私の従兄は、竜田学園に通っている。金持ちが通う竜田学園はとってもレベルが高いことで有名で、入試で入る一般クラスは驚くほどに偏差値が高い。現在彼氏なしの私にとって、今日は是非とも格好いい金持ちを紹介してしてもらって玉の輿に乗りたい訳だ。けれど、従兄たちはもうすぐお昼になるのに姿を見せなかった。


「ごめんね、理香ちゃん。祥ちゃんも圭ちゃんもまだ寝てるの」


 そう言っておばさんが申し訳なさそうに眉を寄せた。祥ちゃんもとい祥太君は19歳のお兄ちゃん。現在何をしているのかは不明。圭ちゃんもとい圭太君は17歳。私の1つ上で竜田学園の高等部に通っているお兄ちゃん。私は圭ちゃんに会うために実は来たんだったりする。でも圭ちゃんは今部活のお休みで宿題を頑張っているらしい。やっぱり超名門の学校は宿題が違うのだろうか、私はまだ手を付けていない。
 私がお茶を飲んでいると、上からバタバタと階段を下りてくる音がした。おばさんが「圭ちゃんだわ」と呟く。すると本当にぼさぼさの茶髪をした長身の従兄が眠そうな眼で降りてきた。


「おはよう圭ちゃん、理香ちゃんたち来てるわよ」

「……へー。兄貴は?」

「祥ちゃんは昨日から帰ってきてません」


 圭ちゃんはガシガシと頭をかきながらキッチンに行ってそこで顔を洗い、パンを銜えながらダイニングの椅子に腰掛けた。背も高いし顔も整っているんだけど、男の子ってみんなこうなの?よれよれのTシャツに体育着だろうダサいズボン姿。そうだったらだいぶ凹むんだけど。
 圭ちゃんは私とお母さんに軽く会釈をすると、時計に視線を移してやや慌て気味にパンを咀嚼した。その間に母親達はいつの間にかお出掛けの計画を立てている。


「俺これから出掛けるから」

「あら、圭太君デート?」


 圭ちゃんはさっさとパンを食べ終わると冷蔵庫から麦茶を取り出しながらお母さんの質問に冷静に首を振った。あれ、彼女いるのかな。いなかったらもっとてんぱると思うけど。圭ちゃんは喉を潤すと、リビングを出ようとしたけれどその前におばさんに腕をつかまれた。圭ちゃんはまだ眠そうな目を細めておばさんを見たけれど、おばさんは気にせずにニッコリと微笑んだ。


「圭ちゃん、誰とお出掛け?彼女?」

「一誠たちとだけど、何?」

「理香ちゃんも一緒に連れて行ってあげて」


 おばさんのはお願いじゃなかった。圭ちゃんは嫌そうに顔を歪めたけれど、おばさんには勝てないのかすぐに深い溜め息を吐き出して項垂れるようにして頷いた。「スポーツショップだから楽しくないと思うけど」と文句染みたことを言いながら、圭ちゃんは着替えてくると呟いておばさんの手を振りほどいた。










 圭ちゃんのお母さんと私のお母さんは仲良し姉妹。だからきっと私のことが邪魔だったのだろう。圭ちゃんはお友達と遊びに行くらしいので、もしかしたら玉の輿ゲット!と思ってルンルンと電車に乗った。
 圭ちゃんは着替えてきたら普通に格好良くなった。ルーズなカーゴパンツに白いパーカー。アクセサリーは控えめだけれど、センスは良い。ちなみに、お値段も良い。今日は圭ちゃんの部活友達と部活のときに使う靴を買いに行くらしい。前原一誠君とやらは格好いいのだろうか。
 電車を降りて混雑の中をテクテクと歩いていくと、大きなビルの前のショーウィンドの前に格好良い人が立っていた。格好良いって言うか、超美人!?その周りに長身の人たちがいて、その中で1番小さい人が、不意に手を上げた。


「圭太!こっちこっち」


 黙っていた圭ちゃんは「げっ」と小さく呻いたが誰も気付かずに足だけは自然に進む。無事にお友達と合流して、圭ちゃんは不審そうにその超美人さん見やった。
 ちなみにここにいるメンバーは、私と圭ちゃん、長身が3人と少女1人。その小さい子は超美人さんにべったりくっついているけれど、歳の離れた妹さんとかかしら。結構顔の作りが似ている気がしなくもない。圭ちゃんの友達って美人ぞろいね、とか思ったら、圭ちゃんは溜め息と共に呟いた。


「なんで先生までいるんですか」

「俺が寿季と出掛ける約束してたから」


 え、先生!?圭ちゃんが言うと、先生らしい超美人さんはにっこりと微笑んで隣の長身の肩に腕を掛けた。その人が寿季さんなのだろうか。
 2人よりも少し小さい、多分圭ちゃんの本物の友達だろう人が私をじっと見ていた。なに、私に惚れちゃったとか?さっすが私、玉の輿も目の前ね!圭ちゃんが口を噤んだとき、黙っていた彼が圭ちゃんに顔を近づけてにやりと笑った。あら、格好良い。


「浮気かぁ?圭太」

「ちっがう、従妹だよ!」


 圭ちゃんは何故か顔を青ざめさせて叫ぶようにして言った。一体私のどこが不満なのかと思ったけれど、超美人さんが「相当この間の痴話喧嘩で参ってんな」と呟いたので多分圭ちゃんはこの間彼女さんと痴話喧嘩をしたのだろう。
 圭ちゃんが叫んでくれたんで妙な視線を感じながら私はぺこりと頭を下げた。今日の格好は、元々圭ちゃんの友達を紹介してもらうつもりだったからミニスカートにキャミソールの超露出。メイクもばっちりだし、本命は長身の超美人です!


「沢理香子です」


 ニッコリ笑ってご挨拶。すると端から順番に皆さん自己紹介をしてくれた。一番長身の超美人さんは「角倉聖」さん。だぼだぼのパンツの上は多分白いタンクトップ。その上から数枚半袖の上着を羽織っている。首元には凄くたくさんアクセが光っているんだけど、センスは凄く良い。ブラウンよりも明るい長髪を結いもせず、髪の間からたくさんのピアスが光っているのが見えた。て言うかこの人、この世のものとは思えないほどに奇麗なんですけど。彼は自分にまとわりついている少女の手を引っ張って「娘の小藤」と紹介した。彼に似た小藤ちゃんは恥ずかしそうにすぐに、顔を隠してしまったけれど、可愛かった。
 それからその隣が「前原寿季」と名乗る。細身のパンツに柄シャツを合わせた彼は聖先生の友達で圭ちゃんの友達のお兄さんらしい。それからその弟で圭ちゃんの友達の「前原一誠」君。格好良いけれど、お兄さん達よりはやっぱり見劣りしてしまう。


「暑いし、さっさと行こーぜ」


 一誠君がそう言って、いの一番に歩き始めた。私は東京に住んでいる訳ではないのでどこに行くか全く分からなかったけれど、とにかく人が多い。けれど小藤ちゃんは普通に歩いていた。東京人すごいな。圭ちゃんと一誠君、寿季さんと聖先生が並んで話しているので、私は話を聞いているだけになってしまった。圭ちゃんもちゃんと紹介してくれよ、私が玉の輿に乗れるように。


「圭太宿題何やってる?」

「『バファリンの半分は本当に優しさでできているのか』」

「終わりそう?」

「無理そう」


 一体何の話だ。宿題って自由研究の事だろうかと思ったが、聖先生が耳打ちして教えてくれた。うわわ、すっごい美声。心臓が驚くほどにドキドキしてる。やばい、惚れそう……。
 竜田学園の宿題は、私の思っている宿題ではなかった。中等部は問題集がたくさん出るけれど、高等部は自由研究のような課題になるそうだ。理系科目は総合の宿題で、何か関係のあることを調べてまとめる。そのほうが簡単じゃないかなと思ったけれど、圭ちゃんの力尽きそうな様子にそんなことはないと思いなおした。だって、昨日も徹夜したらしい。


「宿題だってさ、懐かしい響き」

「俺たち何やったっけ。もう全然記憶にねぇや」


 笑いながら話している大人組をじと目で睨みやり、自然な仕草で大きなビルに入って行った。このビルにはたくさんの人が吸い込まれていて、本当に東京ってすごいなって思う。なによりもそれに戸惑うことなく歩ける人たちが凄い。
 中に入るとまた広いしたくさん人がいるしで私は訳が分からなくなって、歩いていく聖先生の服の裾を掴んでしまった。けれど彼は薄く微笑んだだけで、何も言わない。代わりに圭ちゃんが目を剥いた。


「先生!見境なく手ぇだすな!!」

「うるせぇなぁ」

「大丈夫だって圭太君。聖、年上好きだから」

「そーそ、ガキは守備範囲外」


 そう言いながら、聖先生は娘さんを抱き上げる。まあこの人ごみじゃあ潰れそうだしね。小藤ちゃんは嬉しそうに父親の首にきゅっと抱きついて、ニコニコと笑顔を浮かべている。
 そんな言い争いをしているうちに目的の店に着いたようで、迷うことなく入っていった。私はあまり興味ないけれど、一緒についていく。ま、目の前の美人さんたちを見ていればいろいろと養われるのでいいか。


「圭太足のサイズ変わった?」

「あんまり。これとかどうかな」


 靴を選んでいる圭ちゃんは楽しそう。もちろん、一誠君も。ちょっと離れて聖先生と寿季さんも楽しそうに話しながら色々見ている。………私は、つまらない。まあ男の子と趣味が合わないのは当たり前だけれどね。無理して私がついて来たんだし。
 そう思っていると、トテトテと小藤ちゃんが駆け寄ってきた。どうしたのかと思ったら、私の隣にちょこんと座ってにこりと笑う。


「おねぇちゃん、どうしたの?」

「何でもないよ」

「こふじね、つかれちゃった」


 そう言って小藤ちゃんは小さく息を吐き出した。可愛いなぁ。こんな小さい子がこんな所に連れて来られて楽しい訳がない。しかも女の子だし、もっと違うものに興味があるだろう。そう思って私が小藤ちゃんに声をかけようとしたとき、少女の体が突如として浮かんだ。驚いて目を見開くと、後ろから笑いを含んだ美声が聞こえる。


「小藤。座り込むんじゃねぇの」

「でもこふじつかれた」

「今日はずっと歩く約束は?」

「でも今日パパの日だよ」


 にこりと笑った小藤ちゃんに聖先生は溜め息混じりに苦笑して、彼女を抱き上げたままレジの所にいる圭ちゃんたちの方に歩き出す。数歩進んでから、私の方を振り返って促すように笑った。……心臓を打ち抜かれるかと思った……。
 私は立ち上がると、小走りに駆けて行く。それを見た圭ちゃんが、また怒鳴り声を上げた。










 薄暗いその場所で、2人の長身が見詰め合っている。この妙な雰囲気は何だろう。
 圭ちゃんたちがさっさと買い物を終わらせたけれど、もう3時。ちょっと小腹が空いたので何故かビルの上のテーマパークに行った。ビルの上にテーマパークがあることにビックリしたけれど、この建物には水族館も入っているらしい。東京って不思議。


「最初はグ、ジャンケンポン!」

「っし!」


 なぜ大人組がジャンケンしているかと言うと、このテーマパークはフードテーマパークのようで現在スイーツフェアをやっている。そして驚くのはそこに売っている、100人分とかのスイーツ。何を思ったのか、大人組はそれが食べたいらしく何を食べるかでジャンケンを始めた。当然私たちの意見は無視。
 さっきのジャンケンに聖先生が勝ったので、3万も出して300人分のプリン。ちなみに寿季さんが勝っていたら250人分のティラミスだった。正直どっちでもいい。けれど聖先生は楽しそうに「そこで待ってろ」と言って買いに行った。


「何だってプリン……」

「ティラミスもどうよ」

「こふじプリンだいすきぃ!」


 一番喜んでいる小藤ちゃんは、ブースのテーブルに座って楽しそうにぴょこぴょこ跳ねている。プリン美味しいけどね、300人分を4人で食べようと思うあの人はどうかと思う。誰も食べている人いないしね。
 そう思いながら大人しく待っていると、圭ちゃんが申し訳無さそうに私の顔を覗き込んできた。


「なんかゴメンな」

「んーん、悪いのはお母さん達だし」


 私が笑うと、圭ちゃんは少し安心したように眉を下げた。まああんまり楽しくはなかったけれど、超美人さんが見れたし、それだけで十分収穫はあったと思う。もともと私も無理して来たんだし、長い夏休みのたった1日だしね。
 そう言うと、隣から一誠君が身を乗り出すようにして顔を近づけてくると、ニカリと爽やかに笑った。


「ところでさ、理香子ちゃんて幾つ?」

「高1、16歳」

「おー若い」

「兄貴は彼女いるんだから黙れ!理香子ちゃん彼氏いる?」


 私は質問に首を振った。いないよって言うのを示す為と、その方が女の子っぽいから。すると一誠君は目に見えて安心するように息を吐き出した。私の隣では圭ちゃんが複雑な表情をしているし、ものすごく大きなプリンの入っているカメを持って戻ってきた聖先生はニヤニヤしている。
 聖先生がテーブルの真ん中にドンとそれを置くと、あまりの大きさにみんな言葉を失った。


「おっきいプリンー!」

「小藤、こぼすなよ?あと夕飯食えなくなるほど食わないこと」

「はーい!」


 小藤ちゃんは大興奮。先に注意してから聖先生は小藤ちゃんを足の間に入れるようにして座り、背もたれに体重を預けた。小藤ちゃんが嬉しそうにプリンにスプーンを刺す。小藤ちゃんが一口食べている間に聖先生は手早く巨大プリンを全員に均等に分けた。この量は殺人的量だと思う。


「バッシュも買ったし、明日は練習試合でもするか」

「だぁから何でアンタはそうやっていきなり言うんですか!」

「思いついたから。寿季どうよ?」

「今海里、日本にいないじゃん」

「だいたい明日は休みです!夏休み!!」


 ギャーギャー叫んでいる圭ちゃんなんて見たことがなかった。私が驚いていると、一誠君が「いつもの事」と囁いて教えてくれた。なんか圭ちゃん、生き生きしてる。
 バスケ部の夏休みは一週間。そのあとにすぐに合宿に行くらしい。おばさんが「沖縄に合宿なのよ」とお土産を貰う気満々で話していた。さすがお金持ち学校だなと感心する一方、面倒くさいと思うのも事実で、やっぱり私は玉の輿なんて無理なのかもしれない。
 でもその前に、目の前の問題が1つ。


「圭ちゃん……残りあげる」

「あ、食べきれない?」

「うん、絶対無理」

「先生、食べます?」

「んー、食う」


 聖先生は誰よりも食べているくせに、私のほぼ残した分を普通に食べだした。間接キスとか思うよりも先に、あの奇麗な体のどこに入っているのか疑問が浮かぶ。だって贅肉なんてなさそうなほど奇麗なんだもん!
 私がつい聖先生の食欲に呆然と彼を見つめていると、圭ちゃんがこっそり「聖先生っていつもあれくらい食うから」と教えてくれた。教えてもらっても特に得のない情報をありがとう。


「寿季、今何時?」

「聖だって時計持ってるだろ。4時過ぎたとこ」


 寿季さんの答えに聖先生は自分の時計を確認して小さく「マジ?」と呟いた。自分で確認するくらいなら何故人に訊くのだろう。聖先生は小藤ちゃんを抱き上げると椅子から降ろし、自分も立ち上がった。申し訳なさそうに軽く手を顔の前であわせ、笑う。


「悪い、これから用あるから先帰るわ」

「あ、じゃあ俺も帰る。聖こっからどこ行くつもり?」

「新宿」


 聖先生がそういうと、寿季さんと一誠君が続いて立ち上がった。どうやらこれでお開きになりそうな感じ。
 聖先生が新宿と言ったら小藤ちゃんが不満そうな顔で聖先生の服を引っ張って「こふじのお洋服」と頬を膨らませた。聖先生は苦笑して「明日じゃダメか?」と言って小藤ちゃんの頭を撫でる。けれど小藤ちゃんはふくれっ面のままなので、聖先生は溜め息混じりに「じゃあ先に渋谷」と言った。すると小藤ちゃんは簡単にご機嫌になった。


「じゃ、圭太。またな!」

「おー。聖先生、部活は来週の水曜日からですよ!」


 圭ちゃんが言うと、聖先生はひらひらと手を振りながらさっさと歩いて行ってしまった。それに続いて、寿季さんと一誠君も行ってしまう。あぁ、玉の輿作戦は失敗かしら。それにしても聖先生は格好良い。子持ちでもいいし浮気でもいいから、付き合って欲しい。
 圭ちゃんは大げさに溜め息を吐くと、私を見て申し訳無さそうに謝った。


「ゴメンな。なんだったらこれからなんか見に行く?」

「うん。じゃあこの辺案内して」


 私が答えると、圭ちゃんは立ち上がって「何見たい?」と訊いてきた。なんていうか、慣れてる。やっぱり圭ちゃんは彼女がいるのかなと無意味なことを考えて、私はあとで一誠君と聖先生のアドレスを教えてもらうと思った。
 それから圭ちゃんに安いアクセサリーを買ってもらって、家に帰ったのは9時過ぎだった。今日は超美人さんも見れたし恋の予感も感じたし、まぁ当初の目的は達せたかな。けれど圭ちゃんはそうではないらしく、家に着くまでに疲れたような顔になり、家に帰るなり部屋でベッドの上に倒れこんだ。





-結ぶ-

沢理香子(さわ りかこ)

聖先生は大食いです。