こんにちは、手紙の向こうのだれか。お元気ですか。
ダスト・ホーム号の下っ端船員のリッチ・クーです。ぼくがこの海賊船に拾われてもう5年になりました。ぼくは無事に5体満足で元気です。今日は、最近あった船の事をお話しますね。
数日前のことだったと思います(船に乗っていると、時間の感覚が分からなくなるから嫌です。時間なんてあってないようなものですから、朝と夜だけ分かれば十分ですが)。
ぼくらは、『マリーローズ姐さんの歌』を歌っていいました。『マリーローズ姐さんの歌』って言うのは、文字通りにキャプテンの奥さんの、マリーローズ姐さんの歌です。マリーローズ姐さんの歌はあるのに、キャプテンの歌はありません。だってみんな、キャプテンよりも姐さんの方が強いと思っていますから。
その時、空から不思議なものが落ちてきたのです。それは、不幸の手紙でした。
『この手紙を1時間以内に3人に回さなければ悪い事が起こる』
そう書かれている手紙をどうしようかと思いマリーローズ姐さんに見せた所、姐さんは面白そうに笑って、こう言いました。
「こりゃあいい! ジスにこのまま持って行ってやれ。お前宛だと言ってな!」
ぼくは何て非情な人だと思いました。キャプテンに持って行ったら絶対にビックリしてパニックを起こすに決まっているのに。でもぼくはマリーローズ姐さんの方が怖いことを知っているので、キャプテンの所に持って行きました。やっぱりキャプテンは冷静さを装って、でも慌てて手紙を書いていました。
ぼくを拾ってくれたキャプテンにも姐さんにも感謝しているし、彼らは僕を子供のように大事にしてくれます。だからぼくは世界の法則に則って、父よりも母を大事にしたいと思います。
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「マリーローズ!」
ぼくが万年筆を置いた丁度そのとき、甲板からキャプテンの大声が聞こえてきました。低音の声に、反射的に僕もビクリと肩を竦ませてしまいます。
「マリーローズ! 何処にいる!?」
キャプテンの怒鳴り声で甲板には乗組員が集まってきていて、何が起こっているのかとぼくも甲板に出ると、ちょうどマリーローズ姐さんが船室から出てきた所でした。
「マリーローズ!!」
「なに、うっさいな。そんなに叫ばなくても聞こえてるっつの」
気だるげに長いプラチナの髪をかきあげながら、姐さんが不機嫌に顔を歪めています。今日も露出の激しい服を着ています。いつも冷静なキャプテンは、マリーローズ姐さんの前になるとクールさはどこかへすっ飛ばしてしまうので、額に血管が浮かんでいます。
「まず服を着ろ!」
「服だろ。大体、アンタの大声で起きたんだからそんな着込む時間ねぇよ」
「もう昼だ! いつまでも寝てんじゃねえ!!」
「あのね。アンタが毎晩毎晩シツコイから寝不足なの。アンタのせいなの」
マリーローズ姐さんは、低血圧です。声も低ければ眇められた碧眼は寒気がするほど怖いし、何よりも口がいつもの数倍悪いです。それはそれは、そこらの発情期な男の人よりもハッキリ言います。
「そ、そんなことよりも! 大砲の弾が数発たらんのだが?」
「知らねー」
鼻で笑って、姐さんはおもむろに手を差し出しました。一番近くにいた船員が、さっとマリーローズ姐さんの手に葉巻を差し出します。その反対側では火種を用意しています。白煙を吐き出して、マリーローズ姐さんは不機嫌です。青い空なのに、その下の空気はギスギスです。キャプテンの血管は今にもブチブチ切れそうです。
これがぼくたちダスト・ホーム号の日常なんですが。
「その無駄にでかい乳に隠してんじゃないのか……?」
ぽつりと吐き出されたキャプテンの言葉は、きっちりしっかり姐さんの地雷を踏んでしまいました。あからさまに姐さんがキャプテンを睨みつけます。なぜキャプテンはこんな人を奥さんにしたんでしょうか。疑問が浮かびます。
「その乳が好きで揉んでんのは、ドコのドイツだ?」
「俺だ悪いか!?」
「悪いっつーんだよ、ヘタクソ! これで言い寄ってくる女が多いってんだから笑っちまう。顔が良いって得だねぇ、ジス・ロディカル船長?」
「お前だってその乳で男を垂らし込んでんだろーが!」
「この乳に寄ってきたのはオメェだけだよ!」
……こんなのが、日常です。
こんなでも、ぼくにとっては大切でカッコいい人たちなんです!
「リック! 胸糞悪い。飯の用意だ」
「はい! マリーローズ姐さん」
触らぬ神に祟りなし、とはどこの国の言葉だったでしょうか。だいぶご立腹の姐さんはイライラと葉巻を吹かしています。甲板をまた焦がすつもりでしょうか。
キャプテンと食事をとれるのは、マリーローズ姐さんとぼくだけです。本当はキャプテンと姐さんだけなのですが、ぼくは特別なのだそうです。拾われて少ししたころに姐さんに聞いたら、ぼくは2人の子供のようだから良いのだと言っていました。
食事と言っても、こういうときの姐さんは好きなものしか食べません。メインディッシュの肉をキャプテンの方に押しやり、サラダをつつきながらお酒を飲んでいます。必然的に、ぼくの目は姐さんのデザートの方に行ってしまう訳で。
「欲しいなら食え」
3人でいるとき、姐さんはとても優しい目をしてぼくにそう言ってくれます。いつもはひどく傍若無人ですが、本当は優しい人なのだとみんな知っています。キャプテンと2人きりのときは知りませんが。
「ありがとうございます! マリーローズ姐さん」
ぼくが言うと、姐さんもキャプテンも微笑みました。こんな空間がぼくは本当に大好きなんです。ぼくが姐さんからもらったプリンを食べようとしたとき……そういえば、キャプテンは僕にプリンをくれたことがありません。
「マリーローズ姐さん、いらっしゃいますか!」
「何だ?」
ドォン
地鳴りのように船全体が震えました。もちろん、プリンも。
「後方より船影を確認。たぶん一昨日の海軍です!」
「また来やがったか、ナマス野郎め!」
がたっと椅子を倒して立ち上がって、姐さんが楽しそうに笑いました。本当に、戦闘のときが一番楽しそうです。新しい葉巻に火を点けて、お気に入りのジャケットを着て武器の確認をして。
「総員、武器を持て!」
「ちょっと待て! 一昨日ってのは何のことだ!?」
一昨日、姐さんが海軍の船に追われていたにも係わらず挑発して相手を怒らせたのを知らないのは、キャプテンだけです。
「久々の大喧嘩だ! 暴れるよ!!」
楽しそうに2挺の拳銃を手に持って2振りの剣を腰に差して船室を出て行ったマリーローズ姐さんの後を、慌ててキャプテンが追います。きっと少ししたら姐さんが血に汚れた顔で満面の笑みを浮かべながら、ぼくにお土産を持ってきてくれます。
それが、ぼくたちダスト・ホーム号の日常です。
次にお手紙を書くときまで、ぼくは元気にしています。
どうかあなたもお元気で、手紙の向こうのだれか。
-おわり-
姐さんは(ねえさん)と読んでください。
此れのコンセプトは「部誌ギリギリまでの挑戦」でした。