君の話はもう聞き飽きたよ







 水族館に行こうと放課後に誘ったら、この可愛い子はものすごく怪訝な顔をした。
 何か裏があるんじゃないかと疑うような目をするもんだから「デートだよ」と言ったら、更に変な顔をして「二人で出掛けて何が楽しいんだよ」とか言ってくれた。休みの日は大抵二人か、まあたまにお邪魔虫は入るけどそんなもんで遊んでるのに。
 何で水族館なのかとか二人きりとか、行く前までずっと文句を言っていたくせに現金と言うか何と言うか。まあそこが可愛いんだけど。

「すっげー」

 一面の水槽。水色のパノラマ。文句ばっかり垂らしていた口からは感嘆の息が漏れ、もう悪態をつくのをやめたらしい。
 黙っていればほら、それなりに見える。黙ってなくてもそれなりに見えるけどね。
 一人ですげーすげー連呼している茶髪の親友は、べたっと水槽に張りついて子供みたいにはしゃいでいる。俺の話なんて全く聞こうとか思わないんだろうな。

「来てよかったでしょ」
「野郎二人ってのはいただけねぇけど」

 まだ言うか。どうせ絶賛片思い中の垣之内さんと一緒に来たかったんだろうけど残念でした。周りがカップルばっかりで羨ましいんだろうけど、俺はお前と来たかったんだよ。
 女の子のデートじゃなくて、親友とのデートがしたかった俺は、きっと友情とかそんな男臭い情に飢えているのかもしれない。否、友情だけじゃなくて愛情とか、そんなものからは縁遠い人間だ。
 気兼ねなく付き合うことがあまり得意じゃないくせに、こいつのとなりは無条件に心地がいいから。

「超うまそー」
「……本当自由ね、お前」

 水族館の水槽に張りついて美味そうはないでしょう、美味そうは。周りに人がそんなにいなくて良かった。
 でもそんな風に自由に感想を述べられるお前が、俺は好きでしょうがない。それが観賞用の魚に対する食欲であっても。

「ガキの頃に幼馴染の家族とうちと来たときにさ、俺同じこと言ったんだよ」
「成長しなよ」
「そん時は幼馴染に俺だけ文句言われてさ」

 また、お兄ちゃんの話。いつだって何の話をしていたって、結局帰結するポイントは今日も変わらず、俺の親友の中心に聳えているようだ。この話を聞くと、いつだって煙草を吸いたくなる。
 紫煙と一緒に言葉も逃がしてしまうのは悪い癖だと、言われたばかりなのに。

「だってそれ充が言ったんでしょ?兄っていわなそうじゃん」
「律は夕飯に魚食いたいっつったぜ」

 双子のことは双子にしか分からない。きっと彼らの間には誰にも割って入れないような力が働いていて、お互いしかその世界にはいないのだろう。

 「律が」
 「律は」
 「律と」
 「律」

 充はいつだって、お兄ちゃんの話ばっかりなんだから。
 お前の中に俺が入り込める余地はある?
 お前にとって、俺はどの部分を占める?
 お前に、俺は必要な存在?

「なあ、昼飯寿司にしようぜ」

 絶対に俺を入れてくれないくせに、屈託なく笑いかけてくる。
 何も拒まない笑顔で。全て受け入れる笑顔で。
 俺を、許してくれる。

「人の金だと思って贅沢」
「でも魚見てたら食いたくなるだろ?」
「ならないよ」

 やっぱり思考が兄と一緒だよ。夕飯に魚を食べたいといった、兄と。
 だって普通、魚見てたら食べたくなくなるっしょ。可哀想とか、そう思って。そもそもこの辺寿司屋とかないしね。水族館にあったらそれこそ反感を買うだろうし。

「じゃあ澄那は魚見て何思うわけ?」
「普通に可愛いなー、とか。あ、でも可愛いイコール美味そうとか?」
「思うだろ?」
「人間に対する理屈だけどね」

 やっぱり充の思考回路はわからないよ。
 発情期……じゃなくて思春期なんだからこのくらい分かってもいいだろうに、本気できょとんと俺を見て。充みたいなのがやっぱり俺の言う可愛いイコール食べたい、なのかな。
 別に男同士だから本当にそんな意味じゃなくて構いたくなるっていうか。あぁ、だから俺はこんなにも充に構ってほしいのかもしれない。

「意味わかんねぇ」
「それはどうも」
「褒めてねぇし」
「褒めてよ」

 その全力で意味わかんない、みたいな顔はやめてほしいな。
 話を逸らす為に水槽に向きなおるのもやめてくれないかな。軽く傷つく。

「ペンギンの見たくね?」
「あぁ、そね」
「やる気ねぇな」

 別にやる気がない訳じゃあないよ。
 ただペンギンとかどうでも良かっただけ。誘ったくせにあんまり海洋生物に興味はないんだ。
 好きなのは海月くらい。俺に、似てるから。

「悪いね、兄みたいじゃなくって」
「はぁ?」

 兄みたいに全部お前のこと分かってやれなくて。
 でも精一杯お前に構ってもらうと努力してるんだぞ。らしくない返事とかしてみせたり、こんなの俺らしくないって分かってるのに。
 いつだって兄の話ばっかりのお前だから。
 たまには、他のものも兄を通してじゃなくて見てごらんなんてお節介じゃなくて、ただ俺が寂しいだけ。

「なんで律が出てくんだよ」
「お前が出してたんでしょーに」

 ほらまた、意味わかんねぇみたいな顔。軽く傷つくんだって、それ。
 だって、兄ばっかりの充に俺は怒らせることでしか気を引けないみたいなんだ。
 双子の心理とかシンクロとか、そういうの糞喰らえだと思う。だって二人の世界を構築する人間の心のどこに、俺の入る余地がある。

「お前、律につっかかるよな」
「そう?ヤキモチじゃないの」
「気持ち悪ぃ」

 やっぱり意味わかんねぇ見たいな顔。
 いつもいつもお兄ちゃんの話ばっかりなんだから。
 でもそれが心底楽しそうな顔をするもんだから、俺はついついお前がその顔をしているのを見るのも好きだから怒れないんだ。
 そして、その話に誘導する。
 お前には、笑っている顔が一番似合うから。

「この辺で寿司屋探す?それとも戻って寿司食う?」
「戻った方がありそうじゃね?つかマジで寿司かよ」
「うん。今日は充の意見を尊重します」
「やりぃ」

 そうやって不意に笑ったりするから。
 その一撃で、俺はお前を甘やかしたくなるんだ。その顔を、見たいから。

「お、カニ。澄那って蟹好き?前に蟹貰った時に律がさ」
「はいはい」

 だからどうして食べる方向に行くんだろうね。
 自由奔放に生きているくせに、きっと真ん中にある兄に鎖でつながれて半径何メートルみたいな行動範囲しかないんだろう。
 だったら、俺はどこにいようかと。
 そんなことばかり考える。





君の話はもう聞き飽きたよ
(ほらまた、お兄ちゃんの話)