嵐の前<x<後の祭り







 争いごとを好んだわけじゃない。むしろ平穏を望んでいた。けれどいつも気がつくと問題の渦中の、しかも真っ只中に立たされていたりなんかしている。
 俺は一体何か悪いことをしただろうかと、弱気になることもよくあったりして。

「また落ち込んでる」
「別に落ち込んでるわけじゃ……」
「落ち込んでないの?」
「……落ち込んでる」

 問題があると引き篭もりたくなるのは現実逃避。予定を入れて考えまいとする悪い癖。後悔する前に、その直前に思い悩むことなんてないはずなのに。詮無いことを当て所なく考え続ける。そして、ドツボにはまる。
 でも隣には心地のよい場所があるから、まだやってられる。肩の力を抜いて、隣に座る彼女の肩に頭を預けるように寄りかかって。

「全く、いつもいつもしょうがないね。こんなんじゃいいパパになれないぞ」
「……ごめんな、ママ」
「もう馴れっこですよ」

 子供が出来た。別にそこに落ち込んでるわけじゃなくて、後悔をしているわけでもない。むしろ年齢的にも結婚に踏み切るいいきっかけだと俺は思っている。
 でも、それは俺の都合ってだけで、誰もがこう考えるわけじゃない。だから今、後悔一歩手前までいっているわけで。本題からはだいぶずれて最早関係ないことかもしれないけれど、関係なくもない気もしなくはない。それはもしかしたら、根本的な問題。

「何で俺って学習しないんだろうな」
「何の話?」
「後先考えない行動を改められないって話」
「また話が飛んだね。てっきりお父さんが怒ってることに悩んでるのかと思ってた」

 俺の子を産んでくれるという彼女の両親に結婚の許可を取りに行ったところ、親父さんに門前払いを食らわされた。お母さんは快諾してくれたけれど、やっぱり父親に認められたいと思うのが男の甲斐性と言うか、そんな気がしているので思わず落ち込んでしまい、永遠ループ。家の家族がみんなで子供の誕生を手放しで喜んでくれたものだから気楽に考えていたが、確かに一人娘のデキ婚は許されないのか。

「昔っからさ、後悔は先に立たないなって思って」
「どこに後悔してるって?」
「一応、結婚前にできちゃったこと」
「後悔してるんだ。へー、ふーん」

 先を考えないから、今がどこに位置しているのか見失う。プレイ中だって自分のスタミナを考えないからフルタイムで出場できない。前半で力尽きる。分かりきっているのに改められないのは、俺の悪い癖。これが子供に出たらどうしよう。

「先に言っとくべきだった。言っとくけど、できちゃったことに関しては後悔してない」
「じゃあ何が問題なの」
「順番」
「……つまりお父さんが怒ってるって事でしょ?」
「簡単に言えば」

 簡単に言えば、これからどうすればいいかを考えてるわけだけど、いい案なんて思いつかない。思いつかないからこそ、周りの安易な提案に飲み込まれそうになる。いつだって甘い提案が俺を遅い、それに流される。いけないと分かっていて、また後悔する羽目になることを分かっていて、それで尚流される。

「だから、別に結婚しちゃえばいいのに」
「お父さんに許可貰ってないけど……」
「お母さんは喜んでたでしょ?伸人の家だって、みんな歓迎してくれたわけだし」
「そういうわけにはいかない」
「頭かたい」

 なんと言われようと、お父さんに許可が貰いたい。これは俺の妙なプライド。後悔しても後悔しても、こればかりは譲れない。自分のまいた種で苦しんでいるのだから自業自得だ。今回ばかりは逃げないで自分の愚かさに立ち向かわなければ、腹の子に父親なのだと胸を張れない。
 嵐の前にこの後悔に全く気づかず、後悔する前にふと立ち止まってこれから起こるだろう後悔に気づく救えない人間だから、たまには今この場であがいてみたい。いつもいつも、後悔の中であがくのはなれているから。

「後悔先に立たずってのは、いい言葉だよな」
「胸を抉るようでしょ」
「全く」
「慰めてあげようか?」
「今回ばかりはいらない」

 今回ばかりは流されも甘やかされもしない。いい加減に学習しなければならないから。後悔なんて、これ以上はごめんだから。どうせまた寄り掛かったら後悔を重ねることになるのだから。ここははっきりと、やってやろう。

「ま、疲れたら休みに来なさいな」
「そのときはよろしく」

 ポンポンと膝をたたく彼女の腹はだいぶ大きくなった。生まれてくるのは男の子だと聞いた。
 俺が胸を張って父親になるために、おれ自身のために。今は、戦おう。この狭間の瞬間に、戦おう。負けそうになったら、休めばいい。





嵐の前<x<後の祭り
(後悔は俺の場合、肥やしにはならないかもしれない)