聖先生はとってもとっても文句を言うけれど、それを言いたいのは俺たちのほうなのです。6月。じめじめした空気が鬱陶しいけれど、何よりも鬱陶しいのは親が学校にくることじゃあないだろうか。何だって三者面談なんて子供にとっては鬱陶しいだけの行事なんてあるんだ。もともと竜田は跡取ばっかりだから今更進路もクソもないってのに。
 そんなわけで三者面談です。まあ、あの聖先生がまともな面談なんてできっこないと思っているからそれだけが楽しみにするしかないって感じだけど。


「失礼しまーす」

「おう。お忙しい中ご足労頂きましてありがとうございます」


 俺の番なんですが、前が早く終わったのか聖先生は教室で資料を広げていた。俺が入ると顔を上げて、そして隣の母に向かって愛想笑いを浮かべ立ち上がりながら極上に甘い声で言った。軽く会釈すると今日のためにか黒く染めた髪がサラリと流れてその奇麗な顔を隠す。聖先生は極上の美人さんで若いけど、人の母親をたぶらかすような真似はしないだろうな。この人年上好きだって噂が実しやかに流れてるんだけど。
 今日の聖先生のスーツはチェスターバリーのようだ。そんなに気合が入っているのか、たかが三者面談で。いつもはジャージだったりシャツだけだったりホストみたいなのだったりしているのに、どうして今日はこんなに好青年?


「どうぞ、お座りください」

「…………」

「どうした?」

「……いいえ。始めてください、部活に行きたいです」


 こんな好青年みたいな聖先生見てて楽しいもんじゃあない。もういっそ聖先生の近くになんていたくなくて俺がそう低い声で言うと、なぜか聖先生は一瞬だけ面白そうに笑った。うん、見慣れているのはこのいやらしいドSの顔だ。


「まず、これが実力テストの結果。お前、来年以降どうすんだ?」

「どうも。このまま上行って、大学部卒業したら家の事業の研究者になります」


 面談の話なんてのは事前に聖先生が至極事務的に話してくれた。なんでも家の繋がりは大事だけどここにいる場合は教師と生徒と保護者なのだから教員は権力には屈しないらしい。もともと聖先生は権力になんて屈しない人間だからそれを聞いた時は何言ってんだと鼻で笑ったもんだ。
 俺が質問に即答で答えると、聖先生はとってもつまらなそうな顔をした。なんだ、ボケてほしかったのか。でも残念ながら俺は一誠じゃあないからボケないし。


「……変更なしな。成績もお前は特に問題ないし、お母様は何かありますか?」

「何スかそのつまんなそうな顔」

「俺、そんな顔してるか?」


 キラーンみたいな効果がつきそうなほどにわざとらしいスマイル。いや、だって心底つまんなそうな顔してたじゃないですか。俺の面談は三分で終了かも。それのほうが嬉しいし、多分親だって聞きたい事はないだろう。俺、そこそこ優秀で手も掛からないし。つか、うちの家族は結構覚めているのでお互いに不干渉。じゃなきゃ寮になんて入ってねぇし。
 聖先生は資料に数文字書き込んだ後、なぜか視線を落としてにこりと笑って母親を見た。


「康平、5つ上のお姉さんいるんだな。てことは今22か」

「それが何か……?」

「お母さんお若いですね」

「まぁ」


 にっこりと聖先生がお袋に向かって笑った。お袋はお袋で満更でもない顔をしている。おいおい、もう60近いおばあちゃんに何言ってんだこの人。もしかして聖先生って熟女好きなのかな。いや、まさか……。だって聖先生既婚者だし。っていうか今気付いたけど、聖先生指輪どころかアクセが一つもついてない。いっつも怒られるくらいしてるのに。


「先生、終わったなら面談終わり!俺部活行きたいし問題ないッスよね!?」

「そう焦るなよ。持ち時間余ってるだろ?」

「終わりったら終わりです!」

「康平、何をそんなに焦っているの?何かやましいことでも隠してるの?」

「お袋は黙っとけ!聖先生、保護者に手ぇ出したって真坂先生に言いつけますからね」

「ハァ!?お前何言ってんだよ、手なんて出してねぇだろ!」

「出す気満々じゃねぇか!」


 訳も分からないようでいぶかしむような表情を向けてくるお袋に資料とかを押し付けて教室から追い出そうとしたけれど、お袋は何を疑っているんだか聖先生に「うちの子大丈夫でしょうか」とか聞きやがった。もう本当にどうにでもなれってんだ。そもそも俺、悪いことしてないし。
 諦めて椅子にドカッと腰を下ろすと、聖先生は薄く笑って「大丈夫ですよ」と穏やかに言った。そしてそういうなら終わりにすると言いだす始末。何となく変な糸を感じるけれど、終わりは終わりなので俺は席を立った。


「先生、よろしくお願いいたします」

「はい、ご安心ください。康平、悪いけど次一誠だから声掛けてきてくれ」


 教室を出る際に母が聖先生に頭を下げた。にこりと笑った先生が了承する。寮に入っている俺の心配してくれるのはありがたいけど、今まで放任で干渉なんてしてこなかった親からそんな事を言われるなんて少しくすぐったい。足早に教室を出ようと思った俺を、聖先生は再度引きとめた。


「康平。それから、お前が取り乱した姿見れて面白かった」

「だから遊ぶなら圭太か智紀あたりにしてください」


 普段あんまり取り乱すことのない俺に対して聖先生は、俺が一番レギュラーのなかで一番大人びていると言う。その俺をこんな場所で取り乱させるなんて、その意地の悪さには感服する。親に対してだって本気で怒ったこともなければ困ったとこもテンパッたところも見せていないのに。ものすごい恥ずかしかった。
 あまりの恥ずかしさに、お袋を門まで送るのに一歩先を歩く。並んだら、この顔まで見られてしまいそうだった。


「康平」

「……んーだよ」

「学校が楽しそうでよかったわ」


 普段から会話のない俺たち家族は、たったそれだけの会話を交わして以降、やはり会話はなかった。ただ、お袋は一歩後ろで「あの先生とっても奇麗ね〜」とか言っていたからやっぱりさっさと出てきてよかったと思った。










 三者面談なんて、竜田に通っている人間で必要な人なんて本当にいるのかどうか結構疑問だったけど、聖先生に言わせたところ保護者に対する必要な連絡をするための行事らしい。だったらオレには何の意味もないんじゃないかって本気で思うわけです。だってさ、聖先生は兄ちゃんの友達だから家の親知ってるし。それに、そもそも……。


「次、一誠」

「前原一誠の保護者代理さんじょー!」

「は?一誠、俺保護者って言ったじゃねぇかよ」


 だって、オレの保護者で来たのは聖先生の同級生なオレの兄ちゃんなんだよ。連絡事項とかもう伝わる訳ないじゃん。そもそもどうして兄ちゃんかって言うと、父ちゃんが入院しちゃったから。父ちゃんは足を折って入院したんだけど、大丈夫だからオレの面談にって言ってた。けど兄ちゃんが何故か知らないけど代わりに行くって無駄に心配そな顔で言うから父ちゃんも母ちゃんもそれを信じて兄ちゃんにまかせやがった。ま、オレの担任が兄ちゃんの友達って知らなかったんだろうけどさ。オレとしてはじいちゃんに来て欲しかったけど、残念なことに今工房に篭って山の中だから電波も通じない。


「いいから始めろよ聖ぃ。俺、お前の教師姿からかいに来たんだし」

「つかお前が真坂先生に面談してもらえよ。呼んで来てやるから」

「何で俺?今日は一誠のだろ〜?」

「だってお前、まだヒモなんだろ。いい加減にしとけよ」

「いーの、いーの。家は一誠が継ぐし」

「マジで?へー、陶芸家か」


 オレ、置いてきぼり。オレの面談のはずなのに聖先生ってば兄ちゃんに会ってとってもフランク。康平から真面目にホストみたいって言われたからどんなかと思ってたけど、超普通じゃん。ただ、スーツが高そうだった。いつもジャケット脱いでるのに。


「あれ、聖それ結構いいスーツ?」

「あぁ、チェスターバリーのオーダー。お前にゃ買えねぇだろ」

「うわ、聖がもの自慢するなんて珍しいじゃん。何、どしたの?」

「別に。一誠ほら、テスト結果」


 何か、オレすっげぇ自分がかわいそうだと思う。なんでこんな適当に扱われてんの?
 聖先生はオレのテスト結果をぞんざいに机の上を滑らせた。まあ結果なんて分かってるからいいけどさ、もうちょっとなんかあるじゃんか。ペラリと捲ってみた所で思っていた結果とは変わらないし。文系科目も悪いけど、理系科目も駄目なんだオレ。つか、オレどうして理系クラスにいるのかちょっと疑問に思ってきた。


「もうちょっと丁寧に扱ってくれてもいいんじゃ……」

「たかが紙に何言ってんだ。で、感想は?」

「そんなもんねぇです」


 聖先生さ、いくら友達とその弟だからって面談中に煙草はないんじゃないですか。なんか普通に吸い出した聖先生に呆れながら、俺は本気で誰かに進路を相談したくなってきた。いや、いいんだけどさ理系でも。正直まだどうするかなんて全く考えてないのが現状だから、来年考えても良いし。


「分かってると思うけどお前赤点の数ギリギリだからな。補習決定、頑張れ」

「マージで!?一誠バカでぇ、俺の弟の癖に!」

「言っとくけど寿季と変わんねぇ成績だぞ」

「……いや、俺一誠ほど頭悪くないじゃん?」

「赤点の数、一緒だったけど」

「うわ、マジかよー!」


 兄ちゃんが頭を抱えて喚いた。兄ちゃんも赤点多かったってじいちゃんたちに聞いてたけど、俺と一緒ってことは6こかな。……うん、我ながら多いと思う。でも俺勉強嫌いだし、そもそも勉強って将来役に立つのかって考えると絶対に使わないじゃんベクトルとか。だからやる気になんないんだよな。体育とか実技科目は点数いいのがその証拠だと思う。


「ところで聖、来週ヒマ?」

「来週?日曜なら特にねぇけど」

「今度リニューアルする屋内スキー場あんじゃん、笠原グループの」

「あぁ、それが?」

「オープン前に遊びに来ないかって誘われてんだけど」

「マジで!?行く行く、来週な」

「……来週ってテスト前なんじゃ」

「うるせぇ黙れ」


 俺の意見なんて総無視ですか。えぇ、わかりましたよ。もうオレの面談なんてする気ないじゃんこの男たち。つか、やっぱり兄ちゃんが来た時点で駄目だったんだな。もうどうしようかと思っている間に聖先生と兄ちゃんたちの会話はスキーからスキーの思い出にシフトしていく。なんかもういっそ、早く面談の時間が終われば良いのに。
 しばらくして聖先生が如何にスキー場でモテたかと言う話になったとき、不意に教室の扉が開いた。


「随分騒がしいが、真面目にやっているんだろうな?」

「「ゲッ、真坂先生!」」


 兄ちゃんと聖先生の声が被った。げって、ものすごく悪いことしてましたって自己申告ですよね。案の定真坂先生は口ひげで隠された口元をピクピクさせて兄ちゃんと聖先生を見た後、震える意気を制御して息を大きく吸い込んだ。


「仕事くらい真面目にできんのか馬鹿者が!」

「俺じゃなくて寿季が悪い!」

「うるさい。聖、前原、指導室に来い」

「えー、俺もう生徒じゃないっすよ」

「煩いと言ったはずだ。前原の面談は日を改めて私が行う。さっさと来い」


 聖先生と兄ちゃんは、学生の頃と同様にずるずると真坂先生に引き摺られるようにして指導室に行ってしまった。ので、取り残されたオレはテスト結果で紙飛行機を作って窓から飛ばしてみた。オレが最後で、本当によかった。
 飛ばしてから思ったけれど、あれオレの名前入ってるから誰かが開いたらばれる。慌てて回収するために教室を飛び出した。





−結ぶ−

一番の男前は一誠ですが、一番大人なのは康平だと思います。
そして、圭太は一番現役男子高生(笑)