ハイテンションプリーズ?







 膝の位置辺りでコンビニのビニール袋がガサガサと耳に不愉快な音を立てる。
 袋の中身はアイスが三つ、アイスが入っていると歩調が上がるのはどうしてだろう。
 アイスが溶けるないようにと気をつけようにも、夏も終わって少し肌寒い。コートが要らないまでも上着ぐらいは必要な陽気だ。

「ねー、これからどうする?」
「ねぇねぇ君たち、時間ある?」
「お待たせ、遅くなってごめん!」

 都会の昼間は、喧騒に溢れている。
 仕事が終わってなんとなくコンビニでアイスを買って帰宅するまでの間に聞えてくる音は雑多限りない。
 しかも今日は早番で、まだ日も暮れる前だと言うのに。
 学校をサボったのか高校生が歩き回って、そんなガキをナンパする馬鹿な男がいて、スーツを着たサラリーマンは明らかに水商売の女と待ち合わせして。
 この腐りきった雰囲気は嫌いじゃあないが、たまにものすごく馬鹿らしくなる。
 足早に住宅街に向かう道を曲がって、そこでようやく路上喫煙しても文句を言われないから煙草を銜える。

「……あー、テンションひく」

 紫煙を吐き出して空を見上げれば、どんよりとした重い空。
 それが原因じゃあないだろうけどテンションが低くて、鬱陶しい。
 でもどうにもテンションが上がらない日と言うものはあるわけで、なにをしてもだめだ。何もできない。
 自然に道を曲がって、自宅アパートの階段を上がる。カンカンと軽い金属の音がした。

「酒井さん、こんにちは」
「こんにちは」
「今日はお早いんですね」
「早番で早朝から仕事だったんで」
「お疲れさまです」

 煙草を銜えたままポケットからキーケースを取り出そうとする間に声をかけられた。誰かと思ったら隣人の大学生で、面倒くさいけれど適当に言葉を交わす。
 正直、俺に気があるなとは思っている。少しくらい遊んでやろうかとも思うけれど、面倒くさいから今日は適当にあしらった。
 本当に、すべてが面倒くさい。
 キーケースから自宅の鍵を選んで鍵穴に差し込む。カチャッと粗末な鍵が開いた音がした。

「それじゃ」
「あ、はい」

 愛想ていどの笑顔を浮かべて軽く頭を下げ、部屋に入った途端その笑みは皮肉の形に引きあがる。
 調子のいいもんだ。
 短くなった煙草をいっぱいの灰皿でもみ消して、アイスを冷凍庫に袋ごと突っ込む。上着を適当に脱いで落として、ベッドに倒れこんだ。
 面倒くさい。
 面倒くさい。
 面倒くさい。
 すべてが、面倒くさい。

「何時だっけ、今」

 わざと声に出さないと、面倒くささで死んでしまいそうだった。
 退屈は人を殺す。いや、猫だったかもしれない。
 どちらでもいい、死んでしまったって構わない。
 時計を見れば四時近い時間になっていて、ずいぶん職場で時間を過ごしたかコンビニが長かったのか。
 どっちにしろ、時間を無駄にしたのはわかっている。

「あーちゃん!」

 ガチャっと勝手に開くドア、飛び込んできた子どもの甲高い声。
 なんだかそれを聞いて、安心した。

「あーちゃん?」
「あーちゃん?」

 少年と、少女の声。少女の方は分かってないのかただ復唱しただけの響きを持っている。
 俺がベッドに転がっていたからか、ひぃ坊の方が不安そうな顔をして靴を脱ぎ捨ててずかずか上がってくる。
 その間に起き上がって煙草に火をつける。ひぃ坊がこっちに着くころ、やっとコトが靴を脱ぎ終わったところだった。

「あーちゃん病気?大丈夫?」
「寝てただけ。お前ら、冷凍庫にアイスあるぞ」

 不安げに寄ってきたガキは、アイスがあると言ったらぱっと目を輝かせて冷蔵庫にかけて行っちまうし。
 本当に俺のこと心配してたのか、と問いただすのはまあ後でいいとして小さな二つの背中を見ながら煙草を引っ張り出した。
 ひぃ坊が袋ごとアイスを出して選ばしてやって、自分はあと。優しいとは思うが、あれでは少しかわいそうだと思うときがある。

「寿はチョコでいい?あーちゃんはぁ?」
「俺いらねぇから好きに食えよ」

 年下の女のために残しておくならまだしも、俺にまで気を使う小学一年ほど見ていていじらしいものはない。
 買ってきたアイスはチョコとバニラとクッキークリームのアイス。俺の分はない。ガキ二人と、幼馴染。その分だけだ。

「母さんはクッキークリームの方が好きかな?」
「ひーちゃんバニラ?」
「ん、そうする」
「じゃあことぶきと半分こ!」

 生まれたときから父親がなく俺が面倒を見ている年下の幼馴染の息子と、その幼馴染の友達の女の娘。コトがまだ三つになる前にその女は死んでしまい、天涯孤独になった小娘を俺が今引き取った形になる。
 昔からこんな生活で、すっかりそれに馴染んだ子供たちはその中で上手く過ごしている。
 自分の母親にまで気を使うガキは、遠慮しているのではなく誰かに何かを譲るのが当たり前になってしまっている。
 だから。

「お前ら腹減ってるか?」
「へってる!」
「ぺこぺこ!」
「ホットケーキ作ってやろうか」

 体を起こして、煙草を消して。もう灰皿がいっぱいだなと思ったことは置いておいて。
 ガキどもに向かって言うと、二人は思い切り嬉しそうな顔をした。
 きっと作ってやってもひぃ坊は先にコトにやっちまうんだろうけど、作り立てには変わりない。
 今度の休みにはひぃ坊だけ連れて散歩に行こう。
 なんだかこいつらを見てると、捨てたもんじゃないと思った。





ハイテンションプリーズ?
(この時間に食って、夕飯入るか?)