私立竜田学園の生徒会制度は、すこし変わっていると思う。生徒会長は任命制で前役員によって選ばれるが、その他の役員つまり副会長、書記、会計、近衛2名は新会長自ら選出する。それは派閥の塊となる場合があるかもしれないと心配されるが、それは前生徒会の腕の見せ所。それが起こらないような会長を任命するのだ。ちなみに、生徒会が独裁を敷くなど生徒の生活を著しく圧迫して学生生活を妨げる場合、生徒の署名を持って罷免できる。
 そもそも、近衛制度だって他の学校にないだろう。生徒会の護衛役である近衛。俺は最近になって漸く、自分の面子選びを失敗したんじゃないかと思ってきた。まぁ、任期もあと数ヶ月の今いったところでもう遅いが。


「響さん、いかがしまして?」

「お前等の事を考えてたんだよ、小悪魔共」


 可愛らしく小首を傾げてソファで優雅に足を組んで紅茶を啜っている近衛たちに視線を送ると、彼女は面白そうにほんの少しアーモンド形の大きな目を見開いて隣で腰を抱くようにして座っているもう一人の近衛に笑顔を向けた。


「真沙、小悪魔ですって。可愛らしくなくて?」

「可愛い命にはなんでも似合うよ。では小悪魔さん、今夜一緒に寝ませんか?」

「よろこんで」

「……お前等、まだ一緒に寝てんのか」


 2年の不知火命と不知火真沙。俺のいとこに当たり、不知火物産の跡取り姉弟。2卵生双生児の双子は、今日も仲がいい。というか良すぎ。
 昔から1つ下のこいつらの面倒を見ていた俺は、いつもいつもいらない迷惑をかけるこいつらをどうして生徒会メンバーに入れたんだ。どうした、あの時の俺。でもちゃんと理由はある。こいつらは何をするか分からないから、どうせ俺が見ていようといまいと面倒をかけられるのなら、目の届く範囲で行動して欲しかったのだ。一応、優秀だし。
 目下俺の悩みは珍しくこいつらのことではなく、新生徒会任命の事だったりする。そろそろ新会長の選出に取り掛かりたいところだが、残念な事に適任が見当たらない。


「静、悪いけどもう一度資料持ってきてくれ」

「はい、響さんも少し休憩なさったらどうですか?」


 俺が呼んだ副会長は苦笑を浮かべながら俺のデスクに湯飲みを置いて、資料を取りに行く。副会長の小田静は優秀な奴だ。俺はいい奴を選んだと思う。俺は仕事中だけしている眼鏡を外し、疲れてほんの少しかすむ目を揉んだ。目薬が欲しいなと思いながら熱い湯飲みに手を伸ばし、少し冷まして飲むと頭がすこしハッキリした。そこに戻ってきた静が目薬と一緒に資料のファイルを持ってきてくれた。


「よく分かったな、ありがとう」

「あなたの事で分からない事はないですよ」


 静の苦笑を見ながら湯飲みを置いて、目薬を差す。目に沁みる。相当疲れてるんだなと思って俺が休憩もモードに入ると、静も座って別のファイルをめくりながらお茶を啜っていた。今この空間で仕事をしていないのは、不知火姉弟だけだ。こいつら、本当にどうにかしたい。


「響さん、美智さんと比呂さんはいらっしゃいませんの?」

「あぁ、2人とも部活」


 会計の宮内美智と書記の比呂長光は共に部活だ。美智の姿が見れないのは残念だけれど仕方ない。彼女は新体操部のエースだ。俺がそう答えると、命はつまらなそうに紅茶を啜り、真沙はそんな命に悲しそうに眉を寄せていた。だからさ、お前はどれだけシスコンだったら気が済むんだ。
 部屋が沈黙に満ちて心地よく、俺はお茶を飲みながら資料を捲った。さすが静は付き合いが長いので俺の好みを熟知していてお茶が美味い。ふと視線を感じて顔を上げると静が無言で睨んでくるので、ファイルを閉じて背後の大きな窓を仰いだ。青い空が目に沁みる。これでいいんだろ、これで。静が言いたいのは少し仕事を休んで休憩しろってことだもんな。
 その時ノックもなしに扉が開いた。俺たち全員の無遠慮な視線に晒されて、人外の美貌がほんの少し驚いたように目を見開く。


「聖先生、どうかなさいまして?」

「いや、会長選出どうかと思って」


 言いながら生徒会の顧問でもある聖先生は煙草を吸いながら背後に小柄な少年を携えて入ってきた。ちょっと、校内禁煙ですけど。ってか感知器なります。静が立ち上がって聖先生に灰皿を差し出すが、彼は手だけで断って真っ直ぐに俺の座っているデスクに向かって歩いてきた。


「だいぶ煮詰まってるみてぇじゃん?」

「そう思うんでしたら何かアドバイスでも持ってきたんですか?」


 聞き返すと、聖先生はニンマリと笑った。彼は顧問であると同時に大先輩であり、第107代生徒会長。今までだっていろいろと結局は助けてもらっているので今回もそのつもりで言うと、聖先生は微かに隣の少年を見るように顎を動かした。いつの間にか俺の隣に立った静が耳打ちしてくれる。


「1年D組の神代夏芽君です。お家は一般クラスにしかるべきですが、後見が角倉ということでD組に」

「いい夫婦関係だな、お前等」


 俺もそんな副会長選べばよかったと聖先生は笑った。でも角倉生徒会の会長副会長のコンビは生きた伝説と化している。その見目といい能力といい、俺たちが敵うわけがない。
 聖先生はすぐに真面目な顔になると、携帯灰皿で煙草を揉み消して、神代君を伴って俺のデスクの前に対で設置してあるソファに座った。さっきまでそこに座っていた静が慌てて出しっぱなしの資料とお茶を片付けると、黙って座っていた姉弟がカップを持って立ち上がる。


「先生、紅茶でいいですか?緑茶もありますけど」

「コーヒー」


 さっきの煙草、甘くってと舌を出した聖先生に苦笑して、静はインスタントコーヒーを淹れて、ついでに灰皿をセットにして聖先生の前に出す。神代君の前に紅茶を出して、俺の緑茶を移動させた。
 真面目な話があるときは、いつもこう。何となく雰囲気で分かってしまうから静が茶を淹れて、俺はその後に先生の前に座った。その隣に静、いつもなら俺の逆隣に美智が座り、静の隣に長光が座る。そして近衛は原則ソファの後ろに立っているのだが、こいつらは生徒会長及び副会長の各デスクでお茶を楽しんでいるから質が悪い。今日もそのようで、さっさとデスクに座っている。


「何のお話でしょうか」

「新生徒会長の選出はどこまで絞られてる」


 疑問系ではなく尋ねられて、俺は一瞬言葉に詰まった。まさか、まだ全然とは言い辛いので「やや」と言って誤魔化す。でもこの先生にはその手は通用しないのだ。俺の目を見て数度頷くと、軽く笑んでコーヒーをブラックのまま口に運んだ。一息ついて、ゆっくりと足を組む。その緩慢な動作にどうも緊張感を高められているように感じた。聖先生は「内緒だぞ」と薄く笑んだ。


「神代夏芽の後見が俺だってのは知ってるな?」


 俺は静と顔を見合わせてからが頷くと、聖先生は口の端の笑みを深くして隣の神代君を見た。彼は何か言いたそうに聖先生を見て、しかし何も言えずに俯いてしまう。  聖先生は角倉の人間だけど、実家と滅多に連絡を取っていない。彼は『角倉の人間』というよりも『角倉聖』という1人の人間だ。まるで実体を掴めない陽炎のような、そんな男だと彼と接した1年でそう感じた。


「何故、一般クラスのレベルのナツがD組にいるのか」


 竜田学園の中等部は家柄の良い生徒しかいない。しかし高等部はそれらのクラスと入試で入ってきた一般家庭の、言い換えれば庶民のクラスが増える。それがGからNまでの8クラスがそれに当たり、一般クラスと呼ばれる。入試を突破してきたから成績優秀で、いずれにしろ将来的には国の中枢で実力を発揮できるような人間だ。
 聖先生はゆっくりとコーヒーを口に運ぶと、俺の目を真っ直ぐ見て笑った。まるで、大人が子供に物語を読み聞かせるように。


「宮小路財閥って、知ってるか?」


 聞いたことがあるような気がしたが具体的には分からずに半ば無意識に隣の静に視線を移すと、彼はそっと俺の耳元に口を寄せ「角倉と張るくらいの大財閥でしたが、10年ほど前に一族を根絶やしにされています」と教えてくれた。そう言えばそんなことを聞いたことがあった気がする。なぜ今そんな話をするのかと無言で先生を見て首を傾げると、彼は口元だけで笑って足を組み替えた。


「その話に生き残りがいるって言ったら?」

「それはありえません。本家筋どころか使用人の家族まで殺されていたのですよ?」

「殺される前に逃げ出した王子様。いや、お姫様かもな」


 静の反論に笑った聖先生の言葉に、神代君が少し不機嫌に顔を歪めた。女の子みたいな可愛い顔をした彼のふくれっ面を見て聖先生は「悪い悪い、怒んなって」と笑った。その掴みどころのない笑顔に神代君は不機嫌なまま視線を逸らす。こう、守護欲を掻き立てられるのはどうしてだろう。
 文句を言いたそうな静を手で制して黙らせて、俺はそれを仮定として話を進めることにした。本当はありえない事なのだろうけれど、冗談で出していい話じゃない。


「それが、神代君だっていうんですか?」

「それで俺が後見についてることに筋が通るだろ?」

「通りません。先生が角倉の名で行動するとは思えませんから」


 「そうだな」と自分で言ったくせに納得して、聖先生はポケットからライターだけを取り出した。一体何をするのかと思ったら、なぜか先生から遠い方の神代君の耳元に何かを囁き神代君は無言で学ランのポケットから深い赤い色をしたパッケージを取り出した。その中から1本煙草を引き出して聖先生に差し出す。流石の静が文句を言った。


「先生、生徒会室でいい度胸ですね」

「灰皿出してきたくせに言うなよ」

「先生じゃなくて神代君のことです。学校内にいる以上、校則違反です」

「それ以前に法律違反な」


 俺がぽつりと呟くが、誰も聞いちゃいない。静は元々学校の外では何やってもいいけど学校内ではきっちり見回りますタイプなので、校則という縛りを良く持ち出す。
 聖先生はそれを軽く流して「さっきの奴甘かったんだもん、口直し」とか笑いながら言って、神代君から貰ったマルボロに火を点けていた。口直しが必要なら買うなって言うんだ。ちなみに、ちゃんとこの学校は火災探知機だったり警備だったり入っている。しかし生徒会室とバスケ部の部室、保健室と化学準備室は聖先生が感知器を壊したらしい。そこまでして吸いたいか。


「角倉は、親しい財閥だろうが対抗できる勢力である宮小路がなくなって都合が悪い訳ではない。だからはっきり言うとどうでもいい」

「だからこそ、神代君が宮小路の生き残りだとしても角倉が付く理由が見つかりません」

「そこに、宮小路を再興したいから手を借りたいと言って来たら、お前等どうする?」


 聖先生が、にやりと口の端を引き上げて問いかけてきた。
 どうすると言われても、再興させてで元の勢力を取り戻すまでは相当な時間がかかるだろう。何年なんて単位じゃない。10年とか、100年とか。だったら費用の無駄だし、もし抵抗勢力にでもなられたら自分の家も危ない。
 それをニマニマして煙草を吹かしている聖先生に言うと、彼は変わらずに口の端を引き上げた。この顔は、化学のテストとかでくだらない間違えをしてしまった時の顔だ。きっと俺は、何か重大なミスをしている。


「そういう考えもあるかもしれねぇけど、相手は15のガキ。何が出来るってんだ?」

「見つかって殺されるのがオチでしょうね」

「さすが、小田ははっきり言うな。ガキにゃ何も出来ねぇけど、だからこそそれが手を貸す理由になる」

「どういう、ことですか?」

「何も出来ないガキに恩を売ろうってんだ。それこそ何十年もかけて」

「最低ですね」

「それがビジネスって奴だぜ、マセガキ。上手くいけば宮小路すら手の中だからな」


 さもおかしそうに笑って、聖先生は旨そうに紫煙を深く吸い込んだ。つまり、そのどうでもいいことの為に、角倉にとってもどうでもいい聖先生が後見についているというのだろう。たまに、この人が何を考えているのか分からない。まるで世界の破滅でも待っているんじゃないかというような顔で笑ったり、世界が一番大切みたいな顔で笑っていたり。
 静は物言いたげな目で聖先生を睨んでいるが、ここで言う事ではないと自分で判断したのか黙っている。俺は少し冷めたお茶を啜って冷静に頭の中を整理してから聖先生を見つめた。


「角倉が後見についた理由は分かりました。先生は何を言いに来たんですか?」

「もし新生徒会長に悩んでたら、ナツがオススメ」

「さっき見つかったら蜂の巣って話してましたよね?」

「それがナツの凄いトコ。あえて姿晒して、宮小路の再興を見せ付ける」


 「これもビジネスだ」と聖先生が笑って、短くなった煙草を灰皿に押し付けて消した。信じられないように唇を震わせている静が叫びださない事を望みつつ、俺は神代君に視線を移した。俺の視線に気付いた彼はほんの少し恥ずかしそうに俯いて聖先生の白衣の袖をきゅっと掴んだ。……不覚にも、きゅぅんとしてしまった。


「ま、俺がナツの後見引き受けたのはそれだけじゃないし、面白い話を持ってきただけだし」


 ぎゅっと袖を掴んだ神代君の頭を撫でてから聖先生はコーヒーを飲み干し、立ち上がった。神代君も一緒に立ち上がると、ペコリと俺たちに頭を下げる。釣られて頭を下げると、聖先生の後ろにくっついて生徒会室を出て行った。静がソファに備え付けてあるクッションを投げつけるのとドアが閉まるのは、同時だった。


「真沙、響さんたら美智さんがいらっしゃるのに少年に頬を染めていましてよ」

「命、危ないから響さんに近づいたらダメだよ?」


 隣で多分「マセガキ」と言われたことに対して腹を立てている静。無責任にも人の仕事用のデスクで仕事もせずに優雅に紅茶を飲んでイチャついている悪魔の双子。そして、新生徒会長選出の上に乗っかった新たな問題。いつか俺の胃は悲鳴を上げて破裂するに違いないと、妙な確信が持てた。





-結ぶ-

不知火命・真沙(しらぬい みこと・まさ)
平塚響(ひらつか ひびき)
小田静(おだ しずか)

生徒会メンバーのお披露目です!
不知火姉弟がいたにも拘らず真正面からのギャグでないのは何故