こんにちは、手紙の向こうのだれか。曇りがちの日が続いていますが、お元気ですか? ダストホーム号の下っ端船員、リッチ・クーです。ぼくは今日もかろうじて5体満足で風邪も引かずに元気です。
この間宝の地図を見つけました。ダスト・ホーム号は海賊ですが、宝探しよりもみんな戦闘が大好きです。だから大抵のお宝は敵船から奪ったもので、ぼくはいつも奥で縮こまっているのでお宝を貰いません。マリーローズ姐さんはぼくにもくれるのですが、何もしていない僕が受け取れるわけがありません。
でも今回は、補給のために街に寄ったときにキャプテンが宝の地図を持ってきました。誰かに貰ったと言っていたのではじめは誰も信じなかったのですが、調べているうちにそれは本物の、しかも大物の地図だということ分かりました。現在、その島に向かっての航海中です。今回はぼくもしっかりと参加できるので、貰ったお宝で何を買うか今からわくわくしています。
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ぼくらが向かっているのは北の方の小さな島です。古ぼけた地図はとても寒い場所に宝を隠したと描いてあったらしいです。ぼくは詳しく知りませんが、航海士のキライお姉さんが寒いところなんて思いつかないわと言っていました。海賊が宝を隠すのはたいていが暖かい南の島です。なぜかというと、隠す場所は隠す人間にとっても心地の良いところだからだそうです。
「キャプテンは宝を何に使いますか?」
「船の修理だな」
ご飯を食べているとき、フォークを銜えながら海図を見て顔を歪めているキャプテンに思い切って訊いてみました。いつも怖い顔をしているキャプテンもご飯のときとかマリーローズ姐さんとぼくと一緒にいるときは真面目な顔をしていてもぼくは話しかけられます。周りに他の人がいるときはキャプテンのメンツというものがあるのだとキライお姐さんが言っていました。
海図から顔を上げたキャプテンは、食事を再開させながら即答です。そのときにチラッとマリーローズ姐さんを見ていましたが、姐さんは無視してサラダを食べています。
「お前の破壊した船だからお前が修理するのが通りのはずだがな」
「お前の船なんだろう?」
「壊したのはお前だ!」
「不慮の事故じゃあないか」
「ほう……口で言っても分からねぇのか?」
「だから何だってんだい」
「リッチ、あっちに行っていろ。躯に訊いてやる」
「阿呆なこと言ってんじゃないよ。まだ食事中だろうが」
完全に目が据わっているキャプテンは、乱暴にフォークを置くと姐さんを睨みました。けれど姐さんは取り合わずにシレッと言ってサラダを食べ終わってシャンパンに手を伸ばします。ぼくも一口もらったことがありますが、あんまり美味しいものじゃあありませんでした。どうしてこんなものを大人は好んで呑むのかわかりません。
こくりと喉を鳴らしてグラスを空にした姐さんは、にこりと笑ってまだ食べているぼくの頭に手を置きました。
「リックは何に使うんだい?」
「ぼくですか?ぼくはまだ決めてないんです」
ぼくはまだ何にするか決めていないんです。だからキャプテンや姐さんを参考にしようと思いました。参考になるかは微妙なところだなとついさっき思いましたが。ぼくがそういうと、姐さんは目を細めて笑います。こういうときの姐さんはとても優しくて、ぼくは大好きです。もちろんいつもの姐さんも大好きですが!
「姐さんは何に使いますか?」
「そうだね、特に使うこともないかね」
「船の修理に使えばいいだろうが」
「そうだね、リックに何か買ってやろうか」
「無視か!」
でもぼくは本当は知っています。姐さんはお宝の使い道がないからと言って、お宝を換金してみんなで宴会するときのお酒代とか料理のお金とかをそこから出しているんです。だからぼくは、姐さんに何かを買ってあげようと思いました。ぼくを拾って育ててくれた大好きな姐さん。本当の子供のように接してくれる姐さんに、ぼくは恩返しがしたいのです。そして、立派な息子だと思われたいです。
ご飯を食べ終わってから、食器洗いを手伝いました。コックさんたちはぼくたちだけではなくて他の船員さんたちの分も作るし片付けもやるのでとても大変です。しかもみんなたくさん食べるので、いつも何か料理しています。下ごしらえとかを前手伝いましたが、ものすごく大変でした。
コック長のジャスパーさんはお昼ご飯が終わったばかりだというのに晩ごはんの準備をしに食料庫へ行ったそうです。
「ララちゃんは、お宝が手に入ったら何を買いますか?」
「私?私は新しい包丁セットよ」
「包丁セットですか?」
「そう。そうしたらみんなに美味しいご飯を作って上げられるでしょ?」
にっこりと笑ってお皿を拭いているララちゃんは、とっても素敵に見えます。自分のためじゃあなくて船のみんなのために使おうとしているのはとても素敵なことだと思います。ぼくは、自分のために姐さんのために使おうなんて、浅ましいのでしょうか。ひどい奴なんでしょうか。
なんだかどよーんとしてきて俯いてお皿を洗っていると、なぜか隣でララちゃんが笑いました。
「私は戦闘にも参加しないし、みんなに美味しいご飯食べてもらうくらいしかすることないもの」
「ララちゃん、偉いです」
「でもね、きっとそういうんじゃあないんだよ」
にっこりと笑って、ララちゃんは洗い終わったお皿をしまいに行きました。大きな食器棚にお皿の大きさを揃えて置いていきます。ぼくはどこに何があるか分からないから、邪魔にならないところに立っています。ジャスパーさんが戻ってきたと思ったら、「副船長は!?」と言うだけ言って出て行ってしまいました。たふん甲板で釣りをしていると思いますが。
「ジャスパーさんはどうしたのかしらね?」
「分かりません」
しばらく黙っていると、甲板からジャスパーさんの声が聞こえました。どうやら副船長が食料庫の食材を勝手に食べてしまったようです。そんな証拠はないと叫んでいる副船長にジャスパーさんは副船長以外いないと断言しました。いつも温和なジャスパーさんにしてはとてもはっきりしています。
外の会話にララちゃんは笑って、さっきの話だけどね、と言って話を戻しました。
「みんなこの船の一員だもの、ちゃんと何かしらの役割を果たしてるのよ。もちろんリッチもね」
「ぼくもですか?」
「うん。姐さんにも聞いてみたら?きっとそうだっていうから」
ぼくはこの船で何の係でもないし何ができるわけでもないのに、お宝をもらえます。まだ戦闘にも参加できないのに。少しずつお手伝いはできるようになっていますが、それだけです。姐さんに聞いたって優しいから、きっとそうだというに決まっています。そんな分かりきったことを姐さんに聞くのも申し訳ありません。
「あら、キャプテン」
「リッチ、ここにいたのか」
「キャプテン?」
「ララ、何かこいつにやらせていたのか?」
珍しく調理場に少し眉間に皺を寄せたキャプテンが顔を出しました。室内を見回してぼくを見つけるとそこで視線が止まります。ぼくが調理場にいることがどうして分かったのかはわかりませんが、ララちゃんが「手伝ってくれてたんです」と言うとキャプテンは珍しく目を細めて表情を緩めてそうか、と溜息のように呟きました。
けれどすぐにまた冷たい目に戻ってぼくに背を向けます。その背中が大人の男という感じがして、いつもは思わないのに格好いいなと思ってしまいました。
「リッチ、ちょっと来い」
「はい!」
キャプテンに呼ばれて、ぼくは慌てて出て行く背中を追いかけました。ぼくを呼んだくせにキャプテンは大股の早い歩調で歩いていきます。その先にあるのは、マスト。キャプテンが何も言わずにマストに登り始めてしまったので、ぼくも一生懸命追いかけました。けれどぼくが着いたのはキャプテンが長い足を投げ出して座って空を見上げてからでした。
「リッチ、座れ」
「はい」
言われてぼくはキャプテンの前に座りましたが、しばらくは何も言ってくれませんでした。ぼくもキャプテンと二人きりなんて状況はドキドキしてしまいます。ここでは誰も助けてくれないから、どれだけ怒られても大丈夫なんですから。でもぼくはまだキャプテンに怒られたことはありません。
「お前はしっかりしてるな」
「え?」
「お前は、手に入れた宝を何に使う」
「あの、ぼくは……」
「自分のために使っていいんだぞ」
ずっとぼくの顔を見ないで空を見上げていたキャプテンは、不意に僕を見て少し寂しそうに目を歪めました。そうして、ゆっくりとぼくに向かって手を伸ばします。びくりと身体に力を入れたら、頭をゆっくりとなでられました。マリーローズ姐さんにやられるととても安心するのに、キャプテンにやられるのはとても緊張します。
そんなぼくにキャプテンは微笑し、手を離しました。驚いてキャプテンを見ると、やはり視線は空を見ています。今日も曇りなのに。
「お前は俺たちに気を使いすぎる。もっと甘えろ」
「キャプテン……?」
「俺たちはお前を疎みはしないし、大切な息子だ。だからいつまでも遠慮なんてしてるんじゃねぇ」
この船ではぼくはまだ一番新米で、でもキャプテンと姐さんに拾われた子供です。姐さんはよくぼくを次のキャプテンにするといいますし、みんなもぼくを姐さんたちの本当の子供のように言ってくれます。でも、ぼくは本当はそれで本当にいいのかなって思っていました。生まれてから甘えた記憶もないから、甘え方も分かりませんでした。だからきっと、まだまだ下手です。
「キャプテン。それじゃあ……」
「なんだ?」
「ぼくにも何かお仕事をください」
「またお前は……。わかった、お前の仕事は雑用だ」
「それじゃあ今までと変わらないじゃないですか!」
「これまで以上にこき使ってやる。それで我慢しておけ」
ぼくは今まで雑用みたいなことしかさせてもらえなくて、やっぱり雑由かさせてもらえないみたいです。でも、なんとなく今はそれでいい気がしました。なんだか嬉しくなって、やっぱりお宝はみんなで楽しめるものを買おうと思いました。
しばらく黙ってキャプテンとマストの上にいましたが、ぼくはいつの間にか眠ってしまったのか気が付いたら姐さんたちのベッドで眠っていました。なんだかくすぐったい気持ちで目を覚ましたら、夕食のにおいがしてきました。
次にお手紙を書くときまで、ぼくは元気にしています。
どうかあなたもお元気で、手紙の向こうのだれか。
-おわり-
格好いいキャプテンが書きたくなった。