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文化祭は大盛況だった。大学部と比べて若干見劣りはするものの、中等部の中では大賑わいの方だろう。特に賑わっているのは中等部一年C組のアンティークカフェだ。生徒だけではなく教員も父兄もこぞって、カメラを持っている人間すらいる。彼らの目的は、一つだった。
その他大勢の人たちと目的を同じくしたバスケ部二年レギュラーは、教室の中に入って一番奥で不機嫌そうに鎮座しているそれを見て普段見慣れているにも拘らず息を飲んだ。
「聖、折角なんだから笑おうよぉ」
「……何が折角だよ」
「折角可愛いじゃん。ほら、看板娘は笑って笑って」
「看板娘じゃなくて客寄せパンダじゃねぇか!」
奥のいかにも十七世紀風の場所に聖は座っていた。女性的な顔の作りと細い線のおかげで豪奢なドレスが更に小柄に見せて本物のアンティーク人形のようだ。折角可愛い格好しているのに、本人は何が気に入らないのかぶずっとしている。
それにしても本当にいつの間にと、レギュラー陣は顔を見合わせた。いつの間にクラスメイトと名前に名前で呼ばれて自然に笑えるようになったのだろう。
「聖、こっち見て笑って」
「先輩たちはカメラ持って何しに来たんだよ!?」
亮悟がカメラを構えて声をかけ、聖はやっと気づいたように目を大きく見開いた。その驚いた顔を亮悟が写し取るが、聖はそれに対して数言文句を言ったがこちらに反省の態度を感じ取れないと悔しそうに奥歯を噛み締めて顔を逸らした。
「先輩、お疲れ様です」
「おっす龍巳。この企画お前だって?」
「尊い犠牲とクラスの連中のおかげです。おい聖、紅茶のパック在庫どこにあるか知ってるか?」
「犠牲って俺だよな?在庫なら準備室の奥じゃねーの」
「先輩方はゆっくりして行ってください。飲食代くらいは出しますよ」
龍巳は忙しいのか、すぐに踵を返してどこかに消えてしまった。聖がぶすっとそっぽを向いているのを亮悟が激写しているが、それを無視して海人が聖の顔に指を伸ばした。額に指をつけてつっと力を入れ、己の方向を向かせる。どうでもいいが海人はクラス企画で騎士の格好だった。
「姫、どうして聖は聖なんだい?」
「……海人先輩、ぶっ飛ばすよ」
「ならばこの私の手に一度熱い口付けを……」
「海人!ぶっ飛ばさせるよ!」
何の遊びを始めちゃったのかは知らないが、海人が聖の口元に自分の手の甲を運ぶ。聖が怒る前に周りが面白がって囃し立てる前に、教室中の視線が集まっているくせに亮悟が怒って騒ぎを収めた。いつも通りの接し方だが、聖の表情は妙に明るいような逆に暗いような感じがしている。
「聖、まだ舞依ちゃんと仲直りしてないんだって?」
「…………」
「いい加減に仲直りしろよ~?」
「優一、時間まだ?」
「そろそろです、坊ちゃん」
声を少し顰めて聖の耳元に護が問いかけると、あからさまに聖は顔をしかめた。その表情から堪えは明白でそれ以上問う必要はないのだと判断し、少しのからかいを交えた言葉をかけただけに止めた。聖は返事をしなかったが、頑固だからこのままだったらまだまだあのギスギスした雰囲気が続きそうだ。
聖の態度に五人が笑うと、直衣姿の少年が入ってきた。またこの様相に合わないことこの上ないが、その異物感が妙なミスマッチを起こして不思議と違和感はなかった。
「聖、ちょっと」
「光る君。俺腹減ったんだけど」
「いいからちょっと」
直衣姿の少年は聖の手を取って立たせると連れ攫うようにどこかに連れて行ってしまった。歩きながら話していたが、在庫が見当たらないらしい。龍巳に聖は現場責任者とやらをやっていたはずだから、その関係だろう。
「誰かね、あの深草少将は」
「鈴原源二。大手コンビニメーカーの社長子息、ちなみにクラス委員」
「……さすが直治」
さらっと疑問を解決してくれた直治に、護は関心を通り越して呆れたような声を発して聖の出て行ったドアを見やった。それから庄司の提案で、折角龍巳が奢ってくれるというので思う存分食べることにした。
ずっとドレスを着て人形をやらされていたので食事も取る間がなかったが、優一をパシらせて食事を取り足りないと言われた在庫を確認に行った。もちろんドレスで動かなければならず目だってしょうがなかったが、一人で脱ぎ気が出来ないのでしょうがない。女子に脱がしてくれと言ったら茜とさくらを筆頭に頑として断られた。こういうときの女子の共同戦線は怖い。
「あー、染みる」
倉庫代わりに使っている部屋で一人静かに食事をして、食後の一服代わりに煙草を楽しんだ。ニコチンが体に染み込んで細胞が生き返るようだ。少し困った作りになっているこの空間は鍵がないと入ることも出ることもできない。だから入り口を少し開けておいた。匂いが漏れないか少し心配しているが、ここの方まで人が来ないのでたぶん大丈夫だ。一本吸い終わって、聖は時計を見た。まだ出て行く気が起きないのでもう少しと自分に甘える。
「ミルクと、砂糖……」
少し寝てから戻ろうかと目を閉じると、聞きなれた声が聞こえた。何で舞依が今このタイミングで来るんだと聖が目を開けると、舞依も聖がここにいるとは思っていなかったのか目を見開いて驚いていた。
不意に、ガチャリとドアが閉まる音がした。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
会話がない。重苦しい雰囲気を聖は再度目を閉じて寝たふりを決め込むと、舞依が何かを探して見つからないようだ。ぶつぶつ「ミルクと砂糖」と言っている。誰もいない倉庫に二人きりと言う現状が緊張を強いてきて、聖はどこか声が強張ったことを自覚しながらそのままの体勢で口を開いた。
「オレンジと白のラベルのダンボール」
「えっ……あ。あ、ありがと」
目的のダンボールを見つけたのか、舞依がガサガサ何かをやっている。必要分取ったのか音はなくなった。言いづらそうな感謝の言葉に答えずに聖が黙って目を閉じていると、舞依もそれ以上何も言わずに、沈黙だけの間を空けて部屋を出ようとした。
ガチャッとはドアが鳴くが開かない。舞依が「えっ」とものすごく驚いた声を上げていたけれど、聖は沈黙を守った。守って奥歯を噛み締める。さっきの音はやはり扉が閉まる音か。
「開かない……」
「ここ、特殊ロック」
「嘘。あんた鍵とか持ってないの?」
「てねぇよ。持ってたらとっくに引き篭もってる」
聖は漸く目を開けて、舞依を見た。クラス衣装にしているメイド服が良く似合っている。ペットボトルの水で何故か渇いた喉を適度に湿らせてから携帯で誰かに連絡すれば良いとポケットに手を伸ばすが、残念なことにこの服にはポケットがない。コンビニの袋に煙草も入れていたのだから当たり前か。
「携帯で連絡すりゃいいじゃん」
「携帯置いてきちゃったの!あんたこそどうなのよ!?」
「俺だって持ってねぇよ。使えねぇな、ったく」
「人のこと言えないくせに偉そうにしてんじゃないわよ!」
吐き捨てるように言うと、舞依が不安なのか泣きそうに歪んだ顔で言葉を吐き出した。普段はしっかりした、少し遠慮した言葉遣いなのに今日は酷くラフと言うか自然に口から出てくる。もしかしたらこっちの方が彼女の素なのではないだろうか。関係ない事を思いながら、聖は煙草に手を伸ばした。ここから出る方法が思いつかない。
「そのうち誰か来んだろ」
「……そのうちってどのくらいよ」
「知るか。龍巳か光る君か……つーか適当に優一が迎えに来るだろ」
夏休みが終わるまでには一族中どころか使用人に至るまで聖の家出がばれた。今では聖を角倉の人間として見ている者がトンと減り謂れのない因縁もただの怨みも買うことが多いが、その中で優一だけが以前と変わらないように、否依然以上にまとわり付いてくるようになった。本人曰く聖の人柄に惚れたそうだが真偽の程は定かではない。
ただ、だったら迎えに来るだろうと軽く考えて視線を上げた。舞依も聖の言葉で諦めたのか、それでも不安そうな顔のままでぺたんと座った。
「……こっちくれば?そこ冷えるぞ」
「結構です」
「女が体冷やしてどうすんだよ」
床に直に座ってしまった舞依のために立ち上がり、今まで自分が座っていた絨毯の上を空けた。休む前に衣装が汚れないように敷いてくれた絨毯だから薄いが、内よりマシだろう。動かない舞依をきつめの言葉で移動させ、聖は代わりに舞依と少し離れて床に直に座り込んだ。
ドレスの布が大量にあるので体が冷えて痔なることはないだろうが、衣装を汚したら怒られそうだ。それからしばらくは、沈黙が続いた。酷く居心地が悪い。けれど口を聞くのも気まずく言葉も出てこないので、沈黙するざるを得ない。お互いに言葉をかけようとしてそれを飲み込む状態で、考えているうちに聖は無意識に煙草を口に銜えていた。
「…………まだかな」
「……そうだな」
「…………」
「…………」
考え事をしていたり悩んでいたり、場の空気を持たせるために。須らく煙草に頼っていることは自覚している。しているけれどやめられないのは完全に依存しているのだろう。依然亮悟が言っていた精神安定剤の役割を、今はこれが担っているのだろうか。
計三本吸い終わる頃に、聖は煙草の端を噛みながらぽつりと呟いた。
「……似合うな」
「え?」
「衣装、結構似合ってる」
「……ありがと」
不意に吐き出された言葉に舞依が少し躊躇ってから呟き返す。何となくこの一言で空気が軽くなった。もう少しすえそうな煙草を携帯灰皿に押し付けて消しすと、舞依が思いっきり顔をしかめて手でパタパタと空を煽った。
「吸いすぎ。すぐに肺がんでポックリいくよ」
「上等」
「人を巻き込まないでよ。受動喫煙が一番体に悪いんだから」
「俺の休憩中にお前が入ってきたんだろが」
「私は仕事してたの」
「……あのさぁ、舞依」
「何よ」
「ごめんな?」
「は?」
「仲直りしようぜ」
舞の方を見ずにそっぽ向いたまま聖は呟いた。ただ極自然な言葉だったから舞依のほうも反応しきれていない。しばらく間が明いてしまった。考えているのか呆けているのか分からない間が続き、聖が早々に痺れを切らしそうになった時に舞依の口から震えた声が生まれる。
「しょうがないから許してあげる」
「偉っそうに。俺舞依のこと好きだから仲直りしてやろうと思ってんのに」
「あんたの好きとか、信用できないんだけど」
場を和ませようとしたのか聖の笑みを含んだ声に舞依が冷たく言い返すが、聖はそれに対して反論しなかった。
実際聖自身、好きとか嫌いとかそんな感情論はあまり重要視していない。パスタを好きだといったり猫が好きだと思ったりするのと同じ意味の好きならたくさんあるけれど、逆にそれ以外の好きの重さは知らない。もちろん誰に聞いても答えが返ってこないとは思うけれど、だから香も軽々しく口にできるのかもしれない。
「坊ちゃん!こちらですか坊ちゃん!」
「お、迎え」
大きな声で呼びかけられたと思ったら、外でガチャガチャ言い出して数秒後には「ピッ」と電子音がしてドアが開いた。慌てた顔をした優一を筆頭に、光る君こと委員長の鈴原源二と茜、さくら。そして美鈴がいた。意外も大人数で探していたらしい。
飛び込んできて、聖と舞依を見つけた五人がほっとした顔を作った後女子メンバーの顔がしかめられる。けれど聖は気づかないふりをして立ち上がるとコンビニの袋に煙草とライターとペットボトルを入れて立ち上がった。
「部活行こうぜ、舞依」
「部活の前に今日はクラス企画でしょ!心配したのにここで湊さんと何してたの!?」
「不慮の事故で閉じ込められただけ。衣装も俺も無事だぜ?」
「信用できないなぁ」
「他に何しろってんだよ、水しか持ってないような状況で。あ、それから舞依」
心配していたらしい茜とさくらに囲まれて聖は笑い、次いで後ろにいる舞依を振り返った。閉じ込められる前のギスギスした雰囲気など全く感じられないほどに接することができ周りがビックリしているが聖は全く気にしないで笑いかけた。
「聖でいいからな。俺とお前の仲じゃん」
「ちょっと聖くん!何その意味深な言葉!」
「さくらちゃんも呼びたきゃいいけど」
にんまりと笑った聖に舞依はポカンと口を開けた。聖の真意を掴めないのは皆一緒なのだろうが、今日ばかりは聖の軽さの意味が分からなかった。ただ、少しはなれたところで美鈴が変な顔をしてこちらを見ていたのには気づいた。
-続-
舞依ちゃんとの友情は男前に構成された模様です