こんにちは、手紙の向こうのだれか。夏真っ盛り、入道雲が出ていますがお元気ですか? ダストホーム号の下っ端船員、リッチ・クーです。ぼくは今日も5体満足で元気です。
 長い長い、航海に出ています。いつもなら5日前後で港に入り食料の調達や金品の換金を行うのですが、もう10日くらいずっと船が海の上を休まず走り続けています。もちろんキャプテンはそれを見越して大量に食料を買い込ませましたし、みんな仕事があるので運動不足になることもありません。気のいい人たちがたくさん乗っているので暇を持て余すこともありません。ですが、戦闘もなくみんな代わり映えのしない刺激のない毎日にそろそろ飽きてきたようです。
 今までないくらいにみんなボーっとして、これで嵐でも来たら僕らは死んでしまうかもしれません。それくらいだれきって、とうとう船大工のダグラスさんは船先にマリーローズ姐さんの木造を作ろうとしてキャプテンに怒られていました。でもみんな、それくらい暇なんです。





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 暇なのだと、甲板で船大工さんたちが話をしていました。ぼくはそれを聞きながら釣りをしている副船長の隣で海を眺めています。副船長は暇なことはないといいます。釣りをしていればそれはもう暇ではなく釣りをしている時間だというし、僕には暇に見えても待っている時間が一番尊いのだと言います。その意味が分からなくて前にキャプテンに訊いたら「それはダニーが馬鹿なだけだ」と吐き捨てたのですが、ぼくはやっぱり納得できませんでした。今は何となく、分かる気がします。


「なぁ、リッチ」

「何ですか?」

「暇だな」


 副船長までそんなことを言い出しました。いつもは釣竿があれば暇なんて存在しないと豪語し、ずっと釣りをしていて怒られたこともあるのに。ぼくは海の上の浮具を見ながら時々跳ねる魚や空の青さ、流れる雲などを見ていたので暇ではありませんでした。でも副船長は珍しく釣竿を甲板に投げ出してそこでひっくり返りました。


「いい加減に飽きた。そろそろ海軍でも出ねーかな」

「当分その予定はないってキャプテンは言ってました」

「ジスの野郎、何日航海続ける気なんだ。独り身にはこたえるぜ」


 副船長は口の中で文句を言って、通りかかったシェフのララちゃんに手を振っていました。ララちゃんは優しい女の子です。赤茶けた髪を2つにみつあみにしています。この船の中では最年少の女の子ですが、ぼくよりも年上です。
 ララちゃんが立ち止まると、副船長はそのままの体勢でへらりと笑いました。


「ララちゃん、今夜暇ー?お兄さんと大人の階段登んねぇ?」

「やだ、副船長ってば。寝言は寝て言ってください、オジサン」

「……ララちゃんって、たまにキツいよな」


 にこにこ笑って、ララちゃんはぼくにだけ手を振って言ってしまいました。副船長が何を言わんとしていたか分かりませんが、ララちゃんの気に障ったようです。ララちゃんはいつもにこにこしてお人形さんみたいですが、口が悪いのです。でも、ぼくはそうは思いません。ぼくにはララちゃんはとっても優しいですから。


「つーかさ、お前らそこで何してんの」

「余りにも暇なので、マリーローズ姐さんの像でも作ろうかと思いまして」

「阿呆か」


 船大工さんたちが集まって何かの相談をしているようだったので副船長が起き上がるのも億劫なのでしょう、寝転がったまま訊くと船大工さんたちはキラキラした目で答えました。なんだかキラキラと言うよりもギラギラです。それだけ暇なのでしょう。それも全員で話し合いをするくらい本気のようです。


「誰かヘイジョも呼んでこようぜ」

「あたしが行ってくるわ。ついでに呑むでしょ?」


 何の理由で武器職人のヘイジョさんが必要なのか分かりませんが、タナーシャさんがさっさと行ってしまいました。船では、昼間の飲酒を禁止しています。それはもちろんキャプテンも姐さんも守っている絶対の決まりごとです。お祝いの日などを除いて禁止なのに、どうしてタナーシャさんを見送ったうち一人が「つまみがいるだろ、ジャスパーに何か作らせてくる」と行ってしまったのでしょうか。不思議でしょうがありません。


「……相当暇だな」

「でも、お酒のむのはだめですよ」

「それだけ暇なんだからちったぁ大目に見てやれ。退屈は人を殺すんだぜ?」


 それは聞いたことがあるけど、それとこれとは違う気がします。でも副船長はあろうことか船大工さんたちの仲間に入ってしまいました。のそのそ起き上がって、輪の中に入ります。タナーシャさんが持って来たお酒を持って、当然と言うふうに乾杯の音頭すら取りました。大人たちは一気に宴会の様子です。まだ昼間なのに。


「リッチもそんな所にいないでこっちおいで」

「えぇ!?」

「ほら、こっちで呑めよ。そろそろ大人になってもいいだろ」


 酔った大人たちは際限ありません。ぼくはキャプテンにきつく呑んではいけないといわれているので遠慮しているのですが、船大工さんたちがぼくの肩を抱いて円にいれ、無理矢理呑ませようとしてきます。実は、マリーローズ姐さんに呑ませてもらったこともありますがあまり美味しいものではないと思います。どうして大人はお酒がすきなのでしょうか。
 楽しそうにマリーローズ姐さんの歌を歌っている人たちの輪からどうにか抜け出して、船内に避難しようとしたけれど、入り口で誰かに思い切りぶつかって後ろに転がってしまいました。


「どうしたんだい、リック」

「マリーローズ姐さん!」

「どうしてここに酒があるんだ」

「すみませんキャプテン!」


 ぶつかったのはマリーローズ姐さんだったようです。部屋から出てきたのでしょう、少しだるそうです。その後ろにはキャプテンも不機嫌な顔で立っています。キャプテンが不機嫌な顔なのは今に始まったことではないのですが、キャプテンも暇を持て余しているのでしょうか。
 キャプテンがじろりと輪の中心の樽に気づき、目を吊り上げます。酔っ払いたちはさっきのテンションの高さをどこに捨て去ったのか、一斉に顔を青くしていました。けれど、副船長だけはへらへら笑って残ったお酒を飲み干します。


「いいじゃねーか、少しくらい大目に見てやったって」

「……どうしてお前まで呑んでいるんだ、ダニー」

「俺たちだって暇なのよ」


 そう言って副船長は軽く肩を竦めたけれど、キャプテンの額に青筋が浮かんだだけでした。いつものようにキャプテンの肩に腕を回しますが、キャプテンが冷たい顔でそれを払い落とします。キャプテンよりも10センチ以上背が高いので、近くに行くとキャプテンは副船長に見下ろされる形になります。それが気に喰わないのでしょう、キャプテンはいつだって副船長が隣に立つのを嫌がります。


「だからといって呑む理由になるか」

「だってもう10日だぜ?お前はいつでもどこでも抜けるから良いだろうけど、俺なんて独り身だぜ?」

「それとこれとは関係ない!」

「どうしてくれんだよ、この絶倫マグナムを」

「知るか!!」


 キャプテンが怒鳴りますが、副船長はただ笑っています。キャプテンは熱くなりやすいのがたまに傷だと言いますが、ぼくは熱くなっていないキャプテンは正常ではないのではないかと思っています。いつもは熱いんだけど、クールな振りをしてマリーローズ姐さんの気を引いているんです。きっとそうに決まってます。


「そろそろ港にでも入らねーと全くつまらん」

「残念だがあと5日は海の上だ」

「何でだよ。ここから一番近いのはジョージタウンだろ?2日もかかんねーぞ」

「港には寄らん」

「だからなんで!」

「……この辺には、ターコイズ号がいる」

「それが理由かよ!?」


 副船長はビックリしていますが、ターコイズ号とは何なのでしょう。ぼくは全く分からず、ただマリーローズ姐さんの隣で黙って聞いていました。マリーローズ姐さんはもうすでに興味がキャプテンたちから移ってしまったのかぼんやりと銜えた葉巻かた立ち上る煙を見ています。


「姐さん、ターコイズ号って誰の船ですか?」

「リックは知らなかったのかい。私の父親の船、つまりジスにとっては古巣になる」

「姐さんの、父親……。何か想像できないです」

「私だって人の子さ。私としてはお前を紹介してもいいと思っているんだが、どうにもジスが今回は頑固でね」


 いつもなら姐さんの方が立場が上なのに、今回はキャプテンの強情が通っているようです。姐さんは苦笑していますが、お父さんが近くにいるのに会いに行きたくはないのでしょうか。もしもぼくが姐さんやキャプテンのいるこの船から降りて他の船に移ったとして、近くにいるのに帰りたくならないのでしょうか。ぼくはきっと帰りたくなります。キャプテンだけだったらどうか分かりませんが、姐さんに会いたいですから。


「じゃあ、こんな方にこなきゃいいのに。どこに向かってるんですか?」

「小さな島だ。伝説のお宝の地図をこの間手に入れたのさ」


 そう言って姐さんは笑いました。宝探しだ!街じゃない場所に下りて探検するのは怖いけれどぼくは大好きです。でも武器とか食料の調達とかは大丈夫なのでしょうか。少し不安になります。それを訊いたら、大丈夫だといわれました。マリーローズ姐さんが大丈夫と言うなら大丈夫なんでしょう。ぼくは安心しました。


「じゃあ姐さんの像は金箔ってことで!」


 突然の声。宴会は続いていたようです。キャプテンは副船長の相手で精一杯だったのでしょう、驚きの表情を浮かべています。姐さんでさえ呆れたような顔をして宴会のメンバーを見ました。それからぼくを見て首を傾げます。


「一体何の話だい?」

「姐さんの像を作るって言ってました」


 ぼくが正直に答えると、姐さんは笑いキャプテンは怒りました。そんなものをつけたら姐さんに船を乗っ取られるようなものだそうです。もうすでにこの船は姐さんのものなんだから変わらないと思いますが、キャプテンとしてはそれは嫌なようです。
 けれど暇は時として人に悪夢を与えるようで、この計画は止まりそうもありませんでした。





 次にお手紙を書くときまで、ぼくは元気にしています。
 どうかあなたもお元気で、手紙の向こうのだれか。





-おわり-

像は舳先につけられます。