竜田学園高等部は半寮生で、希望者は寮に入ることができる。俺は一番上の兄ちゃんからずっと高校時代は寮って決まっているから何の疑問もなく寮に入ったけれど、うちの学年で寮生は少なくて部屋はあまりまくっている。みんな同じ学年が同じ階で、クラスとか部活とかで二人一部屋なんだけど、俺は五人兄弟だから兄ちゃんと同じ部屋で名前もみんなフルネームなのに「大沢」と表札みたいになっている。
 ただ俺が末っ子だから、今年で寮ともお別れになる。だからかは知らないが、最近兄ちゃんたちがよく部屋に遊びに来る。


「だからさ、ヨシ。聖先生の部屋行こ」


 部活が早く終わった日曜日、俺の部屋に遊びに来たキャプテンの手塚義久(通称ヨシ)に提案をした。聖先生も高校のときに寮に入っていて、今でもまだたまに遊びに来ている。忙しい時とかは家に帰るよりもこっちの方が近いから、寝に帰ってくるときもある。そのときの同室は九条院龍巳先輩だけど、彼は帰ってくることはない。


「何でいきなり?」

「昨日悠人兄ちゃんが部屋に置きっぱなしの下着取りにきたから」

「だから?」

「聖先生の部屋に面白い忘れ物があるかもしれないじゃーん!行こ行こ」


 俺がヨシの腕を持って立たせると、少し嫌そうな顔もしながらついて来てくれるようだった。
 昨日、大学部に通っている一番下の兄ちゃんが下着を取りに来た。兄ちゃんとは三つ歳が違うから、俺が入る時に出て行った。なのに荷物を持って帰っていないので兄ちゃんもたまに部屋に泊まる。基本寮は自治性が強く教員の介入がないから、大学部の兄ちゃんが泊まろうが社会人の兄ちゃんが泊まろうがばれなければ文句を言われない。俺は別に兄ちゃんたちが好きだから文句なんてない。


「大体、鍵開いてるのか?」

「久人兄ちゃんに合鍵もらった」


 久人兄ちゃんは聖先生が生徒会長のときの役員だったから先生の一つ下だけど仲がいい。ついでに言うと、久人兄ちゃんは吉野先生と同級生で親友らしい。吉野先生がそう思ってるかは分からないけど。
 使う階は学年ごとに違うけれど、俺の部屋は偶然にも聖先生と同じ階。但し部屋の位置は一番遠い。俺の部屋は共同リビングから一番近いけど、先生の部屋は一番奥の遠い部屋。ヨシと一緒に歩いて行き、誰もいない部屋の前に到着。普通在校生は前から部屋を埋めていくので、奥に来ると先輩たちの忘れ部屋が多くなる。


「貴人、本当にやるのか?」

「やる。何だよ、怖気づいたのかよ?」

「そういうわけじゃないけど……」


 煮え切らないヨシを尻目に、俺はポケットから鍵を取り出して差し込んだ。慎重に鍵を回してドアを開けるけれど、開かなかった。あれ?おかしいな。兄ちゃんがくれた鍵だからあってるはずなんだけど。なんだか不思議に思いながらもう一度回すと、今度は開いた。何だ、鍵が開いてただけか。


「おっじゃまっしまーす」

「……失礼します。悪いのは俺じゃなくて貴人です」

「俺のせいにすんなよ!ここまで来たら運命共同体だからな」

「貴人のせいだろどう考えても」


 ぶつぶつ言い出したヨシを無視して、俺は部屋の中に入った。部屋の作りは同じなのに他人の部屋は何だか変な感じ。入ってすぐにリビングがある。ソファも備え付けのテーブルも妙に綺麗だったけれど少し埃が積もっている。ガラッとした棚には大会のトロフィーが並んでいた。


「聖くんの部屋初めて入ったー」

「……ほら、何も無さそうだぞ」

「だってここ龍巳先輩も使ってるじゃん。目標は個室っしょ」


 一応風呂も付いているけれど、誰も使わない。大抵みんな一階の大浴場に行って、閉まっている夜中だけ部屋のシャワーを使うのだ。だから風呂とトイレをスルーして、個室へ行ってみる。だってリビングに面白いものとか変なものを置いておいたら龍巳先輩に怒られて捨てられそうだし。
 聖先生の部屋は右側だったらしい。ちなみに俺も右側。リビングから続く個室のドアを開けて中へ。備え付けてある家具は白を基調としているけれど、聖先生の部屋は超綺麗だった。普段大雑把なくせに、変なところ几帳面なんだから。部屋にはベッドと机、簡単なクローゼットが付いていて机の上はたくさんのものが乗っていた。


「ありそうありそう、怪しいもの!」

「怪しいものって……」


 綺麗な部屋なのに机の上はカオスだ。先生が使ったと思われる教科書やらノートやらが積み重なり、今にも雪崩が起きそうだ。たぶん、今使うときはこの教科書たちをベッドの上か床に落としているに違いない。


「ヨシ、さっそく漁ろうぜ!」

「一つ聞くけど、聖先生が来ることってないよな?」

「大丈夫、先生今大学部の研究室篭ってるから」

「何で?」

「論文が終わらないから缶詰だって」


 竜田学園の教師はみんな一定期間内で学会に論文を提出しなければならないらしい。教師やってんだか学者やってんだか分からないと聖先生はぼやいていたが、ぼやいていただけでちゃんとこなしているようだ。でも今回は何でもうっかり忘れていたそうで、実験のデータを取る為に大学部と寮を往復している。でも昼間は家に帰っているらしい。一体どういうことだろう。


「あ、数学のテスト見っけ。これもらってこ」

「貰ってったらばれるだろ」

「数学のテストならばれないって」


 先生の机を漁っていると、次のテスト範囲だと思われる数学のテストを見つけた。先生たちは問題を使いまわすことが多いので、ありがたい。ちなみに、俺はいつも兄ちゃんたちの過去のテストを使っている。それを使って、ギリギリ。


「うーん、ここ教科書だけっぽい」

「まあ見えるところに変なものはないだろ」

「クローゼットは?」

「クローゼットは何もないだろ……」


 何もないといいながら、結局乗り気になってヨシはクローゼットを開けてくれた。確かにがらんどうとしているクローゼットだが、一角になにやら怪しい空間を俺は発見した。伊達にバスケ部レギュラーのエースをやってない。奥のほうに突っ込んで袋に入っている。何かある


「ヨシ、そこそこ。何か入ってる」

「えー」

「もー!ちょっとどけよ」


 あまり手を突っ込みたくないヨシが煮え切らないので、俺が変わって腕を突っ込んでそれを引っ張り出す。俺は兄ちゃんの下着もエロ本も発見してるから何が出てもバッチコイ。ついでに言うと、何かあっても海人兄ちゃんに泣き付けば大抵のことは無罪放免になる。
 ずるっと引っ張り出したそれは埃を被っていた。一体なんだとワクワクしながら埃を適当に叩いて開けてみる。一体何が入っているのかと思ったら、大量のアクセやら小物が入っていた。何、要らないものを置きっ放しにしているようにも思えないし。袋をひっくり返してみるけれど、本当にアクセだけだった。つまんない。


「あーれ、聖が昔使ってたアクセじゃん」

「海人兄ちゃんと庄司君!」

「お前が面白そうなことしそうだったから来ちった」


 後ろから声がしたと思ったら、上から二番目の兄ちゃんでプロのバスケ選手の海人兄ちゃんが部活仲間だった庄司君と一緒に立っていた。兄ちゃんは普段はアメリカでプレイしているけど、今は日本に帰ってきている。俺にとっては兄ちゃんと兄ちゃんの友達だけど、ヨシにとっては先輩だから緊張したのか立ち上がって頭を下げた。何か、緊張するヨシ可愛い。


「先輩、お久しぶりです!」

「お、現キャプテンじゃん。貴人のことよろしくな」

「は、はい!」

「庄司君、奥にもまだなんかあるー」


ヨシの挨拶を無視して、俺は更に置くに手を伸ばした。けれど取れないので近くにいた庄司君に頼んでとってもらうことにする。俺には届かなかったけれど、庄司君は俺の位置に来て腕を伸ばして指の先に引っ掛けたようだった。


「庄司、何系?」

「んー、軽いからなぁ……。エロ本とかではない」

「つまんね」

「庄司君、早く!」


 急かすと庄司君は「焦るな焦るな」と笑って一気に引っ張り出した。勢いあまった袋はずるりとクローゼットから落ちて埃と一緒にばら撒かれる。溜まりに溜まった手紙のようだった。余りにもありすぎる手紙は一体なんだ。ちなみに通知表はさっき机で見つけた。


「何これ、手紙?」

「よし現キャプテン、読んでみろ!」

「えぇ!?俺ですか!」

「お前以外に誰がいんの?あ、これ開いてないから読んで」


 庄司君と兄ちゃんが薄桃色の未開封の封筒を拾い上げてヨシに渡した。絶対これラブレターじゃん。それが未開封って聖くん最低。嫌そうな顔をしているけれどヨシは先輩命令に逆らえない。嫌々ながら開封して読み始めた。声が心なしか震えている。


「か、角倉君へ。あの夜以来貴方が忘れられません……」

「うわ、濃いな」

「つかそれ、マジでラブレター?」

「むしろヤブレター」


 何だか読んでるヨシが可哀相になってきた。「もう一晩だけでいいから、相手をしてください」なんて確かに高校生が書く手紙じゃないけど。ヨシが読んでいるのを横でげらげら笑っている兄ちゃんたちは、興味がヨシの手紙から他の手紙に移ったようで読み終わった頃には違うものを読んでいた。あ、ヨシ可哀相。俺が慰めてあげようと頭をなでて見ると、何だか迷子の動物みたいな目をしていた。


「次これ、これ読んで!」

「読むって何をスか……」

「っ聖!?」


 背筋がゾクッとしたと思ったら、聖くんが立っていた。兄ちゃんが丁度新しい手紙をヨシに読ませようとしていたところで、この状況は完全に言い逃れが出来そうにない。兄ちゃんがいるから大丈夫だとは思うけど、聖くんが怖い。超怒ってる。


「ひ、聖……何しに来たの?」

「論文に足りない資料を取りに来たんスけど。何で人の部屋で隠した手紙開けてんだよ!」

「ま、待て聖。落ち着け!」


 聖くん……いや、聖先生マジギレ。ヨシの手から手紙をぶん取ってついでに足蹴にして、手紙をかき集めて袋に突っ込むとクローゼットに押し込めた。別にアクセは片付けないのか。それからその場にドカッと腰を下ろしたと思ったら、携帯を取り出した。それを見た兄ちゃんたちの顔が一斉に真っ青になる。


「聖待て!悪い、俺たちが悪かったから!」

「謝ったって遅いッスよ!」


 兄ちゃんたちが止めるのも聞かず、聖先生はどこかに電話をした。兄ちゃんたちはもう硬直している。どこに電話しているのか分からないけれど俺たちも固まるしかない。聖先生は俺たちを見ると、にたりと笑って親指をぐっと降ろした。お、犯されるかもしれない……。


「亮悟先輩!?俺!海人先輩と庄司先輩が俺の手紙とか勝手に読むんだけど!」

「やめてくれー!!」

「謝る俺たちが悪かった!」


 兄ちゃんたちが絶叫したけれどもう遅く、聖先生は勝ち誇ったように笑うと俺たちに明日の部活の謹慎と体育館での正座を命じてくれた。
 正座は嫌だけどヨシが一緒だから少し気は軽い。でも隣のヨシを見ると、ものすごい凹んだ顔をしていたから一発どついてやった。





−結ぶ−

亮悟先輩最強伝説