こんにちは、手紙の向こうのだれか。夏真っ盛り、入道雲が出ていますがお元気ですか? ダストホーム号の下っ端船員、リッチ・クーです。ぼくは今日も5体満足で元気です。
最近ぼくは思うことがあるのです。ダスト・ホーム号に拾われて5年経ちました。あの時は7つだったけれど、ぼくはもう12歳です。昨日も一昨日も戦闘がありました。この船のキャプテンもその奥さんも喧嘩が大好きですから、戦闘なんて日常茶飯事日課のようなものです。けれどぼくは彼らの息子のくせに、戦闘中はいつも隠れています。もちろん終わった後に姐さんが迎えに来てくれて、返り血塗れの顔で笑ってくれるのが大好きです。けれど僕だって男の子。それじゃあダメだと思うんです。
 ダスト・ホーム号にはいろいろな人が乗っています。コックのカオンちゃんやコック長のジャスパーさん、船大工のケミーさんやドクターのフェリエルさん。みんなみんな大切な仲間です。そして船には武器職人のヘイジョさんがいます。彼はとても優秀な武器職人さんで、キャプテンの武器も副船長の武器も造りました(けれど、副船長は武器をちゃんと使いません)。マリーローズ姐さんはヘイジョさんに武器を作らせはしませんでしたが、腰の青龍刀を研がせています。とにかく、ヘイジョさんは武器を作らせたらテンパ一品……じゃなくて天下一品なんです!





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 ヘイジョ・レティさんの工房には大きな炉があります。そこで武器の生成をしたりしているんです。いつも室温が高くて湿気もあって、全体的に汗臭い感じなのでマリーローズ姐さんはあまりここに来てはいけないと言います。いつもはマリーローズ姐さんに言われたら絶対に従いますが(だって母親はもっとも尊いものですから)、今日ばかりはそういう訳には行かないんです。それに、天然パーマには悪い人はいないと何かの本で読みました。ヘイジョさんは音楽家の人たちみたいにものすごい髪のクルクルしている人なので、大丈夫だと思います。


「リッチに武器ねぇ。本当に必要だと思うのかい?」

「ぼくだってもう12歳なんです!」


 少しだけ困ったような顔をしたヘイジョさんにどうにか武器を作ってもらおうとぼくは食い下がりますが、ヘイジョさんの表情は困ったままでした。どうしてぼくが武器を持ったらいけないのでしょうか。もしかして、マリーローズ姐さんに止められているのでしょうか。けれど、姐さんは前にナイフを買ってくれました。


「お願いしますヘイジョさん!」

「そう言われても……キャプテンに止められてるしねぇ」

「キャプテンに、ですか?」


 思いがけない名前にぼくはビックリして繰り返してしまいました。海賊は普通一人前になったら独立します。けれど親がキャプテンの場合はそれを継ぐのが普通なのです。自分の力で海を暴れまわりたい者や継ぐ船がない者が独立する。だから姐さんはいつもぼくに次のキャプテンはぼくだと言ってくれています。なのに、どうしてキャプテンはぼくに武器を持たせてくれないのでしょうか。
 ぼくが泣きそうな顔をしていたのでしょう、ヘイジョさんは困った顔のままぼくを見ていました。やはり何度お願いしてもダメなのでしょう、ぼくはただの拾われた子で、この船のキャプテンはジス・ロディカル船長なんですから。そのとき、釣竿を担いだ副船長が鼻歌交じりにやってきました。汗臭い部屋で泣きそうになっている僕とその正面で困ったまま固まっているヘイジョさんに軽快だった足を止めます。


「……新しいルアー取りに来たんだが、何やってんだ?」

「副船長!ぼくこのまま捨てられちゃうんです!」

「はぁ!?」


 ぼくが入ってきた副船長のズボンに縋るようにして言うと、彼は精悍な顔を僅かに顰めてじっとぼくを見下ろしてそれからヘイジョさんを見て訳が分からないという顔をしました。だからぼくがこのままキャプテンに捨てられてしまうんだという話をすると、彼は一瞬ポカンとしてから大きな声で笑い始めました。ぼくにとっては笑い事じゃないというのに、副船長はそろそろいい年だから笑っていられるんです。ぼくはこの先人生長いのにどうすればいいんでしょうか。


「ハッハッハッ!そんなことで悩んでんのか!?」

「副船長は老い先短いから笑えるんですー!」

「テメ、助けねぇぞ」


 副船長はそういってぼくの頭を一発ポカリと殴りました。痛かったけれど文句を言わずに見上げていたら、彼は手を差し出してヘイジョさんに新しいルアーを出すように言いました。副船長は釣りが好きです。だからってぼくのことをほったらかしにするなんて、あとでマリーローズ姐さんに言いつけてやろうと思います。


「上物のルアーじゃねぇか。でけぇタコでも釣ってやるか」

「タコよりぼくの武器です!」

「あーへいへい。ヘイジョ、見繕ってやれ」

「で、ですが……」

「いいから、いいから」


 渋るヘイジョさんに副船長は強引にぼくの武器になりそうなものを選ばせました。ヘイジョさんが選んでいる間、副船長は一服です。たゆたう紫煙を見つめながらぼくは、キャプテンに拾われたときの事を思い出しました。ぼくはもともと戦争孤児と言う奴で、施設にいました。そこが海賊に襲われてそのときにたった1人生き残ったのがぼくだったのです。もちろん、町を襲ったのは別の海賊です。だからぼくはぼくを見つけてくれたキャプテンが大好きです。いくらへタレでも尊敬していたんです。


「リッチは体が小さいから、この辺がいいと思うよ」


 そう言いながら出してきてくれたのは、鎖鎌でした。鎖の先端に鋭い刃のついている、あれです。ぼくに扱える代物かどうか分かりませんが、ヘイジョさんの目に狂いはありません。それか、と言ってヘイジョさんがもう一つ出したがキャプテンと同じランスでした。副船長がそれを見比べて面白そうに笑います。


「ジスとお揃いってのも面白いかもな」

「鎖鎌の方がいいと思いますけどねー」


 大人2人がぼくの武器について話している間に、ぼくは自分で持ってみたりしました。マリーローズ姐さんがいつも「武器を選ぶんじゃない、武器が選んでくれるんだ」と言っている意味を分かりたかったんです。
 ぼくがキャプテンみたいにランスを構えたときでした。キャプテンとマリーローズ姐さんが一緒に入ってきました。ぼくを見た瞬間キャプテンの目が険しく、マリーローズ姐さんの目が不審に歪みます。


「ヘイジョ、こいつを研いでおきな。リック、こんなところで何をしている?」

「あ、姐さん……あの……」

「ヘイジョ!俺はリッチに武器を与えるなと言ったはずだぞ」


 珍しくキャプテンの低くて怖い声がしてぼくは思わず身を竦めました。慌ててランスを手放して副船長の後ろに隠れます。マリーローズ姐さんはぼくとランスを交互に見て険しい顔をしていましたが、ぼくの隣に鎖鎌が落ちていることに気づいて僅かに表情を和らげました。その間にもキャプテンはヘイジョさんに詰め寄ります。


「リッチにランス?俺の話を聞いていなかったのかお前は?」

「きゃ、キャプテン……違うんです」

「何が違う!?」

「まぁまぁ、落ち着けよジス」

「お前は老い先短いから落ち着いてられるんだろうが、俺はまだ若いからそうは言ってられん!」

「お前等2人揃って人のこと老人扱いしやがって……」


 副船長はいとも簡単に切れてしまいました。ぼくがビックリして副船長から離れると、マリーローズ姐さんが膝を着いてぼくを手招いてくれました。その顔はもう怒っていなくて、ぼくは素直に姐さんの所に行きます。何となくばつが悪くて姐さんの前で俯いていると、姐さんは優しい声でぼくの顔を覗き込みました。


「リック、どうして武器を持とうと思ったのか言ってごらん」


 マリーローズ姐さんはとても厳しい人です。戦闘が大好きですが、それにはいつも一つの信念があります。何かを守ること。ぼくを拾うまで、姐さんは信念を守っていたそうです。けれどぼくを拾ってからはぼくを守るために戦っていると言っていました。海賊は正義ではありません。だから正当に血を流す理由がありません。いつだって悪役なのですから。だからせめて真っ直ぐに戦うべきなのだと、ぼくはずっと聞かされていました。けれど口にするのは恥ずかしくて、小さな声になってしまいました。


「……姐さんを、守りたいんです……」



 ぼくはまだ弱いかもしれない。けれど大好きな姐さんを守りたいんです。ぼくが言うと姐さんは一瞬ビックリしていましたがすぐに笑ってぼくをぎゅっと抱きしめてくれました。


「誰が武器を持っていいと言った」


 けれど、やっぱりキャプテンはぼくが武器を持って戦うのに反対なようです。厳しい声で言うキャプテンを姐さんはギロリと睨みます。いつもなら怯むキャプテンですが、今日はいつもと全然違って格好良く姐さんを睨み返しました。僅かに足が震えているのは見ていない振りをしてあげます。


「俺は良いとは言っていない。この船のルールは俺だ」

「そのルールとやらの理由は何だってんだ?息子が自分から戦う意思を示してるのにそれを許さない理由を言ってみろ!」


 底冷えするようなキャプテンの視線を諸共せず、マリーローズ姐さんは怒鳴りました。姐さんは生まれたときから海賊でした。そして姐さんのお父さんの船の乗組員だったがキャプテンだったのだと副船長が言っていました。だから姐さんの方が寄り海賊らしいのだと、そう言っていました。それに、キャプテンは女々しいそうです。


「リッチは元は普通の子だ。俺はいずれこいつを陸に上げるつもりだ」


 なんですって!?ぼくは姐さんの息子でキャプテンの息子でもあって、いつか立派に戦って一生海で生きて行くのだと思っていました。もしかしたらその間に可愛い女の子に出会って恋をして、副船長みたいに陸に残していくのもいいし浚ってお嫁さんにしてもいいと思っていました。なのに、キャプテンはぼくが邪魔だったのでしょうか?みんなが驚いているなか、マリーローズ姐さんだけが腰に手を当ててキャプテンを睨みました。


「今は私の息子だ。私はいずれこの子にこの船を継がせるつもりだ」

「俺の息子でもあるんだぞ!?」


 姐さんがぼくを引き寄せるように引っ張りました。ぼくはたたらを踏んで姐さんの大きな胸に抱きしめられます。柔らかいですが、苦しかったりします。これをいうと副船長は贅沢だといいますが。抱きしめられてすぐ、今度はキャプテンがぼくの腕をひっぱりました。それも力の限りです。


「痛い痛い!痛いです!!」

「腕ちぎれるって。お前らリッチを半分にでもする気か?」


 副船長の声がしたと同時に、姐さんがぼくの腕を離しました。きっとぼくの悲鳴に反応したんです。やっぱり姐さんは優しいんだと思ったら涙が出てきました。同時に姐さんを守る力もない自分が情けなくなってきます。反動でよろけながらキャプテンもぼくを離しました。けれど、2人の間には険悪な雰囲気が流れています。


「いい度胸だ、表出な」

「女の癖に俺に勝てると思ってるのか?」

「今まで負けた事がないね」

「体を許した男には勝てないことになってんだ」


 お互いを睨みつけながら、キャプテンと姐さんはお互いに武器を持って甲板に出てしまいました。ポカンと見送っていると、ほどなくして姐さんの銃声が聞こえてきました。どうしてこの人たちは暴力の中でしか物事を解決できないのでしょうか。それとも、それが海賊なのでしょうか。
 ぼくが首を傾げて、けれどこの争いはぼくのせいなのではないかと泣きそうになって副船長を見上げると、彼は笑って釣竿を担ぎました。


「あいつらはあーやってじゃれてるだけだから、心配すんな」


 「スキンシップ、スキンシップ」と笑って釣りに行ったので、ぼくはこのままヘイジョさんの工房に残って鎖鎌の使い方を練習する事にしました。キャプテンはダメと言ったけれど、この世は母親の言葉の方が正しいと決まっているのです。夕飯になる前には仲直りしてキャプテンの部屋に篭ってしまうでしょうから、ぼくは銃声と多分船員さんたちの野次馬声を聞きながら鎖鎌の練習を始めました。





 次にお手紙を書くときまで、ぼくは元気にしています。
 どうかあなたもお元気で、手紙の向こうのだれか。





-おわり-

副船長は十分若いですよ?