こんにちは、手紙の向こうのだれか。寒の日が続いていますが、お元気ですか? ダストホーム号の下っ端船員、リッチ・クーです。ぼくは今日もどうにか5体満足で元気です。
 今日は、この間行った北の島の話をしようと思います。以前した宝の地図の話は覚えていますか? ぼくたちはとうとう、その島を見つけました。その島は、北極の近くにあるそうです。航海士のキライお姉さんがそう言っていました。ぼくは見たことがない雪が降るそうです。
 長い長い航海をしていると、段々気温が下がってきました。北に向かっているからなんだとキライお姉さんは言っていましたが、南に行っても行き過ぎると寒くなるとマリーローズ姐さんが言っていました。地球は丸いから一周してしまうんでしょうか。
 そして、ぼくたちは寒い寒い日にその島に着きました。探検に行くときは、いつも二手に別れます。船に残る組と宝探しに行く組です。今回はぼくとキャプテンと副船長が宝探しに行く組で、マリーローズ姐さんが寒いからと言って船に残りました。





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 寒いです寒いです。ぼくたちが降り立ったのは、真っ白な島でした。船で近づけなかったので、遠くに碇を落として停船し、小船で島まで着ました。波打ち際が凍ってしまっているので小船でも途中からは大変でした。それほどこの島は寒いです。ぼくは今まで暖かい南の地域にしかいたことがないので、初めての寒さで死んでしまうかと思いました。


「出発する。全員はぐれるんじゃねぇぞ」

「迷子になるなよ、キャプテン」

「ならん!いっそお前が迷って凍死してしまえ!」


 コートを着たキャプテンが号令をかけて、宝探し組が出発です。雪が降っていて視界が悪いなか、ゆっくりと列が進みます。先頭はキャプテンとぼくと副船長と、キライお姉さん。彼女は航海士ですが地図を読むのが一番上手いのです。それから後ろにみんな適当に並んでいます。お喋りしながら、みんな雪に夢中です。でもキャプテンとキライお姉さんは地図を見ながらあーだこーだ言いながら歩いています。


「雪、すごいですね!」

「リッチは雪が初めてか?」

「はい!……わ、冷たい」

「リッチ、雪って言うのは氷なのよ」


 ぼくも雪にはしゃいでいると、副船長が足元の雪を掬ってぼくに投げつけてきました。頬に当たったそれはとても冷たかったです。たぶんその声に、キライお姉さんが振り返って教えてくれました。雪は雨が凍ったもので、空の上が寒いから氷のまま降ってくるそうです。水が凍りになるんだから、やっぱりすごい寒いんだなって思います。キャプテンも僕を見ましたが、眉間に皺を寄せただけで結局何も言わずにまた前を向いてしまいました。
   ぼくははしゃぎすぎたのでしょうか。キャプテンは怒ってしまったようで、反省して口を噤みます。そうしたら副船長が不思議そうに「リッチ?」と僕の名前を呼びました。


「どうした、寒くてしょげ返ったか?」

「ち、違います」


 ぼくの声を掻き消すくらい大きな笑い声が、後ろから聞こえてきました。船大工さんたちです。楽しそうに雪で遊びながら歩いているみたいでした。ちらりとキャプテンを窺っても、黙々と歩いています。なんだかぼくだけが怒られたような感じがして思わずしゅんとすると、急に隣で副船長が笑い始めました。


「あっはははは!ジス、お前もどうしようもねぇな」

「何だ、いきなり」

「テメェの不機嫌をテメェのガキにぶつけんなよ」

「……そういう訳じゃあない」

「見ろ。リッチの奴、怯えてるじゃねぇか」


 副船長はキャプテンに声をかけますが、キャプテンは不機嫌です。やっぱり僕がはしゃぎすぎていることに対して怒ってるんだと思うとぼくはマリーローズ姐さんのところに戻りたくなります。走って戻って、姐さんの胸に飛び込んでぎゅっと抱きしめてもらえたらどんなに楽でしょう。でも、もう戻れません。雪が深くて道なんか見えないからです。
 キャプテンは溜息を吐き出して「そういうんじゃない」とまた言いました。でも何がそういうんじゃあないのかぼくには分かりません。大人になら分かるんでしょうか。


「じゃあリッチがお前に懐かないのは、どういうわけだ?」

「俺はダスト・ホームのキャプテンだ。あと寒い」

「キャプテンたら、一気に説明しないでくださいよ。台詞がおかしいですよ」

「キライは黙って歩け」


 やっぱり大人になら分かったようで、副船長もキライお姉さんも笑っています。ぼくだけが分からないで、目を白黒させるだけ。でもそれも俯いて、です。しゃくしゃくと自分の足元だけを見つめて歩きます。雪はとてもサラサラしていて、足を上げるともう足跡は埋まってしまうようでした。
 キャプテンは不機嫌になっていく一方で、キライお姉さんまでとばっちりを受けたようです。なんだかぼくが悪い気がしてきます。


「おいおいリッチ、そんなに落ち込むなよ。ジスはお前に怒ってる訳じゃねぇんだから」

「え?」

「寒いから機嫌悪ぃんだよ。ほれ、子どもははしゃげ!」


 キャプテンも寒いのが苦手なんだと、副船長は言いました。でもマリーローズ姐さんが寒いのが嫌だから残るといって船に残ったからキャプテンは宝探しに行かなくちゃならなくなったそうです。だから不機嫌なんだと副船長は言って、キャプテンに雪球を作ってぶつけました。それが見事に頭にぶつかって、キャプテンがつんのめります。


「ダニー!」

「俺じゃねぇもん。今のリッチだし」

「えぇ!?」

「やだぁ、副船長ってば。リッチはそんなことしませんよ」

「本当にリッチじゃないのか?」


 キャプテンが訊くので、ぼくは思わず首を縦に千切れんばかりに振りました。だって、キャプテンの目が据わってるんです。その目で睨まれても副船長は笑ってあらぬ方向を見ます。それにカチンと来たのか、キャプテンは一度屈むと雪を掴んでそれを至近距離で副船長にぶつけました。一撃を喰らって、副船長もキャプテンの顔に雪をぶつけます。
 そうしたらもう、雪合戦の始まりです。二人で始まった雪合戦は、後ろから来た乗組員たちにも伝染して気がつけばキャプテンチーム対副船長チームに分かれていました。でも女性たちはみんな、それを見ているだけ。僕のそこに混じっています。ここにマリーローズ姐さんがいたらどうしたでしょう。


「男たちって、やっぱりどうしようもないわね」

「どうします、キライさん?」

「私たちだけで行きましょう。リッチはどうする?」


 女の人たちはキライお姉さんを中心にして団結して宝探しに向かいました。ずっと見ているぼくに対しても訊いてくれましたが、そのときには雪合戦をしているキャプテンと副船長から参戦しろと声をかけられたときでした。ぼくはもちろんそっちに行くつもりです。ぼくだって男だし、自慢じゃあないけど始めて先頭に誘われたんですから。
 ぼくが「いってらっしゃい」というと、お姉さんたちは手を振って宝探しの続きにいってしまいました。


「リッチ!」

「リッチ、来い!」


 ぼくを手招きしている副船長と、視線もくれないけどぼくのことを呼んでくれたキャプテン。ぼくはためらいなく、キャプテンの方の陣営に加わりました。ぼくが行ったのが分かるとキャプテンは少しだけ笑って、雪球を作るようにいいました。向こう側では副船長が「ちくしょー」なんて叫んでいます。それにキャプテンが応じます。ぼくは雪球を作りながら、向かってくるのをよけますが半分くらいは当たってしまっています。これが実践だったら、と思ったらぞっとしました。


「残念だったな。リッチは俺の息子だ!」

「嫌われ親父の癖に!」

「うるせぇ!貫禄といえ!!」

「なんだこの不器用気取りが!リッチ、俺の息子になれ!」


 雪球の応酬なんだか、言葉の応酬なんだか。分からないけれど、ぼくは雪球をよけながらその会話に混じります。さっきまですごく寒かったのに、気がついたら身体は温かくなっています。吐き出す息は真っ白だし指先は冷たくて赤くなっているけど、楽しいです。ちらりと隣を見ると、キャプテンと目が合いました。ぼくが楽しくて笑ったら、キャプテンもぎこちないですが笑ってくれました。なんだか初めてな気がして嬉しくなります。そういえば、キャプテンと一緒にいて緊張しないのは初めてです。


「いやです!」


 そして、ぼくは初めて雪球を投げました。ぼくが副船長の息子になったら、マリーローズ姐さんの息子ではなくなってしまいます。だから絶対に嫌です。そう思って嫌だといったのに、キャプテンは勝ち誇ったように笑って副船長に向かって力いっぱい雪を投げました。そして、「ざまぁみろ」といいます。


「だから言っただろうが!」

「吠えんな!ジスの癖によぉ!」


 わけの分からない理屈を言って、副船長は雪球をぼくに向かって投げました。まさかこっちにくるとは思わなかったので驚いて、よけられないと思ってぎゅっと目を瞑りました。でもその雪球は当たりませんでした。驚いたことにキャプテンがぼくを守ってくれたんです。そして、仕返しのように雪球を投げています。










 どれくら雪合戦をしていたのかは分かりません。でもへとへとになってみんなで雪の中に倒れました。熱くなった身体には冷たい雪が心地よくて、ぜーぜー吐き出す息は白いのに冷たい空気が気持ちよかったです。肺が痛くなるくらいまで吸い込んで、真っ白な息を吐き出します。まるで全員の身体から湯気でも立っているようでした。
 遠くから女の人たちの声が聞こえてきました。どんどん近づいてくるそれは敵かと思ったのですが、当然この島にはぼくたち以外にいるはずがありません。戻ってきたのは、宝をそりに一杯乗せたキライお姉さんたちでした。


「まさか、まだこんなところで遊んでいたんですか」

「……遊んでたんじゃねぇ。男はいつまでもロマンを求める生き物なんだよ」

「だったら宝探しというロマンはどこにお忘れで?」


 キライお姉さんはにっこりと笑いました。きっとぼくたちがさっきまで遊んでいたことは分かっているのでしょう。みんなと「男って馬鹿よね」なんて言っています。そりはもともと宝物を乗せるために持ってきたのですが、さすがに重いようです。その紐をキャプテンが受け取って、近くにいたタカムラさんに渡しました。そして、咳払いを一つ。


「宝は粗方持ってきたのか?」

「えぇ」

「引き上げるぞ」


 くるりと踵を返して、キャプテンはさっきまでの様子とは違ってクールぶって歩き出しました。みんなキャプテンについていきますが、キライお姉さんをはじめ女の人たちは動かずに立っています。どうしたのかと思ってキャプテンの隣を歩き始めたぼくが戻ると、キライお姉さんはにっこりと笑いました。


「キャプテン、そっちじゃないですよ」


 笑って、キライお姉さんたちはキャプテンが進んだほうと正反対の方に向かって歩き出しました。慌てて引き返してくるキャプテンが見えますが、キライお姉さんは無視して歩きます。ぼくは戻ろうかどうしようか悩んだんですが、キライお姉さんが「一緒に行きましょう」と言ってくれたのでそうすることにしました。だって、女性は男性よりも偉いんですから。マリーローズ姐さんがそう言っていました。
 女の人たちは「やーねー、男って」と笑っています。マリーローズ姐さんも同じことを思うのでしょうか。ぼくは早く戻りたかったんですが、雪が邪魔してなかなか前に進めませんでした。
 船についたら女の人たちが残っていた人たちにすべてを話してしまったので、キャプテンたちはぼくも含めて肩身の狭い思いをしました。でも、マリーローズ姐さんは「男だから」と笑い飛ばしていつもと変わりませんでした。
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 次にお手紙を書くときまで、ぼくは元気にしています。
 どうかあなたもお元気で、手紙の向こうのだれか。





-おわり-

男はいつまでも子供心を忘れてはいけない!