竜田学園高等部バスケ部の顧問は、校内外問わず有名な角倉聖先生。バスケ部も凄い人気で、マネージャーなんて入れ食い状態。だから毎年マネージャーになるには面接とかがあって、厳正なる審査の結果決められる。私の場合は、幼馴染が部員だったこともあって裏技的にマネージャーの座をゲットした。
 そんな訳で、竜田学園高等部一年C組聖先生ファンクラブ会員番号八番嶋園御幸、マネージャーやってます。


「ごめんね、嶋園さん。つき合わせちゃって」

「いいよ、マネージャーの仕事だもん」


 お昼休み、備品発注の用紙を切らしてしまい聖先生に貰うべくの清水泉君と一緒に化学準備室に向かった。清水君は聖先生に用事があったから、私のついで。彼は可愛い顔した一年レギュラーの男の子。簡単に言うと仔犬みたいな感じだろうか。しかも、厳しい一般入試を切り抜けて入学した通称一般クラスで、家柄も何もないけれど頭だけはべらぼうにいい子。
 さっき総合準備室を覗いたけれど、聖先生は化学室にいるんじゃないかと言われたのでそちらに来た。いつもは総合準備室か保健室にいるのに、珍しい。


「しつれいしまーす……」


 いるのかすら疑わしいけれど一応ドアを開けると、カラカラと簡単に開いた。細く開けていたそこをほっとして開く。目に飛び込んできたのはまず本の山。それからソファで寝ている聖先生。そして先生の頭のところに、学生が一人。聖先生に膝枕をした形で彼は私たちを見て、目を瞬かせた。
 とても可愛い顔をしている男子生徒は見たことがある。神代夏芽君だ。宮小路財閥の唯一の生き残りで、今は一般人。角倉が、もとい聖先生が後見人についてD組に籍を置いているという噂を聞いた。噂ではつまらない子だと聞いていたけれど、目の前にいるのはとても可愛い顔をした子だった。彼は私たちを見た後少し困ったように眉を寄せて聖先生を揺り起こした。


「聖さん、人が来た」

「……誰」


 神代君の下で聖先生が小さく呻きながら体を起こそうとした。手がパタパタとソファの前に鎮座する小さなテーブルの上を何かを探すように動いている。しばしそれを見ていた神代君が、聖先生の手に置いてあった煙草のケースを持たせた。けれどライターは渡さない。


「マルボロ?」

「どっちでもいい」

「はい」


 億劫そうに体を起こして、まだ開ききらない目のまま口に煙草を咥えると、神代君が聖先生の煙草に何も言わずに火を点ける。それを当たり前のように受け入れて、聖先生は紫煙を一度吐き出すとようやく意識がはっきりしたのか私たちのほうを見た。聖先生が、私を見てる!はっきりと映った自分の顔は変じゃないかなとか、変に意識して思わず笑顔を浮かべる。けれど聖先生の視線はすぐに私の隣の清水君へ移った。


「どした?お前ら」

「備品発注用紙がなくなっちゃったので、いただけますか?」

「あー、部室になかったっけ?そこの青いファイルに入ってる」


 聖先生が指したのは部屋の左側、ソファに正面にある机の上。その隣には資料が入った棚があって、その上にはたくさんのトロフィーが乗っている。全部聖先生が現役の選手だった時に貰った大会のトロフィーだ。ものがゴチャゴチャしている机の上の雑誌の下に『部活用』と書かれた青のファイルがあった。中を見ればスケジュール表とか大会のメモとかが入っている。その中から備品の発注表を探した。


「モノは相談なんだけどさ、セン。サチも」


 聖先生はソファに座り直して優雅に長い足を組んだ。私は発注表を数枚抜き出して、聖先生の前にテーブルを挟んで立った。先生は煙草を吸いながら私と清水君を何度か交互に見て、最後に少し困った顔で神代君を見た。


「こいつ、知ってる?」

「D組の神代君、ですよね?」

「そ。今日からマネに加えようかと思ってんだけどさ、お前らどう?」

「えっ?」


 聖先生の言葉には私だけじゃなく神代君も驚いているようだった。アーモンド形の大きな目をくりっと丸めて、女の子みたいな顔で驚いている。聖先生を凝視しているその顔も可愛いけれど、ちょっと近すぎじゃない?そもそもマネージャーは私だけで十分よ。私だけじゃないと聖先生とお話できる時間なんてとれないんだから。どこの馬の骨とも知れない奴に(彼は宮小路の御曹司だったけど)私と聖先生の大事な時間を渡せるものですか。


「で、でももうマネージャーは二人もいるじゃないですか」

「人手が足りないっていつも言ってるのはサチじゃねーの?」

「そ、それは……そうです、けど」


 確かに私はいつも人手が足りないと言っている。確かに足りないし、でも大半は聖先生に対しての戯れで本気で取ってほしくないのに。聖先生は優しいから、きっとときどきこんな残酷な事をする。私の特権を、とってしまう。
 横目でこの部屋に呼ばれた清水君をちらりと見た。彼が呼ばれたということは、彼に聞くのがメインだったはずだ。だから清水君が拒絶してくれれば、神代君のマネージャー就任なんて立ち消える、はず。清水君は目を輝かせているけど、本当に大丈夫なのかしら。


「センは?何か問題あるか?」

「えっと、神代夏芽君、ですよね?」


 清水君は一年レギュラー。チームキャプテンだから次の部長とかは彼が就任するだろう。だから聖先生に接する機会は多いし、何よりも彼も聖先生のことを尊敬しているから彼が拒絶する可能性なんて限りなく低かった。それに気づかず期待してしまった私は、馬鹿。


「ぼく、清水泉って言います。よろしくね、なっちゃんって呼んでいい?」

「…………」

「いいねぇ、セン。可愛い可愛い。ほらナツ、お前も」


 にぱっと笑って手を出した清水君に神代君は固まったけれど、聖先生はそれを見てからからと笑った。少し困ったような顔をして聖先生を見上げていた神代君もそれを見て、差し出された手におずおずと自分の手を差し出す。清水君が手をぎゅっと掴んで、また可愛らしい顔で笑った。可愛いけれど、釈然としないのはどうしてだろう。


「……神代夏芽です」

「なっちゃん、可愛いね」

「うわー、お前ら可愛い。どっちも可愛い。サチもそう思わねぇ?」

「そう、ですね……」

「サチ?」


 私だけの聖先生だったのに、私だけの聖先生じゃなくなっちゃった。部活のときにマネージャーだからって無条件に一緒にいられる権利がなくなった。聖先生のことが大好きなのに。大好き、なのに。なんだか泣きそうになって思わず俯くと、聖先生が不思議そうに私を呼んだ。本当は御幸っていうのに、先生はいつもサチって呼ぶ。それがとても嬉しかった。
 聖先生に手をとられて、引き寄せられるようにソファに近づかされた。ふわりと体が浮いたかと思ったら背中に暖かい感触。


「なんでそんな顔してんのか知らねーけど、お前も十分可愛いから安心しとけ」

「……はい」


 私がいたのは聖先生の足の間だった。子供みたいに後ろから抱きしめられている。先生の両隣には神代君と清水君が座っていて、先生は「両手に花ー」と笑っている。笑ってるけど、どっちも男だし未成年だし、犯罪なんじゃないのかなって自分の状態を省みず思った。私は聖先生にならこのまま犯されたところで文句はないから問題もない。
 そのとき、予告もなしに準備室のドアが開いた。


「先生、呼びました?」

「圭太、見てみろこいつら可愛くね?」

「何やってんだロリコン教師!?」


 荻原先輩が入ってくる早々怒鳴った。確かにこの二人を隣に置いてたらロリコンに見られてもしょうがないけどね、聖先生だったら許されると私は思っている。けれど荻原先輩は私の腕を取って立たせると、守るように背中に庇ってくれた。余計なことを。


「圭太先輩、新しい仲間ですよ!」

「センも危ないからこっち来い」

「おいおい、大先生様をそんな犯罪者見るような目で見んなよ」

「先輩、新しいマネージャーのなっちゃんです」


 無邪気な笑みを浮かべた清水君が、荻原先輩の許に駆け寄って軽く首を傾げて聖先生の隣に変わらずに座っている神代君を指差した。先輩の視線が神代君を見て清水君に視線が移り、今度は聖先生に視線を戻した。まるで信じられないような顔をしている。


「先生、それは色小姓っていうんじゃないですか?」

「いい度胸だ圭太。歯ぁ食いしばれ」


 聖先生がにっこりと奇麗な顔に微笑を浮かべ、手を組み合わせた。ボキボキと凄い音がしたからか、荻原先輩は顔を真っ青にして首をふるふると横に凄い勢いで振る。そんなになるくらいだったら文句なんて言わなければよかったのに。大好きな先輩に報告して満足したのか、清水君は神代君の隣に戻ってまたにこっと笑った。


「携帯番号、教えて?」

「う、うん……」


 気づいたけれど、神代君は何かあると聖先生を見上げる癖がある。少し困った顔で聖先生の顔を見てからポケットに手を突っ込んでいる。聖先生は軽く笑って神代君の髪をくしゃっとかき混ぜた。


「別に俺の許可なんていらねぇだろ?」

「じゃ、じゃあ赤外線で……」

「うん。先に送るね」

「見てみろよ圭太。超癒されるんだけど」

「先生が荒んでますからね」


 荻原先輩は何だかじと目で聖先生を見てるけれど、ヤキモチかな。聖先生はとっても奇麗で魅力的だから。きっと私と同じで先生が注目する清水君と神代君が羨ましいのね。私はそうだもの。でも神代君が可愛いのも清水君が可愛いのも本当で、だからもうこれはしょうがないかなって思う。本当に可愛いんだもの。


「なっちゃん、今日部活来るんでしょ?終わったら何か食べてから帰らない?」

「今日は、聖さんの家に行くから……」


 先生の家ですって!?部長しか知らない先生の家に行けるなんて、私も行ったことないのに!やっぱり先生が後見になっていると人と違うのね。なんだか彼とは敵対しているよりも仲良くなった方が利がある気がしてきた。


「行って来いよ。俺のことなんて気にすんな」

「でも小藤ちゃんが……」

「大丈夫だって。俺を甘く見んなよ」

「……じゃ、じゃあ行ってきます」


 状況は全くの見込めないけれど、仔犬二匹はとっても仲良くなったみたい。これはもうマネージャー仲間として私も仲良くなって先生のお家にお邪魔できるくらいにならないといけないわね。でもまずは様子を見ないことには作戦も立てられないので、今回は仔犬二匹に癒されることにする。
 でも私はいつか、聖先生の愛人になってやるんだから。





−結ぶ−

清水泉(しみずいずみ)

泉は聖先生も圭太も大好き。