくれる訳もないからやっぱり一週間遊んでいていいのだろうか。


「誰か俺と替わってくれよ!」

「それは嫌だろう、普通に」

「晃、はっきりいうな!つか聖、お前遊びに来いよ。じいちゃん超聖のこと気に入ったみたいだし!」

「は?俺?」


 いきなり自分の名が挙がってビックリしたが、聖は少し考えた。ただ、面白く無さそうなので即座に首を振る。それよりも自分の一週間の身の振り方のほうが大事だ。どうせなら一週間あーちゃんの店でシェイカー振っていた方がどれほど幸せだっただろう。もうそんな我儘を言う気はないが、少しだけ頭を過ぎる。


「龍巳はアレ?家業手伝いって極道さん?」

「手伝いも何も、今だって多少やってるだろ」


 龍巳が何でもないことのようにいうと、晃も葵も同意していた。それを見ながら、聖はふと去年のこの時期を思い出した。この時期には美月がいろんな稽古やら幹部との顔合わせやらで大変だった。やっぱり自分もやらされるのかという憂鬱と、それでもやはり自分はそんなことをさせられないのではないかという安堵が綯い交ぜになった妙な気分になる。


「葵、泊めて」

「いいよ。一緒に寝よ」


 考えるのも帰るのも億劫になって葵に言うと二つ返事で返ってきた。それをずるいと言い出した寿季もまた「泊まる」と言い出し結局五人で葵の部屋に転がった。家の使用人は申し訳無さそうに別の部屋をと勧めてくれたけれど、五人でいるのが心地いいのだと誰もが思っていた。





−続−

やぁっと変わってきた…感じ?