職業体験の週が終わればマラソン大会が控えていた。適当に頑張って適当に手を抜いたら先輩たちに文句を言われたけれど、本気で頑張ったら先輩たちに勝てる気がしたので精一杯の後輩の配慮だと思う。
十二月に入ってすぐに期末考査が終わると、あとは補習期間をやりすごして冬休みに突入した。充実していたと言うか日々が忙しかったというか特筆することがなかったというか、兎に角気がついたらクリスマスになっていた。初めはバスケ部でクリスマスと言っていたのに一人家の事情でキャンセルしいつの間にか立ち消えてしまった。みんな家の事情で忙しいのは仕様がないけれど、それはどこか淋しさを募らせる。
だから聖は、いつもの待ち合わせ場所に来た。小学校の頃、待ち合わせはずっと新宿の駅前だった。
「いたいた、聖!メリクリ!」
「遅ぇじゃん。お、リリちゃん久しぶり」
「聖、彼女さんは?連れてくるんじゃないの?」
「なんか家の事情で駄目だって、ふられた」
だから今日は昔のメンバーで、と聖が言うと楽しみにしていたの健二とタクは文句を言ったが聖は完全に無視してたった一人の女子に笑いかけた。やっぱり文句を言わないほうが可愛い。小学校の頃はいつもこのメンバーで遊んでいた。中学生になって何人かは都合がつかなくなったり引っ越したりして会えないが、それでも昔の仲間は楽しい。
「とりあえずカラオケ行こ、カラオケ」
「なぁ、しょーちゃんとかは?」
「しょーちゃんは彼女と二人っきりでデート。今頃きっとヤリヤリだろうなぁ」
「タク、リリちゃん一応女の子なんだからそういうこと言うなよ」
「相変わらず聖、リリに優しいじゃん。リリは俺たちみんなのものだからな」
別にリリに優しいわけじゃないといおうと思ったが、どうせみんな了解していることなので聖は何も言わずに笑った。昔から聖は女には優しい。だからといって男に優しくない訳じゃあないが、女には優しくするものだといわれて育ったから無意識にそうやって接しているのだろう。
駅から程近い裏道に行きつけのカラオケ店がある。ここなら酒も内緒で呑めるし、顔なじみなのでいろいろと匿ってもらえる。聖はまだ数度しか利用した事はないが、健二達は聖がいなくなっても頻繁に使っていたそうだ。受付を済ませて広めの部屋に四人で入る。すぐに若いチンピラみたいな兄ちゃんが飲み物を運んできたので、それを貰ってやっと落ち着いて顔を見合わせた。
「メリークリスマス!乾杯!」
健二の音頭で乾杯をして、コップの半分まで開ける。別にアルコールじゃないから構わないが、飲み物を入れてからやっと空腹だということに気づいた。さっさとマイク争いを始めたのは健二とタクで、カラオケにきてもあまり唄うことに興味を示せない聖は何か食べようかとメニューを開いた。やっぱりここはパーティメニューだろう。
「聖、久しぶりだね」
「そだな、健二達とは結構遊んでるけど」
「みんなあたしのこと女だからって仲間はずれにするんだから」
「別に女だからって訳じゃあないと思うけど」
幼馴染のリリが体を寄せてきた。甘えるようなその仕草は年下の幼馴染に似ているけれど、どこか女を感じさせるそれに僅かに聖は目を眇める。いつの間にか体は女のそれになっている。それは分かるけれど、興奮なんてしない。けれど彼女の瞳の中に確かな熱があるのは気のせいじゃあないだろう。
「じゃあ聖、今度二人で遊ぼう?」
「二人で?」
「うん、二人で」
マイク争いをしていた二人が結局デュエットして一曲歌いきった。なんだかんだ言って仲がいいのだ。まだマイクを渡す気がないのか次の曲が始まったので、聖は二人に「これ食いたい」とだけ言って勝手に注文した。電話をおいてから、擦り寄ってくるリリに眉を寄せる。密着した体が熱いのは、多分グラスの中がアルコールなのだ。聖だけは烏龍茶にしたが、今一緒にアルコールも追加した。何でもありだからこそ、中学生の分際でこういうことができるのだろう。
「あたし、聖のこと大好きなのね。だから彼女がいるって聞いたときすっごいショックだったんだぁ」
「……あぁ?」
「でもさ、彼女とまだ寝てないでしょ?お嬢様は固いもんね?」
「リリ、お前……」
「あたしはすぐにでも聖に抱かれたいって思うの」
中学生になって、こんな誘い文句を。けれど聖は自分たちが腐敗しきっていることは知っている。遊戯と称して性行為を重ねているのは友人たちだけに留まらない。善悪の区別だとか不純異性交遊だとかと言われたって、好奇心を前にした子供には理性のタガなど簡単に外れる。リリと健二達だってもう既に何度もここでそういうことを重ねていることを聖は知っている。
だから、拒む必要なんてない。これはただの遊びだから。誘われたままに幼馴染を押し倒すと、マイクを握っていた健二とタクも寄ってきた。いつまで経っても料理が運ばれてこないことを頭の片隅で気にしながら、四人でまだ早い快楽に耽った。罪悪感なんて、何一つなかった。
三人で寄ってたかって一人の女を犯した。先に飽きた聖が久しぶりの快感の余韻に浸りながら離れて煙草を口に運んでいると、重なり合って倒れた三人が順にむくりと躯を起こした。いつの間にか部屋には淫靡な空気が満ち、誰も歌おうとすらしない。ただ料理はいつの間にか届いていた。
汗を軽く拭いながら健二が始めに聖の隣に座って、煙草を強請った。ケースごと渡して紫煙を目で追っていると、隣から笑い声が聞える。決して馬鹿にしたものではないそれは喉の辺りでごろついている。
「やっぱ聖が一番あっさりしてんね」
「お前ら、いつもこんなことしてんのかよ?」
「まーね、オトコノコだしさ。でも今日はリリから誘ったんだぜ?」
「誘われたの俺じゃん」
「リリは俺たちみんなのだろ、もちろん聖もだけど。つか俺聖のテクにびびった」
「俺はお前らと違って年上のお姉さん仕込なんだよ」
別に聖の場合は興味があったからではないのだが、最終的に似たようなものだ。短くなった煙草を消してまた淫靡な遊戯に浸り始めた友人をみやりながらくたっとしたポテトに手を伸ばす。ケッチャップを情け程度につけて口元で一度止めた。ずっとリリが、こっちを見ている。
「昔から聖って、俺たちよりもちょっと大人だよな。そういうとこ、ムカつく」
「何……」
「俺一回、男抱いてみたかったんだよね」
「俺かよ」
「言ったじゃん。リリと一緒で聖も俺たちの物だって」
近づいてきた健二の唇が軽く触れた。男に、しかも幼馴染に犯されるなんて冗談じゃない。反射的ではないけれど聖は健二の胸倉を掴んで、逆にそのまま押し倒した。先ほどまでリリと戯れていたおかげで健二は何も着ていない。聖は脱ぐこともないと思ってジーパンの戒めが解けているくらいだ。それを利用して、半分力任せに健二をソファに押し付けた。下から面白そうな笑い声が、喉を擽るように聞こえる。
「だと思った。俺、聖になら抱かれてもいいっつーか、抱かれたい」
「下手な誘い方してんじゃねぇよ」
そしてまた、今度は対等だと思っていた幼馴染を聖は抱いた。ただ対等だと思っていたからこそそこにいけたのかも知れない。ただどうしても後味が悪くなって、日が昇り解散したら家に帰らず、真っ直ぐに龍巳の家に向かった。
九条院の東京別宅はそれなりに広い。本家は栃木にあるらしくそれに比べたら狭いといっているが、東京でこれだけの広さがあれば十分だと思う。その別宅の龍巳の部屋で、聖は朝方押しかけてさっきまで龍巳が寝ていた布団で熟睡した。クリスマスも関係なかった家のようで、浮かれた雰囲気などは一切ないが、龍巳の枕元には虎の置物がラッピングして鎮座していた。
昼近くになって目を覚ました聖は、久しぶりにゆっくり寝て寝覚めがスッキリだった。体を起こしてへやの中を窺えば、縁側に龍巳の背が見える。
「龍巳」
「やっと目ぇ覚ましやがったか」
「おはよ」
「もう昼だ、馬鹿」
「固いこと気にすんなよ」
カラッと笑って聖は龍巳の横に座った。九条院の庭は誰が世話をしているのかいつ見ても綺麗だ。日本家屋らしく小さいながらも池がある。龍巳が何をしていたのか知らないけれど、同じ方向に顔を向けてみた。それでも分からなかったので黙って空を見上げてみる。空は青かった。
「龍巳、お友達は目ぇ覚ましたの?」
「あぁ。そんなに気にしなくてもこいつは転がしとけばそれでいいんだ」
「またそんな言い方して」
スタスタと部屋に入って来てハキハキと言ったのは九条院の頭で龍巳の兄である九条院砂虎の妻だった。龍巳にとっては義姉になる高子と聖も数度面識があるが、それほど親しい訳ではない。だから高子も、今やっと聖をまじまじと見て言葉を失っていた。そんな反応はいつものことなので聖は気にせず龍巳に借りた着流しの首許を直した。
「突然押し掛けてすいません」
「い、いいのよ。いつでもいらっしゃい」
「ありがとうございます」
「お昼は?食べるなら準備させるわ」
「頂きます」
「厚かましい」
聖が笑うと、隣で龍巳が低い声で呟いた。しかしそれは無視。高子も無視なのか聞えなかったのかは分からないが何も言わずに部屋に準備させるわ、と言って踵を返した。高子が行ってしまってから、龍巳が部屋の中に戻って布団を畳み始める。流石にさっきまで自分が寝ていたのをやらせるのも悪いので聖が代わると申し出ると、当たり前だと押し付けられた。
「本当に何をしに来たんだ、おまえ」
「別に。意味はねぇけど。用ねぇと来ちゃいけねーのか?」
「せめて事前に連絡しろ」
「事前にカラオケでオールしてたけどな。龍巳はクリスマスとかなんかしねぇの?」
「うちは仏教徒だ」
「その割にはお前の枕元、何アレ」
「兄貴の忘れ物だ。あとで誠に付き返させる」
「自分でやれよ」
「俺はあの男と関わりたくねぇ」
自分の兄にひでぇな、と聖は笑った。別に自分と比較する訳じゃあないけれど龍巳は恵まれていると思う。それでもそれに気づかずにのうのうと自分の希望を口にする。それがとても羨ましいと思う。ただ本当に妬ましいとか羨ましいとかは二の次で、隣にいるのが当たり前のような気がするようになったことを確かめたくてここに来たのだと思う。
「冬休み終わったらまたすぐ春休みだな」
「あぁ、そうだな。でもどうせ部活だろ」
「俺、結構クラス好きだったんだけどなぁ」
「まだ大分あるだろうが」
もう終わりのような言い方をした聖をたしなめたが、龍巳には何故聖がそんな言い方をしたのか分からなかった。クラスが変わっても友達は友達のままだと思う。少なくとも今まではそうだったし部活も。しかしそこまで考えて思い当たる節が一つあった。中等部に上がってすぐのことだから特別な気がしていたが、学年は小等部からの持ち上がりだ。そしてクラスが変われば、またあの時と同じ好奇の不躾な視線に晒される。それは龍巳ですら例外ではない。
まだ時間があるというのはきっと自分自身をも騙す言葉なのかもしれない。聖がそのことに気づいたかどうかを確かめるために顔を見れば、彼はひどく穏やかな表情で笑っていた。きっと聖は、何があっても全てを受け入れるのだろうと今ならはっきりと分かる。そして、今までは受け入れて全てを諦めてきたのだろうということが手に取るようにわかった。
−続−
砂虎さんは自分用に龍のオブジェを買ってます